第二章 無邪気な勇者は星彩の夢を追う

白い殺人姫

 国民の祝日という物は実に良い。かなり特殊な身分である私達魔法学園の生徒にも平等に休みを与えてくれる……まあ、外に出る事は叶わないのだが。

 月曜日、三連休最終日。私は学園中を飛び回った・・・・・。今度出す新聞に載せるネタを集める為だ。つい先日に起こった輝夜事件の影響もあり学園内はゴタゴタしておりネタには欠かない。

 ただ一つ不満点があるとするならば、事件の渦中に居たと思われる睡蓮紅葉が居ない事。どうやら色々と学園を騒がせた朝露咲良の外出に付き合っているらしい。

 強いだけの一般人が何故外出が許されたのか。表向きは神への挨拶となっているが私の目は誤魔化せない。きっと何か重大な秘密がある筈だ。帰ってきた暁には取材漬けにしてやる。


「新聞部の姫川文果です! 聞きたい事があって参りました!」

「え、俺?」


 今取材しようとしているのは世界唯一の男性魔法師、藤堂快人。これは私の勘だが、彼も今回の事件に関係している様な気がするのだ。

 そう聞くと、彼は目を泳がせ始める。どうやら図星らしい。

 勝負はここだ! 私は機関銃の如く質問を浴びせる──




「……はぁ」

「どしたの? なんか疲れとーやん」

「取材に失敗しましてね。いやあ逃げるのが上手い事で」

「ふふ、あやちゃんの場合成功してる事の方が多い気がするわぁ。いつものでいい?」

「お願いします」


 日が傾いた頃、行きつけのラーメンの屋台にて私はそう言った。

 結果から言うと、今日は『真実』を見つける事は出来なかった。快人には覚束無いのらりくらりさで躱され、機関銃の弾はグレイズかするだけで終わってしまった。

 まあ、記者の原則はトライアンドエラー。また明日、機関銃で駄目なら戦車砲を撃ってやる。

 彼以外に取材したのは彼の関係者。彼の恋人らしい若草比奈──惚気しか聞けなかった──や寮長である竹園皐月といった関係性の割と深い所から、最近共に訓練しているらしい睡蓮楓、はたまた一度戦っただけの彩処藍まで草の根分けて取材した。それでも結局大した情報は得られなかった訳だが……


 五分程経ち、ラーメンが差し出される。

 ニンニクがガツンと効いた金色の醤油ベースのスープ、そして麺の上には白菜や豚バラ、ニラなどがたっぷりと乗せられ、その真ん中に生卵が鎮座する。

 パラパラと見える赤い物は『辣醤ラージャン』と呼ばれる香辛料であり、唐辛子の本場四川から直輸入しているらしい。これも彼女の財力が為せる技である。


「頂きまーす。うん、やっぱりみくさんのラーメンが一番ですね!」

「ありがとねぇ」


 多少の誇張は許容するジャーナリストではあるが、今の言葉は真実である。それ程までに私はこれにハマり、血圧と体重を心配しなければならない程度には通っていた。

 彼女の名前は仲山美玖みく。奈良県出身の多少面白い出自の少女であり、彼女の地元に伝わるこのラーメンの味を世に知らしめるべくこうして自ら麺を茹でている。

 さて、味わうのも程々に血管に負担をかけた分仕事をしなければ。


「美玖さ〜ん、何か面白いネタありません?」

「いつものなぁ。毎日聞かれてるから大した物はないんよ、最近新しい和歌が見つかったくらいしか」

「大ニュースじゃないですか。詳しく聞かせてくださいよ」

「いいよ」


 彼女はいつも叩けば叩く程ネタが落ちてくる。あまり一般読者からの受けは良くないけれど、彼女の事が載った時必ず買ってくれる『固定客』が居る。彼女らは文句を言いつつも読む用と保存用と布教用(原義)の三部買ってくれるので助かっている。困った時に紙面を埋める用としては最適なのだ。

 また美玖としても布教(原義)や自身のラーメンの宣伝も出来るという事でwin-winの関係性を(珍しく)築けている。



 そんな事はさておき、ラーメンを食べ終わった私は再び夜の学園を歩き出す。現在時刻は十八時なりたて、まだまだ眠るには早すぎる。

 ジャーナリストは総当りが基本! これまでは快人に多少なりとも関係のある者だけを当たってきたが、これからはそれ以外にも目を向けてみよう。真実とは意外な場所から出てきたりするものだ。


 という訳でまずは彼と同じクラスの人間に全員当たってみよう。そう考え、その彼女らを探そうと飛び立とうとした。所謂夜の街からは多少離れた場所、私を遮る物は何も無い──


 スパリ。


「──へ?」


 突然私は地に墜ちる。飛び方を間違えたのだろうか? 再度羽ばたこうとしてみたが、飛べない。何故だろう。

 振り向くと、すぐに原因は分かった。


「え、な、なんで」


 魔装の翼が無くなっている。消し去られているのではなく、根元からバッサリと斬られて私のすぐ後ろに落ちていた。

 困惑。近くに何か切れやすい物なんて無いし、例えあったとしても魔装はそう簡単に切れたりはしない。


『文果! 避けろ!!』

「え──ッ!?」


 そんな私の思考は、脳内に響く少年の声で打ち切られる。

 それは私の契約妖魔──鴉天狗の声。反射的に身体をその場から弾き出し、次の瞬間私が居た場所を白い一閃が薙ぐ。



「今のを避けるのかよ、学生のレベルも高くなったもんだなァ」



 そして聞こえてくる女の声。


「……あなた、誰ですか」

「お? 知らねーのか、まだまだ暴れ足りなかったって事かァ?」


 今、目の前に居る女。彼女の事を私は知っている。記者は知識量が肝心だ。

 そして、知っているからこそ私は、震える身体を抑えて訊いた。


「あなたは十三年前に死んだ筈です。この場に居る訳がない」

「……なんだ、知ってんじゃねえか」

「ええ、勿論……私は記者ですから」


 180センチと多少大柄な体躯、見る者全てを魅了してしまいそうな粗雑ながら美しい顔立ち、そこに輝く深紅の瞳、そして彼女の異名の元となった、頭部の純白の髪。


「『白い殺人姫ホワイト・マーダー』シリエス。十数年前から活動を開始し、日本全国で計二千名以上を殺害した史上最悪の殺人鬼……」

「おお、そこまで知ってんのか。というか二千か、それっぽっちしか殺せてなかったんだな」


 二千人を『それっぽっち』と表現する。どうやら彼女は本当にシリエスらしい。

 そして何より恐ろしいのは──まだ、彼女は魔装を身に着けていない事。普通のラフな格好にナイフ、それだけで腐っても魔法師である私の感知外から翼を斬り落としたのだ。

 どういう訳かは知らないが、彼女は蘇った。そのせいで魔装が使えないのかもしれないが、その様な希望的観測に縋るのはリスクが高い。だから、真正面から戦うという選択肢は無い。


 つまり、ここで私がやるのは──


「ッ!!」

「お? 判断が速いな、良い判断だ。でもな」


 そうして脱兎の如く逃げ出した私──膝に走る鋭い熱さ。それがナイフで刺された事による物だと気付くのにそう時間は要らなかった。

 当然私は倒れ、シリエスは近付く。


「残念だったな、相手が俺だったのが唯一の不幸だ」

「っ、うっ、あああああっ!!」


 続けざまにふくらはぎから足首にかけて刺され、悲鳴を上げる。

 そして残った足も同じく突き刺し、続いて手も使えなくされる。今、私は完全に遊ばれていた。


「久しぶりに起きたんだ、あまりさっさとくたばんなよ?」

「ひ……」


 私の悲鳴を聞いて誰かが駆け付けているだろうか。しかし、例え来ていたとして一体何の役に立つのだろう。

 シリエスは一般人の他に魔法師も多く殺しているし、その上今ここには私がいる。人質にされるかもしれないし、そして彼女が人質を殺さないタイプだとは到底思えない。

 助けが来ても来なくても、どちらにせよ私は──死ぬ。


「いや、いやっ、いやぁ……」

「おいおい、オイオイオイ、あんまり唆らせんなよ」


 辛うじて動く一本だけの腕を動かし、なんとか這って逃げ出そうとする。だが、当然不可能。

 脇腹や腿に刃を突き立てられ、しかしその腕だけは残される。それが叶わぬ希望を見せられているようで余計に恐怖を増幅させる。


 今、この状況から私を助けるにはシリエスが反応出来ない程のスピードで私を移動させる他ない。そんな事、時間を止めるくらいしか方法が無いし、そんな事が出来る人間は今この学園には居ないし、居たとしても私を助けてくれる程の縁も無い。

 完全に詰んだ。私はこの恐怖から逃げる様に目を瞑り──



「──ん? ぐおっ!?」

「──え……?」



──次の痛みが来る事はなく。

 起きたのはシリエスの驚く様な声と何か水が弾ける様な音・・・・・・・・・・、そして身体を包み込む、暖かな肌の、熱。


「間に合って良かった……けど、ここからどうすればいいの……?」


 ぼやくような声。目を開けると、そこにあったのは黒い短髪の少女の顔。

 そしてそれは、私のよく知っている顔で。


 ぽつ、ぽつ、と水の槍が彼女の周囲に現れていく。その穂先は、しっかりとシリエスを捉えていた。


「織主、さん……?」

「いきなり章ボスとエンカウントするなんて不幸過ぎでしょ……まあ、何とかやってみるけどさあ」


 彼女の名は織主芽有。

 私のクラスメートで、入学式で朝露咲良と決闘して負けた少女だった。


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バッドエンド多めの魔装ハーレム物に最つよ魔女を登場させて力ずくでハッピーエンドにしていくだけの話 デュアン @AsyuryCrosford

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