勇者殺しのキース

玄門 直磨

第1章

第1話 黒衣の人物は怪しいが勇者を殺すために力を貸してもらことにした


 俺には親友が一人いる。

 小さい頃から何をするにも一緒で、まるで兄弟の様に毎日常に一緒だった。

 体格もさほど変わりはない。強いて言えば、俺の方が少し背が低いという事ぐらいだろうか。


 しかし、決定的に違う所が一つだけある。

 それは、あいつが勇者だということだ。

 その為、あいつは村人達から大切にされており、信頼も篤い。

 しかも、その期待に答えるようにあいつの性格は実直で真面目、そして面倒見がいい。

 だが、あえて悪くいうと堅物でお節介だ。


 俺はそんなあいつ――カイル――が憎い。


 その理由は、全てにおいてあいつと比較されるからだ。

 幼い頃はそれほど気にならなかったが、成長するにつれ、カイルに対し劣等感を覚えるようになっていった。

 同じ良い行いをしても褒められるのはいつもカイルで、あいつと一緒に悪いことをすると決まって俺が怒られる。

 しかし、そんな時カイルも一緒に怒られてくれるのだが、それが逆に俺をイライラさせた。



◆◆◆



「ねぇ、ここで何してるの?」

 俺が村の外れの丘にそびえたつ一本の大木に背を預け、その木陰で何をするでもなくぼーっと座っていると、上から凛とした声が降ってきた。


 声だけでその相手が誰だか分かる。

 幼馴染みのセーラだ。


「別に。ただぼーっとしてただけさ」

 俺はそう言いつつ顔を上げ、首をひねり後ろを見る。


 そこには大木から顔をのぞかせ、晴天を背景に優しい微笑みがあった。

 太陽の光が当たった青く長い髪はキラキラと輝き、憂いのある碧の瞳がこちらを見つめている。

 俺は何だか恥ずかしくなり、顔を背けた。

 そして、照れを紛らわすように、手近にあった草をちぎる。


「カイルがあなたの事探してたよ。何だかすごく真面目な顔してたけど」

 白いワンピースを着た彼女が裾をふわりと靡かせ、正面に回り込んできた。


「あいつはいつも真面目だろ? 俺なんかと違ってな」

 先ほど千切った雑草をそこら辺に投げる。

 手から離れた草たちは春風に乗り、舞い踊るように散っていった。


「そんなこと無いよ、ね」

 セーラはしゃがみこみ、顎を両の手のひらにのせ、小首を傾げた。


 目線の高さが同じになる。そして、彼女の動きで生じた微風が、甘い香りを運んで来た。

 爽やかな花の様な香りに鼻腔をくすぐられると、俺は鼓動が早くなるのを感じた。


 しかし、彼女の『そんなこと無い』はどちらに対してなのだろうか。カイルが真面目なのに対してなのか、それとも俺が不真面目なのに対してなのか。

 確かめるのも野暮だし、彼女を前にすると俺は上手く喋れない。元々饒舌では無いし、さらに惚れた相手となると尚更だ。

 しかし、あいつは違う。真面目であるが言葉は達者で、セーラや他の女とも親しげに会話をする。


「どうしたの? 何か悩み事?」

 黙りこんだ俺を心配したのか、そんな言葉をかけられた。


 カイルが憎い。それは悩み事になるのだろうか。


「いや、別に悩み事何かじゃないさ」

 そう、悩みではない。これは嫉妬だ。それは自分でも十分過ぎるほど分かっているし、醜い事だとも理解している。

 しかし、憎いものは憎い。


「もし、悩み事があったら、いつでも相談してね。もし、私に言いにくい事だったらカイルに相談しなよ。カイルならきっと――」


「あいつは関係ない!!」

 俺は思わず声を荒げ立ち上がった。

 誰も彼も二言目にはカイルだ。俺にはそれがどうしてもムカついて仕方ない。


「あっ。ちょっと、キース」

 別にセーラが悪い訳ではないが、気持ちの収まりがつかない俺は、彼女の制止を無視し、村とは反対方向にある森の奥へと向かった。



◆◆◆



「くそっ! 全くどいつもこいつも!」

 俺は怒りに任せ、足元に落ちていた枝を拾い、近くにあった木を殴打する。


「くそっ! くそっ! ちくしょう!」

 力任せに何度も殴っていると、子供の腕ほどの太さのある枝はボキリと折れてしまった。


「クソがぁ!」

 折れた枝を思い切り森の奥へ投げ捨てる。

 枝はすぐに森の闇へ消えていき、やがて木にあたった音がこだました。

 その音に驚いたのか、森に潜んでいた鳥たちが一斉に騒がしく飛び立つ。


 そこでふと、視界に何かが入り込んだ。

 枝を投げた方の木の側に、人影らしきものが見えた。


「誰だ! 出てこい!」

 しかし、俺の声が森に響き渡っただけで、その影は出てくる気配は無い。

 俺は足元を見回す。何か武器になるようなものはないか。

 しかしめぼしい物は見つからず、顔を上げると既に先ほどの場所から人影は忽然と消えていた。


「最近、村で目撃者が多発しているモンスターなのか?」

 俺は身構えながら辺りを警戒し、首を巡らす。

 たが、どこを見回してもやはり先ほどの怪しい影は見当たらない。


「何だか物騒だな」

 俺は普段から比較的この森に来るが、怪しい影を目撃したのは今回が始めてだ。

 しかし、既に村人の何人かは目撃している様だ。


 目撃者曰く、それは人のようであったり、四本足の獣であったり様々なため、信憑性は皆無だった。

 しかし、見てしまった以上信じない訳にはいかない。

 世界は今平穏を取り戻しているが、魔物が活発化し始めたという噂もある。

 だが、この村はそんな事とは全く無縁だった。

 十五年前に世界を混沌に貶めた魔王は倒され、村には結界が張られているからだ。


 怪しい影の気配も無くなり、少し冷静さを取り戻した俺は、近くにあった切り株に腰を降ろし、ため息をつく。


「どうやったらカイルを越えられる。どうやったらやつを……」


――殺せる。


 ここ最近、カイルの剣術の腕や筋力がメキメキと上がっていて、実力は離される一方だ。

 村のしきたりでは、十六歳で成人と見なされ、俺とカイルは今年の秋で成人を迎えることになっている。

 年齢的に成長期にあたり、それが影響しているのだろうか。

 だが、そんなカイルに比べ、俺は一向に剣術の腕も上がらず筋力もなかなかつかない。

 俺の父親は、かつて平和を取り戻した勇者であるカイルの父親と一緒に冒険した戦士だったと聞く。

 剣の腕だけで言ったら、勇者より勝っていたとよく自慢される。

 そして、母親は同じく勇者と共に冒険をしていた武闘家だ。

 父親の剣術、そして母親の身体能力。それが遺伝しているのであれば、剣術や体術でカイルに勝てるはずだ。


 しかし、俺はカイルに一度も勝ったことがない。

 もしかしたら腕のいい剣士に剣術を習えば、メキメキと上達するかも知れないが、剣術を習う師匠なんてこの村にはいないし、カイルに習うだなんて死んでもしたくない。

 肝心の父親はというと、基本的な剣の扱いは教えてくれたが、それ以外は何も教えてくれない。

 寧ろ、俺には厳しくカイルには優しい。たまにカイルに稽古をつけていた事も知っている。明らかに息子である俺より、勇者の息子であるカイルを贔屓しているのだ。


 しかし、その傾向は母親の方が顕著だった。

 俺らがまだ小さい頃、カイルが家に遊びに来ることはしょっちゅう有ったが、

その度に母は泊まっていけとカイルに言っていた。


 あいつの両親は、十五年前に村を守り死んだ。その事で気を使っていると言うことも有るかも知れない。更にあいつが勇者で有ることも起因しているのだろう。

 あまりに贔屓が酷いが、それを抗議しようものなら家を追い出されそうなため、できないでいた。


 そんな状態がずっと続き、フラストレーションがたまり、カイルに対する嫉妬や劣等感を募らせていった。

 しかし、どう考えても奴に勝ち目がないのは確かだ。


 森の空気と、木々のざわめきに心が洗われた俺は立ち上がり、村へ帰る事にした。


「――っな!」

 しかし、立ち上がる顔を上げると、目の前にはフード付きの黒いローブを纏った人物が立っていた。

 俺は、異様なその出で立ちに驚いた。顔はフードの奥にあるのだろうが、そこには漆黒が広がるばかりでうかがい知る事は出来ない。

 そして何より、一切の気配を感じさせなかったのだ。


 足元には枯れ葉や木の枝が散乱しているため、普通ならそれらを踏みしめる音で気づけたはずだ。

 しかし、考え事をしていたとはいえ、それに気づかない事などあり得るだろうか。

 俺は驚きのあまり、間合いをとることなど忘れ、呆然と立ち尽くしていた。


「お前は、そんなにあいつが憎いのか?」

「えっ?」

 目深に被ったフードの間から、地獄の底を震わすような、そんな声が発せられた。

「本当に奴を殺したいのか?」

 黒衣の人物は、なおも問いかけてくる。


 俺は言葉を失っていた。

 突然謎の人物が現れた事もそうだが、なぜ知っているのだろうか。俺がカイルを殺したいと思っていることを。

 俺は、カイルを憎んでいることを誰にも打ち明けてはいない。

 それに、態度にも表していないはずだ。はたから見れば俺とカイルは親友同士に見える様振る舞っている。

 カイルについて悪態をつくのはこの森の中だけ、と決めていた。


「お前が奴を殺したいと願うなら、力をやろう」

 黒衣の人物はそういうと片手を持ち上げた。

 ローブの袖から露になった腕は、まるで枯れ木の様に細く、指はふしくれだっていた。

 そして、その色は生気を感じさせないほど白んでいる。


 どうする。俺はこの得体の知れない人物の提案を受け入れるべきなのだろうか。

 確かに俺はカイルを殺したいほど憎んでいる。今のままでは、普通に勝つ所か殺す事など到底不可能だろう。


「……ああ、あいつを殺したい。だから、力が欲しい」

 藁にもすがる思いだった。剣術や魔法の修行はそれなりにやっていたつもりだが、

まったく芽が出ず、カイルとの差は広がるばかりだったからだ。

 あいつがいなければ、俺はもっと幸せな生活を送っているはずだ。両親に愛され、そしてセーラだって俺に振り向いてくれるかも知れない。


「分かった。ただ、力を手にするのは楽ではないぞ。覚悟は出来ているか?」

 俺はその問いに一瞬躊躇した。いったいどれほどの覚悟が必要なのだろうか。

 しかし、一旦力が欲しいといった手前、やっぱり止めるとは言えなかった。


 俺がこくりと頷くと、黒衣の人物は頭を鷲掴みにしてきた。

 その直後、全身に電撃のような衝撃が走る。


「――ぐあっ!」

 衝撃はほんの一瞬だったが、目の前が真っ白になり膝から崩れ落ちた。


「かはっ! い、一体、何を……」

 朦朧とする意識の中、やっとの思いで顔を上げ黒衣の人物を見上げる。

 やはりフードの奥の表情は伺うことができない。


「ほんの少し、刺激を与えただけだ。明日、午前六時またここへ来い」

 そう言うと黒衣の人物は音もなく森の奥へと消えていった。


「ほんの少し、だと? ふざけやがって」

 痛みが全身を貫き、一瞬心臓が止まり呼吸が出来なくなった。


 それをほんの少しと言い放ったのだ。これからもっとつらい試練が待っているのかも知れない。

 しかし、もう後戻りすることは出来ない。俺は、カイルを殺すための力を絶対に手に入れて見せる。


 まだあまり力が戻らない体に鞭を打ち、何とか立ち上がる。

 そして、足を引きずりながら村へ戻ることにした。

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