聖女が世界を呪う時
リオール
第1話
「聖女クリスティア、聖女でありながら嫉妬に狂いマリアナを虐げた罪は重い! お前は聖女などではない、この悪女め! 国全土を謀った罪は死をもって償われなければならないだろう!」
聖女とは何だろう。
毎日毎日、日の出と共に起き、日付が変わるまで国の平和を祈り続ける。疲れたと休むことも許されず、食事は粥を流し込むだけ。最低限の生理的欲求行動以外は、祈り続けることを強いられた。
かと思えば、救いを求めて教会へと大挙する人々へ、癒しの術を行使する。それは魔力が枯渇するまで強いられ、枯渇すれば祈りの場へと連れられた。魔力が戻ればまた癒し。
民衆は感謝する。国に。
聖女がいるという神の祝福を受けた国は、そのトップたる王族が神に認められし存在であるという証となる。
人々は国を、王族を敬愛し崇拝する。
そして民衆は感謝する。教会に。
聖女を守り国を救わんとする教会を、人々はただただ崇拝する。
崇拝し、己の財を寄付するのだ。表向きは無償であるはずの聖女の行為に対し、彼らは自ら進んで寄付をする。
聖女の為に、国の為にと惜しみなくそれを差し出す。
──王族貴族、そして教会に属する司祭達は笑いが止まらなかった。
彼らがその寄付を貯め込み私腹を肥やしていることくらい知っている。王家も貴族も教会も、誰も国の為に何かを考えてなどいない事を、私は知っている。
ただ聖女の存在だけで、この国はもってるのだ。
聖女とは何だろう。
まともな食事もとれない私は当然のように痩せ細り、体力が減って活動できる時間が減った。だが当たり前のように休息は許されなかった。
相も変わらず毎日毎日、日の出と共に起き、日付が変わるまで国の平和を祈らされた、癒しを求められた。
疲れたと休もうとすれば、聖女のくせに休むなと鞭うたれた。
体力の低下が問題視されたおかげで、幸いにも食事は一日三回に増やされた。……一日一回というのが異常だったのに、三回になった事を幸いと思ってしまう自分が恐い。もう洗脳のようだ。
実際洗脳に近いのだろう。追い出されて自活できるのか。幼い頃から聖女として生きてきた私に、社会能力は無いに等しい。そんな私がどうやって生きていくというのか。
追い出されたくない。この世界で生き続けたい。
それは洗脳以外の何ものでもないのだろう。
そして私は国の為に祈り、人々の為に癒しの力を行使し続けた。
そんなある日、王城に呼び出された。正直休みたい、少しでも眠りたい、何か食べたい。そんな当然の欲求すらも許可されない私は、フラフラの状態で謁見の間へと通されて。そして玉座の横に佇む王太子は冒頭の言葉を述べたのである。
聖女とは何だろう。
私は一体何のために頑張ってきたのか。
国の為と思い、人々の為と思い。
寝る間も惜しみ、貧しい食べ物で生き永らえてきて。
その結果がこれかと天を仰ぐ。私の簡素な部屋とは桁違いに、豪華で立派な天井が見えた。
聖女とは何だろう。
「婚約者である私と親しくしているからと、マリアナ嬢に嫉妬した醜い悪女め! お前の罪は万死に値する。明朝処刑を執行するから覚悟しておけ!」
青天の霹靂とはまさにこのことか。
奇しくも窓の外には、雲一つない澄み切った青空が広がっていた。ここで雷でも落とせたならと思いはすれど、残念ながら聖女にそんな力はない。
王太子の言葉をどこか他人事のように聞きながら。呆けた顔で私は思った。
ああ、相応しいのかもしれない。こんな気持ちのいい天気の日こそ、相応しいのかもしれない。
私の奴隷にも似た、過酷な人生を終える日としては。
聖女として祈り続けた。毎日神に祈り続けた。
ほとんど見る事の叶わぬ青空。久々に見た青空を見つめながら。
ここにきて、私は初めて神に感謝した。祈り続けた神に感謝した。私に終わりを与えることに感謝する。
そして世界を 呪った。
聖女とは何だろう。
悪女とは──何だろう。
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