第十八話 《妖狩り》の力

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「あっれ〜? もう終わり?」


 余裕そうな鈴の挑発に、誰も言い返せない。暁、隼人、架瑚の体力は限界に近い。ぜえぜえと荒い息を吐く姿を見て、鈴はつまらなさそうな表情になる。


「結局、人間は弱いから勝てないんだよ」


 それは初めからわかっていたことだ。《妖狩り》でもない架瑚たちが鈴に勝てるとは思っていない。溢れ出る《妖力》からわかる。おそらく《三妖帝》並み。

 そもそも妖人の時点で《妖狩り》の案件なのだ。勝てるはずもない。


「なのにどうしてなんだろうね。《あやかし》は未だに人を滅ぼすことができない。不思議だよ」


 それはお前らが本気を出していないからだろう、と架瑚は言いたかったが、戦闘による負傷で体中が痛く、何かを発することができない。

 意識を保つだけで精一杯なのだ。


「さて、上も動いたようだし、私もそろそろ終わりにさせてもらうよ。可愛い教え子たちを手にかけるのは気分が良くないけど……ごめんね」


 鈴が近づく。

 雰囲気でわかる。

 鈴は架瑚たちを殺すのだと。

 三人は死を悟る。


 だが、それは訪れなかった。


「っ!」


 鈴が最後の攻撃体勢になった時だった。ガラスの割れる音がして、一人の男が入ってきた。

 黒い軍の戦闘服を着ている。手には一本が刀が携わっている。美しい刀だ。燃えるようなあかい色をしている。とても綺麗だ。

 襟のボタンに彼岸花が描かれていた。

 そのボタンが意味するのはただ一つ。

 その者が《妖狩り》であることの証明だ。

 外で緊急時を想定していて待機していた海斗が頼んだ《妖狩り》が到着したのだ。


「遅れて申し訳ございませんでした。ですがもう大丈夫です。帝都特別異能部隊の須崎れんです。ここは俺にお任せください」

「! ……そうこなくっちゃ……ねっ!」


 鈴と蓮の激しい戦闘が始まる。

 蓮は架瑚たちに叫ぶ。


「逃げてください! 巻き込まれる前に! 早く!」


 《妖狩り》が来れば、もう安心だ。少なくとも蓮の強さは鈴と同じか、もしくはそれ以上。安心して任せられる。


「っ、ありがとうござい、ます……!」


 架瑚たちは立ち上がり、特別クラスの生徒が戦闘中の校庭へと急ぐ。


治癒魔法フィールアイリス


 怪我を治し、速度を上げる。

 《あやかし》がいなくなるまで、この戦いは終わらない。大切な人の無事が確認できるまで、気を抜くことは許されない。

 それが、戦場だ。



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 藍を依世に引き渡した時雨は窓から飛び降り、《あやかし》に目標を固定する。

 もうすでに外への避難は始まっている。思い怪我人だけは依世の『夢遊空想』で待機させられているが、それ以外は安全圏に出た。

 それは時雨が力を解放できることを意味する。今までは人や校舎に影響が出かねなかったため抑えていたが、ほぼ全員いないとなれば抑える必要はなくなる。

 しかし解放するといってもそれは半分にも満たない力だ。時雨の力を全て出して戦っていいのは妖人または《三妖帝》だけだと隊長から命令されているためだ。

 無数の《あやかし》が地で暴れている。戦う者が数人見えた。おそらく異能者だろう。その大半は特別クラスの生徒だと依世から教えられた。

 鞘から刀を取り出す。

 淡く光る刀身があらわとなる。

 刀の名前は蒼刀そうとう花霞はながすみ

 《妖狩り》の使う刀は特殊だ。故に二つの家しか作るところがない。その一つ、そう家が作った刀を蒼刀という。


(…………狩る)


 時雨は構え、そして、一閃した。

 《あやかし》が一気に灰となる。血が出る間もなかった。速すぎる広範囲の攻撃。これが《妖狩り》副隊長の強さの一部。圧倒的だ。

 ある程度狩ると、時雨は地に降り立った。

 周りには天宮の制服を着た者が複数いた。


「帝都特別異能部隊副隊長、桐生時雨です」


 時雨は恭しく一礼する。

 すると後ろから時雨に斬りかかろうとした《あやかし》が現れる。が、時雨に触れる前に灰と化した。人を超越した速度で時雨が狩ったのだ。


「ここまで耐えてくださり、ありがとうございました。怪我をした方はすぐに治療しに行ってください。……ここからは全て、私が引き受けます」


 そういうと、時雨は《あやかし》の方へと駆け出した。



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(……すごい)


 俺が《妖狩り》の攻撃を見たのは二回。たった二回。なのにそれだけで、圧倒された。《妖狩り》の力は別格だった。

 目で追えない速さ。

 一撃で仕留めるその強さ。

 何より、美しい。

 好意や恋心などではない。一般的に使われる意味で「美しい」と思った。「綺麗」だと思った。

 俺にあんなことができるだろうか。

 否、できるはずもない。

 《妖狩り》の実力は本物だった。

 あの人の言う通りだった。


 俺の生まれた真菰家は代々異能持ちで、俺の父、綴は《妖狩り》の隊長を務めていたらしい。それを知ったのは俺が中学生の頃のことだ。

 両親の葬式であの人から教えてもらった。


『綴隊長にお子さんがいたとは知りませんでした。初めまして、綴隊長の部下で《妖狩り》をしております。笹潟翔也と申します』


 苗字ですぐにわかった。この人は五大名家の人なのだと。これが俺と翔也様との出会いだった。

 翔也様は人気ひとけのないところに俺を連れ込み、両親の死の真実を教えてもらった。《あやかし》や《妖狩り》のこともその時に知った。


『綴隊長は奥方様の死は事故死とされていますが、本当は違います。綴隊長たちは《あやかし》の重鎮であり最強とされる《三妖帝》という者たちに殺されてしまったのです』


 急にそんなことを言われても理解できなかったし、したくもなかった。けれど、俺はひとまず事実と仮定して翔也様の話を聞いた。

 《妖狩り》の本当の名前は帝都特別異能部隊というらしい。帝直属の少数精鋭部隊で、現在の構成員は五人。全員、人とは思えないほど強いとのこと。

 入隊試験が厳しいから隊員数は少ないらしい。少数精鋭部隊と言っているものの、入隊試験が厳しすぎるためそもそも入隊者がいないのだと言う。

 だが厳しくなければすぐに命を落とす者が出る、と翔也様がおっしゃった。それほどに危険で、《あやかし》は強いんだそうだ。

 そんな《妖狩り》の隊長だった父は強かったはずだ。隊長になるくらいなんだから、とても強かったはずに違いない。

 なのにどうしてーー。

 その答えは、父が人間だったからだった。


『《あやかし》は人のことをよく理解しているんだ。どうすれば強くなるのか、弱くなるのか、全て知っている』

『ですが、父は強かったのでしょう? 弱くなることなんてあるんですか?』

『……綴隊長が奥方様を愛していたから、としか言えない』

『どういうことです?』


 翔也様は随分と告白するか悩むと、やがて口を開いた。


『…………綴隊長は奥方様を人質に取られ、殺されてしまったんだ』

『っ……!』


 愛していたから。

 その意味が、よくわかった。

 愛は美しくて、残酷だった。


 その後、俺は姉さんと紘杜、絺雪を守るため、父の仕事に就くという夢を捨てた。もし俺が《妖狩り》になったらいつ死んでもおかしくないし、姉さんたちを命の危険にさらすことになる。

 それを、避けたかった。俺のせいで死ぬ未来があっていいと思わなかった。


 実際に《妖狩り》の戦う姿を見て、俺は《妖狩り》にはなれないとわかった。異能を使っても、《妖狩り》の強さには遠く及ばなかったからだ。


「……は、紡葉!」

「!」

「依世のところへ避難しましょう」

「わかった」


 返事をすると俺は自分の居場所に戻った。



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「……藍!」

「! しーっ、今寝てるから静かにして」

「っ、ごめん……」


 依世が『夢遊空想 境目ハーフ』で守りを固めた天宮の校舎に架瑚たちがやって来た。

 今、校舎内にいるのは特別クラスの生徒六人と架瑚たち元天宮生五人(海斗は外で待機のためいない)、夕莉、星凪、紘杜、絺雪だ。その他の人は全員外への避難が完了している。


「結界が張り直されたのを確認した。やったのは藍か?」

「えぇ。この通り、力の使い過ぎで回復のため寝ちゃってるけど」


 架瑚の視界にすやすやと眠る藍が映る。藍の寝ている姿を見ると、時々半年前のようにずっと起きないのではないか、死んでしまうのではないかと思ってしまう。


「藍を届けてくれたのは時雨さんっていう《妖狩り》の副隊長を務めている方よ。瀕死だったら瀕死っていうはずだから安心しなさい」

「縁起でもないことを言うな」

「そう思ってた癖に。これは私の優しさよ」


 それにしても、と架瑚は思う。


(時雨……もしかして、兄さんが昔拾ったって言ってた少女か? あれからもう何年か経つな)


 架瑚の兄、翔也が《妖狩り》に入隊したのは六年前のことだ。その時入隊してすぐの任務の時、一人の少女を拾ったと言う。

 痩せ細った体で、年齢は分からない。雨が降っているのに動こうとせず、呼びかけても反応しない。虚空を見つめており、このままでは死んでしまうと判断して《妖狩り》の本拠地に連れ帰ったらしい。

 時雨という名前は翔也がつけたと手紙で教えてもらった。まだ幼いが常人ではない戦闘力を持っていることが判明し、二、三年で《妖狩り》に最年少(と言っても年齢はわからないのだが)で入隊したことは衝撃だった。

 今では副隊長。これからも力を伸ばしていくだろうと翔也は期待しているらしい。だがそれと同時に普通の少女として生きる道を閉ざしたことに罪悪感を抱いているとのこと。

 出会った時から話し方は随分と大人びていて、人としての感情や情緒の起伏が小さい。数年経った今もそこは変わっていない。自分の落ち度だと悲しそうにしていたのを架瑚は覚えている。


(時雨……会った時にお礼を言わないとな)


 愛する女性を助けてくれたことを感謝しなければ。おかげで架瑚の心は今、穏やかだ。

 藍に手を伸ばす。そして優しく触れた。


(藍……)


 生きていて、生きていてくれて良かったと思える。藍と過ごすことができれば、架瑚はそれだけで幸せを感じる。


 だが、架瑚はわからなかった。

 藍の身体に、精神に、今眠っていることによって変化が起きていることに……。



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