第6話 王女、魔物と対峙する
赤い宝石のように美しい緋色の目は前方の敵を見据えつつ、腰まで伸ばした金髪を風になびかせながら、フィエナはアヴェンスの隣に立つ。
「姫様、何故ここに!?危険ですから早く船内へ!」
「いいえ、私もここで共に戦います」
「な!?ダ、ダメに決まってます!あなたに万が一のことがあったら、陛下からどんな酷い目に遭わされるか!?」
「本音が駄々洩れですわ、隊長」
「私もまだ死にたくはありませんから」
ツッコムを入れる王女に対し、アヴェンスは隠す気もなくさらっと答える。
トントン拍子に出世コースを駆け上がってきたアヴェンスだったが、本来、国の王女を護衛する立場としてはあまりに若すぎるのは自分でも自覚していた。
しかし、危険が伴う今回の遠征には、誰もが任を引き受けるのを渋った。
それだけこの世界の航海というものは危険が付き物であり、それは覚悟の上で名乗りを上げたわけだが、まさかこれほどの魔物を相手にするとは思ってもいなかったのだ。
「一緒に戦わせてください。皆が希望を捨てなければ、必ず勝利への道は開けると、私は信じています」
「しかし、一国の王女を戦場に向かわせるなど……」
「もちろん、自分の力量は弁えています。私が前線に出たところで、触手に潰されてマッシュ王女が出来上がるだけでしょう」
「……それは何とも笑えないですね」
「ですが、守るべき民のために戦うことは王族の使命であり、私の願いです。不安で押しつぶされそうな兵を少しでも勇気づけることが出来るのであれば、命ある限り、共に戦いたいのです」
「フィエナ様……」
こんな状況にも関わらず、誰よりも民を思う心優しき王女の言葉に、アヴェンスの心が揺らぐ。
王女を戦場に立たせるなど到底あってはならないことだが、士気の下がったこの状況を打開する方法は、彼女の存在は不可欠だろう。
何よりもフィエナには大きな力がある。
それを頼るしか方法が残っていないのは、分かりきっていた。
「……その心意気、有難く使わせてもらいます!」
アヴェンスは船上を駆け抜けながら、腹に溜めたありったけの空気を吐き出しながら、甲板の上にいる兵士全員に聞こえるよう、大声を上げる。
「皆の者、良く聞け!我らがルミリア王国の第一王女、フィエナ様が船上に来てくださった!」
「王女様が!?」
「そうだ!御身に授かりし神の力で、我らを必ず勝利へと導いてくれる!ここが正念場だ、自分の持てる力を全て出し切れ!」
「うおおおおお!」
「ルミリア王国に栄光あれ!」
アヴェンスの叱咤激励に、大きな歓声が上がる。
再び士気を取り戻した兵士たちは、クラーケンに立ち向かうべく、各々戦いを続ける。
それと同時にフィエナは自分の力を解放すべく、意識を集中させる。
『天上を司りし偉大なる女神よ、我に奇跡の力を施したまえ――!』
その瞬間、彼女の背中から光が放たれると共に、白く透き通った翼が大きく広がる。
彼女の肩幅よりも少し大きい翼は、光の羽根を風に流しながら、パタパタと泳ぐ。
「あれが……『天空の女神』の加護……まるで天使様みたいだ……!」
一人の兵士が、その光景に思わず見惚れながらそう呟く。
『加護』――この世界にかつて住んでいた神たちが地上を去る際、各々の信仰者に対して与えたと言われる力のことだ。
炎神、海神、獣神、太陽神、月神……あらゆる物・事象の神が存在していた記録されており、生まれる際に親と同等の加護を受ける。
だからといって、生まれ持った加護が全てというわけではなく、自身の生き方、信仰対象など、様々な要因により別の加護が発現することもある。
与えられる加護により扱える能力も大きく異なってくるため、より優秀な加護を所有する者は、それだけで大きな価値を持つこととなる。
フィエナの能力も授かった加護の一つで、彼女は天使という存在ではない。
しかし、神々しさすら感じるその姿は、まさに本物の天使と言っても過言ではなかった。
――片翼という点を除いては。
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