第二十話 掴み取ったもの




「では春蘭祭優勝を祝して! ……乾杯!」

「「「「「 乾杯! 」」」」」


 春蘭祭が終わって、一週間が経った。

 天宮の校舎が半壊してし授業を受けることができなくなったため、今年の夏休みは早く始まることになった。

 夏休み中に工事を行い、九月にはすぐに授業を始められるよう、計画が立てられているとのこと。さすが天宮。財力がうかがえる。

 今日は特別クラスのみんなで打ち上げパーティをすることになり、依世ちゃんの『夢遊空想』に集まっていた。


「にしても、やっぱり優勝は今年も特別クラスだったわね」

「何年連続だっけ? 来年は予算の上限をつけることに決まったらしいよ」

「へぇ……けど、どんなに厳しいルールを作っても特別クラスが優勝するのは確定事項よ。顔面偏差値の高さで押し切って見せるわ」

「それ、俺らをこき使うの間違いじゃない?」

「嵐真、もう諦めた方がいい」

「つ、次はみんなが同じことをする出し物にしようよ。それなら平等になるはず……」

「甘いよ藍。ほら見て、咲音の顔。めっちゃ黒い笑顔だよ。ああいう咲音に近づくととんでもないことになる。商売道具として使われるから気をつけて」

「え!? わ、わかった……」


 『夢遊空想』には食べ物や娯楽品が溢れている。「パーティならこれぐらい普通よ」と教えてもらったのだが、本当だろうか。散らかりすぎてる気もする……。


「にしても、今年の優勝特典はすごかったわね」

「だね。まさか“四泊五日の海辺付き別荘”だなんて」


 そう。今年の春蘭祭の優勝特典は四泊五日の海辺付き別荘だった。去年の方が豪華なのでは?という意見が上がったが、別荘だけだと管理費が毎月巨額で押し寄せるため、この方が良いと判断したらしい。

 たしかに毎日泊まるわけではないし、とても大きくて広いので掃除が大変だ(五大名家の人はそんなことしないのかもしれないけれど)。

 いい判断だったと思う。


「最大二十人まで泊まれるんだっけ? まずこの六人は確定でしょ? あとはどうする?」

「兄貴たちを連れてくるか? 兄貴世代は隼人と海斗、咲音の兄さんの暁に藍の婚約者の架瑚と、夕夜さん、綟さんの六人だよな」

「紘杜と絺雪も連れて行っていいか? もし姉さんも行くなら、二人の面倒を見てくれる人はいないから」

「じゃあ星凪も一緒にいいか? 星凪、紘杜と絺雪のこと気に入ったみたいだから。あんまり友達いないんだよね、星凪。五大名家の血筋ってこともあって」


 となると、合計で十五人。結構いる。


「あと五人行けるけど……あ、藍」

「なあに?」

「藍ってお姉ちゃんいなかったっけ? ほら、双子の」

「!」


 茜のことだ。柳瀬家に行って以来、会っていない。茜は元気だろうか。


「みんな兄妹連れて来てるんだし、藍はどう?」

「うんっ、聞いてみる……!」


 茜とどこか一緒に遊びに行ったのは数回だけだ。できるなら、一緒に遊びたい。今まで過ごせなかった時間を、これから楽しみたい。


「じゃあ、他に連れてきたい人がいたら報告するってことで」

「ん、わかった」


 とりあえず十六人で仮決定をすることができた。四泊五日の海辺付き別荘、今からとても楽しみだ。


「そう言えば、みんな夏休みは何するの?」

「ん、私、夏祭り行く」

「え!? 依世が!?」


 ものすごく驚く咲音ちゃん。嵐真くんや綺更くんも同じような反応をしている。私は驚く理由がわからないのでそこまでだが。


「なに、悪い?」

「いや、そうじゃなくて……珍しいなと」

「そりゃそうでしょうね。引きこもり天才児の私がリア充の行く人がたくさんいる夏祭りに行くなんて」

「そこよ。暑いのは嫌いだからいつもと変わらずごろごろ『夢遊空想』で読書すると思ってたのに」

「ごろごろは余計だけれど否定はしないわ」

「しないんかい」


 漫才になってる気がする……。


「ほら、春蘭祭の最後の花火、見れなかったじゃない。夏祭りでは見れるらしいから」

「でも、行く理由にはならなくない? その気になれば『夢遊空想』からでも見れるのに。わざわざ行く必要ある?」

「だめなの?」

「そうじゃなくて……」


 というか、と咲音ちゃんは続ける。


「一人で行くの?」

「引きこもりに相手がいるとでも? 喧嘩売ってんなら倍で買うわよ?」

「ごめんごめん。一応聞いてみただけ」

「あっそ」


 そう言うと、依世ちゃんはジュースを片手にお菓子を食べ始めた。

 『夢遊空想』にある物は外部から持ち込んだもの以外は全て空想上のものなので、いくら食べても太らないらしい。しかも、脳が食べたように感じるので空腹感はないとのこと。


(やっぱりすごいな、依世ちゃんは)


 横目で見ながら私もお菓子を口に入れる。安心して食べられるのでありがたい。架瑚さまと過ごすようになってからかなり食べられるようになった。

 体重はもちろん、ウエストがだいぶ大きくなった。太っている……とまではいかない(と思いたい)が、まだ平均よりも下回っているので平気……だと思いたい。

 依世ちゃんも咲音ちゃんもスタイルがいいので一緒に並ぶのは気が引ける。ボンキュッボン、だったろうか。理想の体型は。二人とも、その……まあ、そういうことである。

(※察してあげてください)


「咲音はどうするの?」

「私?」

「俺と両家の挨拶に行くよ」

「ちょっ嵐真!」


 咲音ちゃんが顔を赤らめる。両家の挨拶。そうだ。二人は許嫁なんだった。


「あれあれぇ? どうしたの咲音、そんなに真っ赤になって。はっ、もしかして結婚前からもう二人は蜜月を過ごして……」

「んなわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!?」

「えぇ〜? けど、否定するってことは」

「勘違いされるのが困るからよ!」

「ふぅ〜ん、じゃ、そういうことにしておくわ。今のところは、ね」


 不敵に笑う依世ちゃんに、わなわなと震える咲音ちゃん。ちょっとだけ面白く思ってしまったのは秘密だ。咲音ちゃんが怒ってしまう。


「はいはい、二人ともそこまで」

「綺更も何か言ってやってよ!」

「咲音は落ち着かな。そういう反応を依世は楽しんでるんだから」

「そうだけど……っ」


 どうどう、と綺更くんがなだめ、咲音ちゃんは嵐真くんと一緒に一時退散した。

 許嫁で、何をするかをわかっている嵐真くんなら咲音ちゃんを抑えられると判断したのだろう。さすが綺更くんだ。

 依世ちゃんにも軽く注意をし終わると、咲音ちゃんと嵐真くんは戻って来た。落ち着いたようで何よりである。


「時都」


 紡葉くんが私の肩をつついた。


「これ」

「! クッキー? 美味しそう……」


 紡葉くんから渡されたのは小さなクッキーの入った袋だ。全部で四つある。どれも美味しそうだ。


「紘杜と絺雪と一緒に作ったんだ。四つあるから、姉さんにも渡してほしい」

「ん、わかった」


 綟さまとはあまり会えないらしい。だからたまにこうして私は紡葉くんから手紙やプレゼントを預かっているのだ。


「紡葉くんは夏休み、何かするの?」

「……まあ」

「紘杜くんと絺雪ちゃんは?」

「基本的に預けるよ。俺はその間に少し動く。やりたいこと、やらなきゃいけないことがあるから」

「そうなんだ。頑張って」

「ありがと」


 軽い会話を終えると、最近話題の話に変わった。特別クラスに一番関係がある話題である。それはーー


「にしても、まさか鈴が“異動”するなんてね」


 鈴先生は《あやかし》の研究のため、特別クラスの教師を辞めることになったらしい。別れの挨拶ができていないのに、私たちは春蘭祭を境に鈴先生に会うことができなくなった。


(でもまさか、鈴先生がいなくなるなんて)


 もっと一緒に過ごしたかったのだが、とても残念だ。まだ数ヶ月しか教えてもらっていない。鈴先生は面白い先生だったし、授業はわかりやすかった。残念でしかない。

 手紙なども送ることができないらしい。国の秘匿機関で今は働いているとのことだ。また、会えるだろうか。


「でも《あやかし》の研究、鈴に任せていいのか? 鈴は結構雑だぞ? テストの採点とかもそうだ」

「あーわかる。たまに落書きされてる」

「あったあった。花丸の周りにお花畑作ってるよな。しかも上手い。でもあれつくるのに十分ぐらいかかるらしい」

「えー、時間の無駄遣い」

「まあまあ」


 と、こんな感じに特別悲しんでいるわけではないが、私たちには確かな喪失感があった。


「藍は何するの? やっぱり本家に行くの?」

「本家……?」


 夏休みの予定は特にない。本家……というのは笹潟家の本邸のことだろう。


「え、もしかしてまだ行ってないの?」

「う、うん」


 するとみんな一斉に驚愕した。


「架瑚以外に会ってないの!?」

「は、はい」

「家族構成とか知ってる?」

「お父さんとお母さんと、お兄さんとお姉さんがいる……はず」

「次期当主の婚約者の役目とそれが意味すること、わかってる?」

「わかりません……」

「いつ祝言をあげるかとかは?」

「天宮を卒業したらだったと思うけど……」


 四人は顔を見合わせ、頷き、そして「それはまずい!!」と声を揃えて言った。


「まずい、の?」

「まずいに決まってるじゃない! あと一年半ぐらいでしょ? なら数回は挨拶に行ってないとおかしいわよ! 日取りとか、居住とか」

「咲音の言う通り! 急に始められるものじゃないってわかってる? 五大名家に嫁入りするって自覚を持って、藍」

「でも架瑚もおかしい。婚約発表は独断らしいし」

「少なくとも藍の責任ではないけれど、今年中には行かなきゃダメだよ」

「は、はい……」


 四人にあれやこれやと常識を詰め込められる。やっとのことで解放されると、私は深いため息を吐いた。


(こんなに大変なんだ……)

「大丈夫か、時都」

「紡葉くん……」


 唯一私の常識詰め参加しなかった紡葉くんは「お疲れ様」と言った。「ありがとう」と返すと、私は麦茶を飲む。


「俺は詳しいことわからないけど、少なくとも姉さんの結婚まではかなり時間がかかったのを覚えてるよ。両者合意の決断なのか、とか」

「あの、ずっと聞きたかったんだけど……綟さまと夕夜さまはどうして結婚することになったの? 何か知ってる?」

「んー……断言できるのは、政略結婚から始まった恋愛結婚だってことだね」

「えっ、そうなの!?」


 全く知らなかった。まさかの恋愛結婚に驚く。ラブラブしているところとか、みたところがない。


「らしいよ。時都と笹潟様ほどじゃないけれどね。姉さんに聞けば教えてくれると思うよ。俺はその辺あんまり興味なかったからよく知らない」

「そっか。教えてくれてありがとね」

「ん、どういたしまして」


 帰ったら聞いてみよう。うん。聞こう。

 とても気になる。

 そのあとはたくさんのことを話した。

 勉強のこと、将来のこと、好きなこと、嫌いなこと、やりたいこと、気になること……とても充実した時間を過ごすことができた。

 みんなで笑って、楽しむ。何一つ変わらない、普通の日常。だけどそこには、平和と幸せで満たされている。

 当たり前となってしまうと、それが恵まれた環境であることを忘れてしまう。


「藍」


 依世ちゃんが話しかけた。

 世界がきらきらと輝いて見える。


「私、生きててよかった」

「……そうだね」


 忘れてはいけないのだ。


「私たち、幸せだね」

「ね。私にもやっとわかったよ」


 幸せは永遠ではない。


「そっか」

「うん」


 けれど、幸せは身近にある。


「私、好きだな。この時間」


 ぽつりと呟いた。

 眩しい世界に魅せられて、溶けていく。


「ずっと、続けばいいのに」


 とても綺麗で、美しい。

 依世ちゃんは笑っていた。


「こういうのも、悪くないね」


 心の底から、そう思っている声だった。

 ふにゃりと笑った依世ちゃんは、とても可愛かった。


「ありがとう藍」


 未来ではなにが待っているだろうか。

 きっと悲しいことも、辛いこともあるだろう。だけどそれと同じ数だけ、ううん、それ以上に楽しいことや嬉しいことがあるに違いない。

 だから私はーー


「本当に、ありがとね……っ」


 これからも、未来へと進み続ける。



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