運動会は作戦が九割

ことぶき神楽

第一話 雨の日とくもりの日

 昭和五十二年


 六月十七日(金曜日)雨


 雨の中、亀山さんは、かさもささずに校庭で遊んでいる。

 ぼくは、二階の教室から雨が降り続ける校庭を見ていた。


 亀山さんは、棒っ切れでみぞを掘り、水たまりと水たまりをつないで川をつくるのが好きだ。今日も黄色い棒を使って工事している。

 六年二組に亀山さんの机はあるけれど、国語と社会の時間以外は、教室にいない。雨が好きで、背が低くて小さいので、クラスのみんなは「カメ子」と呼んでいる。名前は「由紀子」だが、ぼくもみんなの前では「カメ子」と呼ぶ。

 三本の川が完成したところで、かさをさした副担任の野沢先生が校庭に出てきた。二階から顔は見えないが、あの緑のかさは、野沢先生のお気に入りだ。

 亀山さんは、緑のかさに追いかけられても、ジグザグに走り、くるくると回り、川をつくりながら逃げている。


「何見てるの?」

 振り返ると、飛沢さんが立っていた。ショートカットの前髪に、オレンジ色のヘアピンを留めている。

「いや、別に、外見てただけ」

「さっきから、ずっと見ていたでしょ」

 並んで校庭を見下ろした飛沢さんが、ぼくのほうを向いて、ずいっと顔を寄せてくる。

「カメ子が好きなの?」

「そ、そんなことないよ」

「でも、顔、赤いよ」

 それは、ちがう理由だから。


 校庭に目を移すと、亀山さんの姿はもうなく、緑のかさから「横断中」の旗が振られていた。




 六月二十二日(水曜日)くもり


 虹小こと虹家小学校は、全校生が千人を超える大きい小学校だ。三階建ての北校舎と南校舎があり、その西側には、去年できたばかりの体育館がある。東側は、今年になって講堂が取り壊されたので、それまで見えなかった裏山が姿をあらわした。

 北校舎には一年生から五年生の教室があり、生徒は東と西の角にある大きな昇降口から出入りしている。南校舎には、六年生の教室のほかに特別教室や職員室、入ったことがない部屋もある。昇降口は小さく、西の角にひとつしかないので、百六十人の六年生が登校してくる朝は、ラッシュアワーのように混んでいる。


 今朝は、いつもより十五分ほど早く登校したので、昇降口はすいていた。ぼくは、保健室先の階段をのぼり教室に急ぐ。

 二階は、階段から西側が図書室になっている。東側に通級教室、四組、三組と続き、その先の校舎の真ん中が二組だ。二組は、廊下をはさんで向かいがトイレなので、教室の北側はうす暗い。


 教室に入ると、今日一緒に日直をする北林さんが、黒板を拭いてくれていた。

「おはよう、遅くなって、ごめん」

「おはよう、だいじょうぶ、もう終わるから」

 北林さんは、女子の中では学年で一番背が高いので、イスに乗らなくても黒板の上まで手が届く。ぼくだって背のびすれば、まあ届く。


 ぼくは、ランドセルをロッカーに入れ、黒板の日付と日直の名前を書き直し、チョークをそろえて置いた。

 教室には、机が六列、一列に七台の机が置いてある。窓際の一番前は、先生の席なので反対向きに置いてある。机はきれいに並んでいるので、そろえる必要はなさそうだ。

 北林さんが教だんを拭いてくれているので、日直の朝の仕事はもうない。

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