ヒーローに秘密は付き物である
さて、白髪の長身の少女──広野心愛とシリエスが向かい合う。
心愛がここに来たのは、戦闘の音を聞いたからだ。彼女の身体能力は素であっても非常に高く、だからこそ他の生徒には聞こえないような僅かな音であっても一足先に聞き取る事が出来たのだった。
そうしてここに来て、展開されていた神域の結界を叩き割った、素手で。
「美玖ちゃん、二人をお願い」
「いいけど……無理しちゃあいかんよ?」
彼女は背後で倒れる二人を介抱する少女に話しかける。
その少女は仲山美玖。ラーメン屋台を経営する一年生であり、治癒系の能力を持つ神と契約していた。戦闘音を聞いた心愛は怪我人が居る事を見越して知己の彼女を共に連れて来たのだ。ヒーローたるもの、細かな配慮も必要なのである。
そして彼女はシリエスを睨み付ける。そんな彼女へ美玖は不安げな声を出すが、それに彼女は言う。
「安心して……だってボクは皆のヒーロー、だからねっ!」
無条件の自信、無知に近しい傲慢さ、されども彼女のアイデンティティを担保する唯一の言葉であった。
そうして睨み付けた相手は、どういう訳か目を見開いている。構わず心愛は言った。
「どこの誰かは知らないけれど、
「……お前、名前は?」
「へ? ボクは広野心愛だけど……」
「広野、そうか……ククク、そうかそうか。全く律儀な奴だ」
「?」
彼女の名を聞いたシリエスはくつくつと笑い出す。全く状況を理解出来なかった心愛は取り敢えず拳を構えた。
何はともあれ、兎に角目の前の女は悪党である事に変わりはないのだ。戦わないという選択肢はない。
「と、とにかく行くぞっ!!」
「ハハ、さあ来い!!」
ドン、背後で治療をしていた美玖がよろけてしまう程の爆音を立てて両者の立っていた地面が吹き飛び、次の瞬間に拳と爪が打ち合わされる。
速さは互角。ただし完全な物ではなかった。
「ウハッ!」
シリエスが笑う。それは、心愛の拳によって彼女の魔装たる爪にヒビが入った事への歓喜であった。
彼女は一度下がり、自らの魔力を流し込みヒビを修復する。そして両手を広げ、まるで宣言するかの様に言い放つ。
「流石だ! 流石は
「……?」
「お前とはもう少し遊びたいが……ここらが潮時か」
そう言った彼女の視線は自らの背後──こちらへ向かってきている無数の人影へと注がれている。
これだけ戦闘をしていれば否応にも気付くというものである。偶々一番最初に気付き、来たのが二人だというだけで、何かが起こっているという事は警備の人間も気付いていた。
本来のシリエスの実力であれば倒す事も難しくはないが……
「じゃあな、"ヒーロー"」
「あ、待てっ!」
心愛が止める間もなく、シリエスの姿は搔き消える。
「……へえ、面白いね」
そんな彼女らを、
その後到着した警備兵に取り調べを受け、心愛や美玖はそこで知った事を全て話した。結局大した事は知らなかったので文果と芽有が目覚めるのを待つのみになってしまった訳だが。
しかし、そんな事よりも心愛にとっては。
「……」
シリエスが心愛に向かって投げかけた無数の意味深な言葉。それだけがただ、彼女の心に深くはざかっていた。
──────
「ハハハ、ハハハハハ……話には聞いていたが、本当にこの歳になるまで生きてたとはなァ」
思わぬ三連戦をしたシリエスは誰も居ない道を歩く。
元々の予定では彼女は適当な生徒を数人嬲り殺し、『白い殺人姫』の復活を世に宣言する手筈であった。姫川文果の段階ではそれは順調に進んでいたのだが、織主芽有から怪しくなった。
苦戦するとするならば優秀な上級生──それこそ先日退学した柊輝夜や、睡蓮紅葉などの十華族次期当主クラスであると思われていたのだが、しかし実際に彼女の殺人を止めたのは大した情報も無い一年生であり、そして最後に広野心愛が現れた事で完全に計画は瓦解した。
しかし、彼女にとってはそちらの方が寧ろ良かった。彼女はより強い敵と戦いたがる、所謂バーサーカー的性格をしていたのだから。それに、心愛に関しては強い以外にもう一つ彼女の興味を惹く理由がある。
「……そういや、奴等、誰か一年生に強い奴が居るとか言ってたな」
シリエスを復活させた『組織』は、彼女へ現代の知識と注意すべき何人かの魔法師を教えていた。
学園に居る中では、先程言った輝夜や紅葉、そして──
「──ん?」
「──?」
「──へ?」
「──ッ!?」
不意に、彼女の前に幾つかの人影が現れる。
それは三人の少女。鮮やかな水色の髪をした凛々しい少女、枯草色のショートヘアをした少女、そして紫色のロングヘアの少女。一人目──紅葉はシリエスの姿を見るやいなや表情をこわばらせ、それ以外は首を傾げる。
「咲良ちゃん、雲雀ちゃん! 気を付けて、コイツが『
「……えっ、ええええっ!?」
「へえ……」
紅葉が叫び、二人の前に立ちながら魔装を身に着け刀を構える。それに雲雀は一瞬呆け、すぐに驚愕し怯え、咲良は小さく声を漏らすのみ。
そんな三者とは対照的にシリエスはポン、と手を叩き言う。
「そうだそうだ、朝露咲良だ……で、どれが朝露咲良だ?」
「私、ですが」
「へえお前が……とてもじゃねえけど強そうには見えねェな」
目を細めて咲良を舐めまわす様に見る。
見た目は普通の根暗な少女といった感じ。無論魔法師なのだから見た目はあまり判断基準にならない事は彼女も知っているが、その内面ですらも彼女視点ではそこまで強そうには思えなかったのだ。
実を言えば、咲良の魔力供給源は特殊なのである。通常であれば肌から吸収した魔素を魔力回路で魔力に変換、貯蔵する訳だが……そもそも咲良には魔力回路は存在しない。彼女の場合魔法を使う度に、彼女の魂に紐付けられた『無限』にアクセス、魔力を汲み上げているのだ。アクセスできなくなった時の為に全身に魔力を貯蔵してはいるがその総量は一般的な魔法師とさして変わらない。
そして、シリエスの目はその貯蔵された魔力は見る事が出来たが、その奥に存在していた『無限』まで見通す事は出来なかった。
「……血の臭いがする、ですが」
「そりゃあ戦ってきたからなァ。天狗の奴は大した事もなかったがあの黒髪の水使いと──ん?」
そこまで言った所で、不意に彼女の両隣を何やら白い光が通り抜ける。
シリエスはそれが何なのか全く分からなかったが、やがて自分が
今、咲良が放ったのは『ショックカノン』、それを無言で四つ放っただけである。それらは正確にシリエスの四肢を貫き、消し飛ばしたのだ。
如何に強力な魔法師たるシリエスであっても、殆ど光に近いスピードで突き進むビームを何の予備動作も無しに放たれれば反応出来ないのも当然であった。
そして、一瞬の内に無力化されたシリエスは、絞り出す様に声を出した。
「…………は?」
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明日からは毎日夜八時更新にします
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