久保美穂は首のない地蔵を背負う


「あんたにはのよね、智樹ともき?」


 あたしは弟の肩をつかんで、激しく揺すった。

 この子は助かる。この子なら。


「うん、だけど怖いから、ぼく」


「いいから。ちゃんと。そしての。あんたに近づいてくるものを。そして必ず逃げきってよ」


 いやいやをする弟に、あたしは無理やりメガネをかけさせた。

 ──ぼく、メガネかけたくないよ。んだもの。

 数ヶ月前から、弟が訴えてきていた忌まわしい症状を、あたしなりに分析した、これが結論。


「お姉ちゃん、怖いよ、一人じゃいやだ、お姉ちゃんもいっしょに」


 すがりついてくる弟を押し返し、重ねて言い聞かせる。


でしょ。なのよ。お互いがこの黒い幕に触れたら、殺し合うことしかできなくなっちゃう。でも、に取り憑かれなければ、黒い幕は


「逃げようよ、お姉ちゃん、ぼくと」


「ダメ! お姉ちゃんは……のよ、わかるでしょ」


 あたしに押されるまま、弟はゆっくりと距離をとる。

 その視線が、ゆっくりと、あたしの上に止まる。


 智樹はそこで、ごくりと喉を鳴らす。

 見上げれば、折れた自分の首を片手に持った、首のない地蔵。

 巨大に膨れ上がった祟り神が、あたしの背に乗り、恐ろしい目であたしを見下ろしている──。


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