第17話 ストライク

 ボールが、消えるわけがない。

 消えたんじゃない、自分の視界に収まりきらなかっただけだ。


 視界に収まりきらないほどに、その球は上方へと放たれていた。

 

(スローカーブ⁉︎)

 

 だが、気づくのがあまりにも遅かった。

 

 大きな弧を描いてゆっくりとこちらへと向かう白球はしかし、ホームベース付近に近づいてきた頃には、意外なほどの速さで落下してくる。

 当たり前だ。カーブは下向きへと変化する回転のかけられた球種なのだから。ボールは重力を味方につけて、自らが望む方向へと落ちていく。

 

(くそっ……⁉︎)

 

 見上げなければ視界に収まらないほどの高さから、ストライクゾーン枠内へ向かって、ボールは目の前を通り過ぎようとしている。

 

 見逃せば当然ストライク。見逃せば当然三振。

 見逃せば当然、ゲームセット。

 

 だから当然、見逃すわけにはいかなかった。

 だと、いうのに、

 

(動けっ……!)

 

 一度ボールを見失った身体は硬直し、フリーズした機械のように、こちらの意思をまるで受け付けてくれない。

 それでも今、この球を見逃すわけには行かなかった。

 

(動けっ!)

 

 ファールでいい、当てるだけでいい。

 ヒットにできなくても、ファールにさえできれば打ち直せる、仕切り直せる。

 だから、


(だから……動けっ‼︎)

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