未玖と蓬
【限定話】
「…………よし」
未玖は藍が眠ったのを確認すると、静かに部屋を出た。そして廊下で待っていたある人物と会う。
「待たせたな、
蓬。未玖と同じ人型の式神。主人の名を架瑚。蓬は架瑚の式神だった。
『本日はどういったご用件でしょうか』
「上で話せるか?」
『かしこまりました』
二人は屋敷の屋根に座った。
未玖が『想像顕現』で晩酌を取り出す。
「飲むか?」
『式神は人間のように飲食や睡眠をしなくとも生きられますよ?』
「飲んだことないのか」
『はい。申し訳ございません』
「いや、すまなかったな。妾は神子時代によく飲んでいたものだから」
『そうでしたか』
蓬は未玖のことを詳しく知らない。
ただ、大戦を鎮めた神子ということだけは知っている。そして今は主人、架瑚の婚約者である藍の式神であることぐらいだ。
「……
「それもあるが……メインはお前だ、蓬」
「!」
いつも「あんっっっのくそガキめっ!」「もうくそを通り越してエロガキだ!」と架瑚のことをガキ呼ばわりし愚痴る未玖。蓬はそうでないことに驚いた。
「お前はいつになったら藍に会うんだ」
「……」
蓬は一度、藍と会話をしている。
まだ藍が架瑚と出会う前の話だ。
「きっと藍は覚えているぞ」
「主人に怒られるのが目に見えて……」
「架瑚を理由にするな」
「っ……」
蓬はずっと、架瑚を理由に藍から逃げてきた。
「其方は少なからず藍を救ったぞ。其方がいたから藍が自殺しようとしたところを架瑚が助けた。妾は何もできなかったからな」
「……未玖様」
「なんだ?」
「私は何もできておりません」
「其方がいたから架瑚が来れた」
「けど、結局は主人が助けた。私は……何もできなかった……っ」
虐げられているのを知っていた。
味方が少ないことを知っていた。
いつも孤独なことを知っていた。
なのに、動かなかった。
「見て見ぬ振りをしたようなものです」
藍のような者は少なくない。
だから自殺者が出るのだ。
「きっと、藍様はお優しいお方ですから、心の底から感謝して『ありがとう』と言うと思います」
「そうだな」
架瑚に救われたのは蓬のおかげだから、とは言わなかった。蓬に頑なに否定される気がしたのだ。
「ですが、一歩遅ければ藍様は死んでいました。ずっと放っておいた私の
『ありがとう』と言われたら、少しは救われるかもしれない。
だが、それを蓬は許さない。
蓬は藍を見殺しにしたようなものだから。
むしろ、罵られた方がマシかもしれない。
「蓬」
「はい」
「妾の話を少し聞いてくれるか?」
「はい」
「長くなるぞ?」
「構いません」
「そうか」
未玖は遠くの空を見つめて話し始めた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
大戦を鎮めたのは、似て非なることだ。
妾はたしかにこの戦の地に舞い降りたが、決して妾だけで鎮めたものではない。
妾には眷属がいた。
皆、優秀で実力のある者だった。
しかし、大勢の人をすぐに鎮めるなど不可能だ。
人には人の数だけ考えがあって、自分の考えとは違う者を、否定する者を、『悪』と捉える。
妾は人間の愚かさを知っていた。
けれどそれ以上に、『悪』を排除しようとする想いが強かった。
『うっせえんだよ! 死ねっ!!』
『お前がいけないんだろ!』
『はぁっ!? ばかはそっちだ!』
当然妾を殺そうとする輩もいた。
そいつらを排除したのは妾の眷属だった。
妾の眷属は強かった。
だが、数で押され、形勢は悪くなった。
『もう戦などやめろ! 無意味だ!』
妾はそうやって説いた。
だが、聞く耳を持つ者はいなかった。
『どうか生きて、神子様』
『私たちの分まで、お願いします』
『神子様』
『神子様、神子様』
『お願いです、神子様』
そうして、妾を守って眷属はある一人を残して死んだ。
最後に残った眷属は、一番年下だった。
『みこ、さま……っ』
姉眷属に可愛がられ、幸せそうに笑っていた彼女は、もういなかった。
『わたし、しにたく、ないです』
彼女は生きることを切実に願っていた。
彼女を可愛がっていた姉眷属は死んだ。
戦によって。
人によって。
すなわち、妾を守ることによって。
すべて、妾のせいだ。
『……〇〇』
妾は最後の眷属に命令した。
『全てを忘れて、幸せに暮らせ』
『みこ、さま……?』
妾は彼女を眠らせ、戦を終わらせた。
ーーーー殺意のあった者を、全員殺して。
妾はそのことに感謝され、大戦を鎮めた神子として崇められた。
妾の心は晴れなかった。
敬われ、崇拝され。
そして、妾は人によって殺された。
何度も妾の魂の器となる少女が生まれたが、どの子も『厄女』と言われ虐げられる日々に耐えられず、自害した。
妾のせいだ。
妾が、生まれたから。
それが何度も繰り返され、今の藍に至る。
藍は耐えて、耐えて、そして、救われた。
妾は涙が止まらなかった。
そして妾は藍と会い、式神となった。
藍に『ありがとう』と言われるたびに、泣きそうになる。
救われた気がした。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「だからな、蓬。其方は『ありがとう』と言われるべきだ。恨まれる方が、何倍も楽だ。自分が加害者で、全て自分のせいだと思うのは一番楽になれる方法だ」
未玖は自分の経験に基づいて話していた。
「それに、悔やんでウジウジしてる方が成長しない。お前は救われるべきだ、蓬。妾よりもずっと罪は軽い」
蓬は何と言えばいいかわからなかった。
だが一つだけわかるとすればーー
『未玖様』
「なんだ?」
『一人だけ生き残った眷属というのは、卯奈さんのことですか?』
「……そうだ」
紡葉の式神、卯奈。
彼女は大戦の生き残りだ。
「妾が記憶を書き換えた」
『……それは』
「ああ。大戦などなかったことにした」
卯奈は未玖のことを知っているが、姉眷属との思い出や大戦の記憶は残っていない。
『……未玖様は』
「ん?」
『未玖様は、それでよかったのですか?』
「……其方が藍に会わないのと同じことだ」
『っ……』
そう言われると、返す言葉がない。
『…………私は、まだ藍様には会いません』
「そうか」
『はい。未玖様が卯奈さんと向き合うまでは、動きません』
「そうきたか」
『ずるいと思いますか?』
「いや、ずるいのは妾も同じだからな。何も言えない」
月が二人を照らす。
どちらも光と闇を抱えており、他人には言えないような秘密を持っている。
だが二人は打ち明けた。
鏡で映した自分のように思えたからか。
なんでも言えるような気がした。
「月が綺麗だな、蓬」
『はい。とても綺麗です』
それ以上でも以下でもない。
ただ、それだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます