砂と堕天使、それから勇者

こてわん

第一章 「最高の友達」編

第1話 目を覚ましたら砂だった。

 目を開いて真っ先に目に飛び込んできたのは鬱蒼とした森林だった。

 樹齢何年かもぱっと見で分からないぐらい高く聳え立つ木々だったり、これでもかと生い茂る見た事もない草。

 木に巻き付いたツルのようなものは、それだけでも異常に太い。

 それからどこか彼方から聞こえて来る訳のわからない鳥の奇声みたいな甲高い音。

 あれだ、昔に見た恐竜が出て来る映画。そんな雰囲気に近い。


 めっちゃ怖い。どこココ…………。


 気になったのはその視線の低さだ。

 精一杯立ってるつもりなのだけど、なんと言うかいつもの感覚よりも下というか……不思議な感覚だ。

 で、なんとなく目線を下げてみたのだけれど、それで気がついた。


 俺ってば、なんか体が変だ。

 手が、足が、おかしいの。

 まず超短い。

 指がなくて、まるでトイレットペーパーの芯を長くしたみたいな細い腕と足。

 あれだ、体の太い棒人間みたいな。

 いやいやいや、なんですかねこれは…………。

 新手のドッキリか。寝ているうちに人体改造ドッキリ〜みたいな。


 そんで肌色もおかしい。

 なんというか、土(?)みたいな色合いしている。泥色みたいな。血の気のない色。なんだこれは。

 恐る恐る自分の肌を撫でてみると、なんだかサラサラとしている。

 あ、これ砂だわ。触ってすぐに分かった。


 砂独特の感触がする。撫でるたびにつぶつぶが肌に引っかかる感じ。触覚がある時点で砂なのかどうか怪しいけど。

 ただ決して砂まみれという訳じゃなく、体全体が砂で構成されているようだ。

 その証拠に強めに撫でると砂の指が腕に埋もれた。

 埋もれる…………?

 待て待て待てい!

 埋もれたってことは穴空いたって事であって、超大怪我じゃねえか!

 今すぐ処置しないとヤバい?

 慌てて指をどかすと、腕がぽっかりと穴が空いていた。


 や、やべえ。見知らぬ土地で大怪我負っちまった……。

 なんて考えたけど、すぐに違和感に気づいた。

 血が出ないし、痛くもないのだ。よくよく考えれば体が砂ならば血なんてある訳ない……のか?

 あーダメだ分からん。

 全然頭回ってない。意味わからん状況で頭がパンク中だ。


 混乱する俺をお構いなしとばかりにぽっかりと空いた腕の穴が自然に閉じていく。

 砂なら……普通なのか?

 これって夢じゃない? 絶対夢だよね? だって砂だよ?

 きっと現実世界では日向ぼっこをしながらスヤスヤと気持ちよく寝ているに違いない。あはは。

 いや全然笑い事じゃないけどね。そうじゃなかったら絶望って感じだし。

 唯一楽しいことがあるとすれば、どこでも砂遊びし放題だねっていう園児が喜びそうなことぐらいか。俺は園児じゃないけど。


 試しに歩いてみると体の砂をポロポロとこぼしながらゆったりと体が動いた。

 あ、マズいダメだ。俺の体がなくなっていく。ヤダ怖い。

 それに上手く動かせないし、動きは遅い。

 ぐぬぬ、自分の体なのに満足に動かせなくて超もどかしい。


 分からない点はたくさんある。

 ここはどこだ、とか。なんで俺砂になっているのか、とか。なぜこんな場所にいるのか、とか。


 でも待て。いったん落ち着こう。

 慌てたって何も始まらない。

 状況を整理するためにも、まずは記憶を探って一つ一つ整理しようではないか。


 まず、俺は人間。名前は……なんだっけ?

 やべえ思い出せねえ。いきなり大問題だ。

 なんだろう、記憶にモヤがかかっているような感覚に陥って全く思い出せない。

 よくある思い出そうとしたら頭痛が……とか、そういうのはなさそうだけど。


 んで多分、日本人。それは分かる。

 ついでに小説とか漫画とか、そういうのが好きだったのは覚えている。

 逆に言えばそれまでだ。他、性別(男)だとかの超簡単な事以外、自分に関する事は何故か何も覚えていない。

 家族は? 友人は? 恋人は? 職業は?

 肝心な事を何も思い出せない。

 頭でも打って記憶飛ばして幻覚でも見てんのか?

 そんで見てる世界がこれだとでもいうのか。だとしたら随分メルヘンな頭してるね俺。


 さて、とりあえず特に収穫もなさそうなので俺の記憶旅行はここまでにしておこうか。

 感想を一言で述べるならば、クソ食らえって感じかな。泣きたい。


 ……超最悪だ。

 リアル「ここはどこ? 私は誰?」状態なんだもん。

 いったいどうなってるんだまったく!

 俺をこんな状況に陥らせた神様がいるなら頬をビンタしてやりたいね!


 脳内で愚痴を言うのはここまでにしておこうか。

 ちなみに何故脳内で言っているかと言うと、声帯がないのか声が出ないからだ。

 これまたひどい。言葉は重要なコミュニケーションツールだって言うのに。

 けどこれに関してはまだ比較的ショックはマシだった。

 だってそもそもコミュニケーションを取る相手などいるのかどうかすらよくわからないもの。


 ほら、ワンチャンここ異世界なのかな〜、とか考えている訳なんですけども。

 周りの植物とか見た事ないし。植物詳しくないけど。

 まるで小鳥とは思えない程に甲高い鳴き声がどこかから聞こえてくるし。

 これでバケモンとか出てくるのならば確定って感じ。


 ともかく移動だ。やりたい事がある。

 自分の姿の全貌を見たい。特に顔とか。

 鏡があるとベストなのだけれど、周りは鬱蒼とした森だから、望み薄だろう。

 せめて川とか、そういうのがあれば有難いのだけれど。


 俺は砂を撒き散らしながら移動を開始した。

 葉っぱの先端だとか、木に巻き付いたツルだとか、そういうのがチクチク引っかかってちょっと気持ち悪いな。

 痛い訳じゃないけど、ゾワゾワする。こそばい。


 本格的に動いて気がついた事がある。

 どうやら撒き散らされた砂は帰ってこないけれど、俺の体の体積は不思議とそう変わっていないようだ。

 砂が落ちるなら徐々に体が擦り減るのかなとか思ったけど、どうやら杞憂らしい。

 良かった。正直ちょっと不安だったんだよね。


 けどそれはそれとして別の問題が発生した。

 何かって、超歩きづらい。

 まず第一に体を動かしづらい事。

 そんで次に、俺がデコボコとした森の地面を歩き慣れてないってのもあるんだろうけど、この足だ。

 短足だし、膝の関節ないし、足を動かすたびに体幹がグラグラ揺れてバランス取るの大変だっての。

 あ、やべ。

 地面から剥き出した木の幹に気が付かなくて、突っかかって転んじまった。

 バシャっと体が崩れる音がする。


 ………………ん?

 体が崩れる音???

 おいちょっと待て、体が崩れた!!

 転んだ衝撃で人型が崩れて潰れてちゃったんだ!

 そんな事になんの!?

 ビックリだが痛みとかはない。もしかして割と体の形とかは自由なのだろうか。


 試しに体をコネコネと動かして隣にあった草の形を真似してみる。

 するとどうだ。不完全ながらもちょっとだけ隣の草と似た形をとる事ができた。

 おお、すごい。今初めて感動しているかも。

 これ、もしかして少なくとも形だけは人にもなれるんじゃね?


 てことで思い立ったが吉日。早速変形だ。

 粘土のようにモニモニと体を動かして、少しずつ形を整える。で、完成したのはさっきまでの太い棒人間だ。

 なるほどね、こうなる訳ね。

 この形態は俺が一生懸命人になろうとした結果の形ってことね。はいはい理解理解……できないけど。

 多分形が完全じゃないのも俺の人体への理解とか変形の熟練度が足りないからなんだろうな。

 だって今の俺、子供が描いた絵みたいになってるし。


 そんなこんなで自分の体への理解を深めつつ、進む事30分程。

 それまで変わらず木と草と花が続いていた。

 あ、花って言っても全然可愛い感じじゃないからね。

 紫色の花弁にピンクの斑点みたいなのがポツポツと付いた随分と毒々しい見た目だった。

 サイズだってぱっと見でも50センチぐらいあったし。

 あんなんまったく和まないよ。


 おっと話が逸れた。

 そう、30分ぐらい歩いてようやくせせらぎの音が聞こえてきたのだ。

 これは僥倖!

 俺的には丸一日歩いても見つからないかなぐらいの覚悟をしていたものだから、嬉しい限り。

 喜びと期待を込めて歩く事数分、森を抜けた先に見つけたのは確かに川であった。


 良かった!

 ホントに普通の川だ!

 せいぜいちょっと幅が広めな事ぐらいかな。10メートルぐらい。


 で、川の端っこに立って、流れの緩やかな水を覗き込む。

 光を反射し、水をスクリーンとして映し出された俺の顔はのっぺりとしていた。

 妖怪のっぺらぼうみたいな、凹凸のない感じ。

 うーん、まあ体が砂の時点で予想はしてたから衝撃は少ない。


 そろそろ自分が何者か、答えを出そうか。

 体が砂といえば、思いつくものが一つある。


 土の魔人ゴーレムだ。

 元ネタはユダヤ教の伝承だとかなんだとか。詳しい事はよく知らない。

 俺がよく知っているのはRPGのゲームとかで多少デフォルメ化されたヤツだ。

 ほら、大概序盤から中盤でボスとして出てくるタイプのパッとしないあれだ。


 砂と土で多少の違いはあれど、まあ現実とゲームでまったく同じとはいくまい。

 体全体が砂で構成された俺をもっとも端的に表したものこそ、『砂の魔人ゴーレム』なんじゃないかと思う訳よ。


 うーん、なんか嫌だけど……でもなっちまったもんは仕方ないし。

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