由々しき事態

「──成功、か……」

「フン、"白い殺人姫"ともあろう者が無様なものだな」


 無機質で薄暗い空間でシリエスは目を覚まし、その傍らに控える白衣の男が落胆の声を出す。

 ここは『組織』のとある研究所の一室。シリエスは一度死に、組織によって蘇生された為、両者には協力関係が築かれている。


 だが、今彼女がここに居るのは有り得ない事だ。

 何しろ彼女は学園を襲撃し、咲良によって無力化され、彼女の厳重な監視のもと投獄された筈である。


「……オイ、話が違ェぞ……! 俺はなァ、気持ちよく殺しが出来るって聞いたからお前らの指示に従ってやってるんだ。それが何だアレは!! 何も出来なかったぞ!!」


 シリエスが男に向けて激昂する。

 彼女は殺しという行為そのものに快楽を感じている。学園に行ったのもそれが理由の一つであったが、結果として一人すらも殺す事が出来ず、あまつさえ咲良の手によって何も出来ずに四肢を飛ばされたのだ。


「……朝露咲良に関してはこちらとしても予想外だった。まさかあれ程とは」

「お陰で俺も逃げ出すのに苦労した。本来なら死ぬだけで良かった筈がお前が押し付けた・・・・・力を囮にするしかなかった」

「押し付けた……ッ、まさか貴様、シュブ=ニグラスを置いてきたのか!?」

「しょうがねェだろ!? 奴の結界は強力だった、普通に死んだ所で魂は逃げ出せない。シュブ=ニグラスを引き剝がしてその反動と外部からの協力で漸く抜け出せたんだ。そもそもこれを提案したのはお前らのトコの小僧なんだが?」

「チッ、本部の奴か。余計な事を……」


 一度死に蘇った彼女は自らの魂の形を知覚しており、そして魂から異物を切り離す際にはかなりのエネルギーが発生するのだ。

 それを利用し、自らの魂に融合させられたシュブ=ニグラスをわざと引き剥がす事で咲良の結界から抜け出す余地を作った。だがそれだけでは脱出は出来なかった。

 彼女の脱出を外部から手伝ったのは、学園に侵入していた桜井涼介である。彼はここまでの計画を彼女へ語り、ニャルラトホテプの力を使い彼女の魂を結界から引き抜いたのである。そうして脱出させた魂は元の計画通りこの研究所にあったクローン体に入った、という訳だ。


「貴様が蘇生出来たのはシュブ=ニグラスが魂を補っていたからだ。それを剝がした今、貴様は三日と保たんぞ」

「また新しい邪神と融合させりゃあいいじゃねえか」

「そんな簡単な話ではない!!」


 そもそも死者が蘇る事自体が本来有り得ない話なのである。組織はそこを邪神と融合させ、魂を邪神で補う事で無理矢理実現させた。そしてそれには莫大なコストがかかる──『組織』ですらもそう易々とは手が出せない程の。

 だからこそ、組織側では彼女の命をこれ以上繋ぎ止める事は出来ない。


「あと三日、か……」

「チッ……一応代替策は考える。あの男を使うか……使えるものは何でも使わなくてはな」


 ブツブツと何かを呟き始める男。それにシリエスは尋ねる。


「……で、結局アイツは何なんだよ。それをまだ聞いてねェぞ」

「組織が調べた所、朝露咲良は……一般家庭出身の一般人だ」

「ンな訳ねえだろ! あんな一般人が居て堪るか!!」

「無論我等もそれを信じている訳ではない。だが組織の捜査網すらも欺く"何か"がバックについている事は確かだ。現状は「気を付けろ」としか言いようがない」



 彼らが、咲良が本当にただ強いだけだと知るのは一体いつになるのだろうか。



──────



 一方その頃。



「──由々しき事態じゃ」


 学園の一角にある狭い部屋。今、そこには三人の少女が小さな机を囲んで座っている。

 その中の一人、桃色の髪をルーズツインテールに纏めた少女が机に両肘を立てて寄りかかり、口元を組んだ両手で隠す様なポーズをしながら如何にも深刻な状況であるといった声色で言う。


「そうですな。学園側も愚かな事を……」


 それに、眼鏡をかけ、緑色の髪をウルフカットにした、先程の少女よりも一回り程背丈が高い少女が同じポーズで同調する。


「速やかに……対策が必要、ですね……」


 更にそれを赤紫色の髪をした少女──咲良も同じポーズで同調する。

 彼女の表情はこれまでにない程真剣であり、今直面している問題がどれ程深刻であるのかを物語っている──




「……えっと、どういう状況っすか、これ」


──と、そこにガチャリ、という音と共に雲雀が入ってくる。

 彼女はこの部屋の異質な雰囲気に若干気圧されていた。咲良の圧倒的な実力を知っているからこそ尚更である。


「おお、来たか雲雀。ほれ、まあ座れ」

「雲雀氏! 遅かったでござるな」

「補習お疲れ様、です……」


 雲雀が入ってくると、部屋の雰囲気は明るくなる。桃髪の少女が空いていた椅子を引き、手招きする。

 先程までの雰囲気とは打って変わったこの空気に、彼女は恐る恐る椅子に腰かける。


「で、炉欄ろうらん先輩、一体何があったんすか……?」

「ウム、それはじゃな……」


 ゴクリ、と唾を飲み込み、背に冷や汗を流しながら桃色髪の少女──炉欄ろうらんの返答を待つ。


 そして、彼女は口を開く──




「──『ミラフィアオールスターズDXF』が学園劇場で放映せんのじゃ……!!」


「そ、そんな……はい?」


 今、自分は何か聞き間違いをしただろうか? 雲雀は自問する。


「えっと、もう一度……こ、小冷これい先輩……」

「学園劇場の上映予定が出たのでござるが、そこに今週金曜日から上映開始である筈のミラフィア秋映画の名前が無かったのですぞ、秋空氏」


 彼女が困惑し、目の前に座っていた緑髪の少女──小冷これいの方を見る。しかし彼女も、いまいち要領を得ない返答をする。

 否、言っている内容はこれ以上ない程に完璧に分かるのだが、それがあまりにもこの雰囲気に合わないのだ。

 そうして彼女は、最後に自らの親友に助けを求める様な視線を向ける。


「さ、咲良……」

「お二人の言う通り、です。このままでは、私達は……キラフィアref現行シリーズ『キラキラキャッチ☆ミラフィア!』の略称/refの活躍が、見られません……」



 さて、ここでこの部屋の名前を開示しよう。


 この部屋は──『サブカル同好会部室』。サブカルチャー──漫画やアニメ、小説なんかを好む者達が集う部室である。

 部員は、会長である櫻島さくらじま炉欄ろうらんを始めとして、鞍馬くらま小冷これい、朝露咲良、そして秋空雲雀の四人だけ。殆どの学生は魔法を極める事を好み、そうでない者も態々こんな部活には入りたがらないという悲しき現実が反映された結果である。そもそも部活自体炉欄が一年の頃に設立したものなのだ。


 そして『ミラフィアオールスターズメモリーズDXF』とは、毎週日曜日朝八時半に放送されている女児アニメ、ミラフィアシリーズ150周年記念映画の名前である。

 150周年記念という事で、これまでシリーズで登場した計700人以上のミラフィア達が一挙出演するらしい超大作……なのだが、どうやらそれが学園内にある映画館では上映されないらしい。

 言ってしまえばそれだけの事にどうしてここまで深刻になっているのかと思ったが、そういえば咲良はミラフィアを全シリーズ150年分見る程には好きだと以前言っていた事を思い出す。


「要望出せばいいんじゃないすか?」

「もう既に出して、返事も来ておる……「リクエストされた映画は学園風紀上相応しくない為却下」じゃと。全く、礼儀を知らんのか!!」


 彼女が放り投げた一枚の紙。そこには今彼女が言い放った言葉がもう少しキツめな言葉で書かれていた。

 まあ兎も角、要望はけんもほろろに却下されたという事らしい。これは確かにファンにとっては由々しき事態であるだろう……それはそれとして、咲良まであんな真剣な顔をするのは怖いのでやめてほしい、そう思った。


「なら外出許可を取れば」

「それも出した。結果は言わんでも分かるじゃろうて」

「おお、うん……」


 まあ学園は基本的に外出許可は出さない。

 以前咲良が外に出られたのは、彼女の圧倒的な力もさることながら、それを知る紅葉の助力、そして鳥高神への参拝という大義名分があった事が大きい。少なくとも、映画を観る為、などという理由では外には出られない。

 炉欄は十華族が一角、櫻島家の一員ではあるのだが、彼女自身があまり出自が良くない為にほぼ絶縁状態なのだ。なので家の力も使えない。



「……こうなれば、最後の手段、ですね……」

「なんじゃ、方法があるのか」


 咲良は無表情で続ける。


「貴重すぎる『外出機会』……寮長達は……一度も与えてくれない、です」

「おやおやおやおやおやおや、許可してくれない事をしようと言うておるのか?」

「それって『校則違反』ってやつでござるよね?」

「やるのは私、です……テレポートで行くので、貴女達はついて来るだけでいい……」

「なんすかこのノリ」


 突然始まった謎の寸劇擬き。

 ついていけない雲雀を置き去りに三人は続ける。この時点で彼女は少し嫌な予感を覚え始めていた。


「アラアラアラアラアラアラアラ、ついてくるだけって……ワシは優等生(大嘘)で通している生徒じゃ……教師からの覚えも良い(大嘘)」

「しかも! 脱柵は露呈したら最低一ヶ月以上の放課後労働奉仕と書いておりますぞッ。その時の精神的ダメージは計り知れない!!」



「『脱柵』をします」



「「だから気に入った」」



「なんすかこれ……」


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