ペンギン無双物語~島から追放された自称ペンギン少女、最弱だと思い込んでいたら人間失格レベルのチートでした~

蒼野ソラ

海渡り編

第1話 ペン子、島を追放される

「ペン子、お前にこの島からの追放を命じる」


 ペンギン族のみが居住する氷山島が夜の帳につつまれ始める頃。

 族長の部屋に呼び出された少女――ペン子はそう告げられる。


「ど、どうして!?私、何も悪いことしてないよ!」


 思いもよらない追放宣言に、彼女は動揺を隠せなかった。

 ペン子は好奇心旺盛で活発な性格ゆえに問題を引き起こし、その度にお叱りを受けることはあった。

 しかし、追放となると話は変わってくる。それ相応の悪行を働かない限り言い渡されないはずだが、そこまでの逸脱行為をした覚えはなかった。

 一体どんなことをやらかしてしまったのかとびくびくしながら、族長の言葉を待った。


「気付いておるじゃろう。この島にとって、お前という存在が異質だということを」


 族長は落ち着きを持った声で、はっきりと、理由を述べる。


「それは……分かってる。分かってるよ。自分が他の誰よりも劣等種だっていうことは」

 

 ペン子は思わず顔をうつ向いてしまう。

 指摘された理由には心当たりがあったからだ。

 ペン子は過去を振り返りながら、曇った表情で言葉を吐き出していく。


「昔からそうだった。泳ぎ方も餌の捕獲もダメダメで。歩き方でさえ、生まれて間もない雛鳥が当たり前のように習得していくのに。私だけ何倍もの時間が掛かった出来損ないだし」


 珍しく弱音をこぼすペン子に対して、族長はただ静かに耳を傾ける。

 確かに、幼少期の彼女はその能力の低さを要因に一部の同族から煙たがられ、迫害を受けてきたのは知っていた。

 野生動物の世界では弱い個体がいじめにあうのは不思議でないとはいえ、比較的穏やかなペンギン族にとっては珍しい例だった。

 

「ほかにも出来ないことが沢山あって。そのせいで島のみんなにもいっぱい迷惑かけちゃって、ホントに申し訳ないって思ってる」


 過去の自分の不甲斐なさに押しつぶされそうになりつつも、ペン子は唇を噛みしめながら答えていく。


「でも、だからこそたくさん努力したよ。皆に追いつけるように。同じペンギン族として、誇りをもって生きられるようにって」

 

 うつ向いた顔を上げ、ペン子は凛とした表情で族長の目を見る。


「そして、私は克服した。泳ぎも上手になったし、餌も自分で捕れるようになった。ペンギン歩きだってマスターしたよ。他にも……」

「もう良い。お前の努力の積み重ねは認めざるを得ない。じゃが、そこじゃないのだよ」

 

 族長はいらだち押さえきれなくなり、翼で制止する。


「じゃあどうして!今の私は誰がどう見ても立派なペンギン。何もおかしな点はないよね!」

「大有りじゃよ!!!」


 しびれを切らした族長は、語気を強め、興奮した様子で答える。

 普段の冷静沈着な族長からは想像できない権幕に、ペン子は目を丸くする。


「えっと、例えば?」

「何もかもが変じゃよ!まず泳ぎ方!なんじゃあの速度は!ペンギンの限界を軽く凌駕してるから!餌の捕獲も全部一人で処理しちゃうし!歩き方もなんかわしらより可愛いし!」

「私なんて全然だよ!『あ、あれくらい、俺でも余裕で出来るし?』って島の男の子が言ってたから、間違いないよ」

「そんなもん見栄を張ってるだけに決まってるじゃろうが!」


 ペチペチと足踏みをしながら、苛立ちを隠せない族長の愚痴ラッシュは止まらない。


「そして何よりもその見た目じゃ!」

「見た目……?」


 自身の容姿を指摘され、ペン子は首を上下に振りながら自分を観察する。

 肩まで下げた艶々の黒髪にトップからサイドに下ろす形で施された黄色のメッシュ。

 首から下は白のワンピースに漆黒色に染まったローブを羽織い、胸には色鮮やかなこがね色のリボンを飾りつけた自分が立っていた。

 色合いだけ見ればペンギンに見えなくもない、そんな恰好である。

 島中の漂流物をかき集めて繋ぎ合わせたペン子の自信作だった。


「何もおかしなところはないと思うけど」

「お前の視覚情報はどうなっとるんじゃ!」


 何も疑問に思わないペン子に対して、族長は翼を大きく広げながらつっこむ。


「程よく引き締まった肉体に毛一つない柔肌。スラッとした長い足に、潤いのある紅色の口。あとはその……ふくよかな胸周り。何もかもがペンギンらしくないんじゃよ!」

「そうかなぁ。だいぶ皆に似てきたと思うんだけどなー」


 あまり納得が出来ていない様子のペン子は服の裾を持ち上げながらクルクルと回る。

 そんな態度に族長は頭を抱えながらも続ける。


「まだ幼い頃であれば、ただの劣等種ぐらいの扱いで済んでいた。じゃが、もうあの頃とは違う。体の構造も能力も、わしらとかけ離れていくお前という存在に、皆が恐れているのじゃよ」


 族長は翼を後ろに組み、ペン子とは背を向けながら、さらに続ける。


「知ってのとおり、ここはペンギンのみが住むことを許された楽園の島。これ以上お前という異物を置いておくことは出来んのじゃ」

「待ってよ!だって、私、こんなに頑張って……!」


 ペン子は必死に反論しようとするが、族長はペン子を真正面から見据え、容赦なく畳みかける。


「これはペン卓会議で決まったことじゃ。今更覆ることはない」

「そんな……」

「はっきり言わせてもらう――お前はこの島に必要ない」

「……」


 そのまま、部屋には沈黙が流れる。

 ペン子は未だに自身が島の住人として認められていなかったことを痛感し、返す言葉がなかった。

 族長の言うとおり、今ここで何を言っても結果が変わることはないと察したからだ。

 だからこそ、今の感情を整理するために彼女は目を閉じた。


 ……そっか。私、恥ずかしい勘違しちゃってたなぁ。

 弱い自分を克服したんだって、勝手に満足して。

 島の仲間として、家族として認められたんだって、勝手に決めつけて。

 でも、足りない。まだ足りなかった。

 努力に努力を積み重ねても、皆と同じになれてなかったんだね。

 そうだよね。私、劣等種だもん。

 誇り高きペンギン族だなんて、言える資格はないよね。


 ――少なくとも今の自分には。


「荷物をまとめて、明日の朝には島を去るように。良いな」


 長い沈黙を破ったのは、族長の残酷な一言だった。

 話はこれで終わりだと言わんばかりに背中を向け、寝支度をするために奥の部屋へと足を進める。

 ペン子は考えた。この先の自分が進むべき道を。

 彼女はとても前向きだった。馬鹿みたいに真っすぐで、転がりだしたら止まらない雪玉みたいな、芯の強さと輝きを持っていた。

 「諦める」なんて言葉は持ち合わせていないのは、彼女自身がよく分かっている。

 だから、もう答えは出ていた。


「そっか。そういうことだったんだね」

「む?」


 ペン子の呟いた言葉の意図が分からず、族長は訝しげな顔を浮かべながら振り返る。


「今の私にはまだまだペンギンらしさが足りないから、皆に認められない。だから、外の世界で学んで来い――そういうことなんだね」

「……へ?」


 ペン子の思いもよらない発言に対して、族長は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 彼女が導いた答えは、すごくシンプルで、明快なものだった。

 認められないなら、もっと努力すればいいじゃないか――と。

 

「族長!私、外の世界で色んなことを経験して、今よりもっともーっとペンギンらしくなってくる。そして必ずこの島に戻って、ちゃんと皆に認めてもらうよ!」

 

 彼女の心は決して折れていなかった。それどころか、目には確かな闘志を宿していた。見据える先は成長した自分、それだけだった。


「……もうそういうことで良いよ、うん」


 何を言っても伝わらない彼女に半ば諦めながら、族長は翼を広げ部屋から出るように促す。


「それじゃあ行ってきます!誇り高きペンギン族に、祝福を!」

「……祝福を」


 疲れ切った族長の声を背に、ペン子は足早に部屋を出ていく。

 その日の夜は、よく澄み切った空に光り輝く星が満ち溢れていた。

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