嵐真への想い




「……うーん…………」


 私、赤羽咲音は非常に困っている。


「どうすればいいの、これ」


 春蘭祭が終わり、無事に帰ってきた私は、自室で嵐真からもらったシュシュをじっと見つめていた。


『はい』

『? どうしたの嵐真』

『あげる』

『えっ、いいの? 中、開けていい?』

『だめ。帰ってからにして』

『……ん、わかった。ありがと』


 りんごみたいに赤いシュシュ。黒の白のチェック模様が入ったもので、可愛らしい。よくあの嵐真が買えたな、と思っている。

 嵐真とは幼馴染で、許嫁だ。五大名家である青雲家と赤羽家の縁談は、早くに浮上した。

 強力な異能者を排出するための政略結婚。それが私と嵐真の関係。だけど私は、嵐真のことが好きだ。きっと、最初で最後の想い人。こんなこと、絶対に嵐真に言えないけど。

 嵐真は静かな子だった。青雲の血筋にしては珍しい元気な双子の兄に囲まれて育てば、まあ、そうなるのも頷ける。

 嵐真は容量がよく何事もそつなくこなす。尊敬しているっちゃ尊敬しているのだと思う。


(……認めたくないけど、うん。尊敬している)


 恋心に変わったのはいつの頃だったか。少なくとも縁談前だったのは覚えている。いつもそばで支えてくれる嵐真が、私は大好きだ。対立も多いけど、いい人で、気さくに話しかけられる。

 転入生がやってくるって知った時は嵐真を奪われるんじゃないかと思ったが、やってきた転入生、藍は優しいいい子で、あの架瑚の婚約者だった。私は安堵した。

 嵐真が奪われなくてよかった、と。

 話が逸れたが、私はとにかく嵐真が好きで、現在進行形で嵐真にもらったシュシュの使い道を悩んでいる。


「……髪ゴム、いや、手首につけるのもアリだよね」


 シュシュには使い道がたくさんある。だからこそ迷ってしまうのだ。嵐真はどうシュシュを付けた私を想像したのだろう、と。

 嵐真が私と同じように恋愛感情を抱いているとは思えない。期待なんてしていない。けれど、やっぱり考えてしまう。都合のいい妄想に過ぎないのに。

 ためしにシュシュを使って結ぶ。かわいい。自分で言うのもなんだが、似合っている。さすが嵐真だ。私の似合うものをよく理解している。


「……どうしよ」


 人にいろいろ言っておいて、自分の恋愛は奥手で弱い。まだ嵐真に「好き」と言ったことも、許嫁らしいこと(なんてよくわからないけど、多分恋人のすること)もしたことがない。

 さすがに一線は超えていないが……嵐真はどうなのだろう。そういう気持ちになったりする……のだろうか。もしかして私だけ? 私だけ、一人勝手に求めてる? あーもうやだ。


「嫌いになる、ほんと。大嫌い」


 一人でウジウジ悩んでいる自分が嫌いだ。

 仮面を付けて演じている自分が嫌いだ。

 私は弱くて、カッコ悪い。

 本当に、そんな自分が大嫌いだ。


 わん!

(……ん?)


 すると犬の声が聞こえた。下を見ると、もふもふしたやつがいる。


「えっ!? あっ、あなた、依世の」


 白いポメラニアン。依世の式神だ。確か名前は……わたあめだっけ。


「【咲音】」

「えっ、依世!?」

(犬がしゃべった!? いや、式神か)


 依世の声でポメがしゃべってる……? でも相手はポメラニアン。うーん、依世の『夢遊空想』の新しい能力だろうか。


「【あなた、嵐真とはどうなの】」

「え、なに、いきなり。というか、どうしたの、これ。説明ぐらいくれない?」

「【能力の実験。試験段階。以上】」

「……あっそ」


 簡潔だけど冷たくない?

 一応依世も幼馴染枠なんだけど。

 わかりやすかったからいいけどさ……。


「【で、嵐真とはどうなの】」

「な、なんもないわよ」

「【シュシュもらったのに?】」

「……時々依世の情報収集能力が怖くなるわ」

「【お褒めの言葉をどうもありがとう】」


 今日もらって今日知られている。

 今も見られているのだろうか。


「【そっちに移動できるけど、それだと赤羽家のセキュリティが心配になるからこの子を使って話すね】」

「……お気遣いどうもありがとう」


 うちはそんなにセキュリティ緩くない。依世がおかしいのだ。ニコリと外向きの笑みになったのは仕方がない。うん。仕方がない。


「【咲音は自分の恋愛は後回しだものね。こうして何度か突かないと進展しないし】」

「い、依世には関係ないでしょ。第一、私だって依世に聞きたいことたくさんあるわよ。紡葉とはどうなのよ、ねぇ。許嫁も婚約者もいない引きこもりの依世さんよ」

「【私は引きこもりでも天才児だから問題なし。縁談は全部逃げてるから平気】」


 いや、それは一般的に考えて平気じゃない。しかも自分で天才って言ってる……正しいから否定しないけどね。


「【でも、そうね】」

「?」


 依世は少し変わった。


「【少なくとも私はあなたたちよりも一歩上をいっているわ】」

「……え、えっ、ええぇっ!? なに、依世、あんたすでに紡葉と一線を……!?」

「【はぁ!? 行き過ぎよバカ!! そこまでするわけな……あっ】」


 かかったわね、依世。

 つまり依世は紡葉と恋仲になったのだ!


「わーっ! まさかあの依世にも恋人がねぇ、ふぅん〜青春してるわねぇ」

「【うっ、うるさいわね! もう咲音なんて知らないっ!】」

「あっ、からかいすぎちゃった」


 ポメがポンと音を立てて消えた。依世が異能を解いたのだ。


『【咲音は自分の恋愛は後回しだものね。こうして何度か突かないと進展しないし】』

(……ま、依世の言う通りね)


 私は人の色恋が好きだけど、自分のこととなるとどうしても目を逸らしたくなる。嵐真が恋愛感情を抱いているかわからないから、なおさらだ。

 だけどーーシュシュを見て、多分、恥ずかしさがありつつ頑張って買ったんだろうなってことがわかる。嵐真は髪が短いから絶対にシュシュなんか使うことないし、第一、個人的に女物のものを買うとは思えない。


(……いや、でも嵐真なら気にせずに買うかな?)


 全てがわかるわけではない。けれど、そうかもしれないと想像するのが少し楽しい。

 明日はシュシュをつけて嵐真に会いに行こうとしよう。気づいてくれる……よね。だって嵐真がくれたものだもん。お返しどうしよう……うーん。

 こうして私の春蘭祭は静かに幕を閉じた。

 シュシュを付けて行った時の嵐真との話は、いつかの機会に取っておくこととする。



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