第十二話 神子降臨

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「はぁ、はぁ……」


 荒い息を吐きながら、私は確かな達成感と満足感を得ていた。


(やった、やったわ……!)


 私の娘である双子の姉妹、あかねあいるは私が自らナイフで確実に刺したので、もう命が助かることはないだろう。


 いい気味だと思った。


 私の苦しみも知らないで、勝手に幸せになることなど許さない。私はふと、私の過去を振り返った。




 事は私の学生時代から始まる。


 当時15歳の私は現笹潟ささがた家当主である笹潟翁真おうまの婚約者争いに参加した。


 時都家が笹潟家の分家であることも理由だが、笹潟家は五大名家ごだいめいけの中で最も地位が高く、天皇に次ぐ力を保持していたからだ(ちなみに皇后争いにしなかったのは皇后候補はかなり前から決まっており、時都家は上級身分の中で中の下ぐらいであったからだ)。


 だが結果は他家の女子に決まり、後に私は蒼生あおいさんの婿入りと共に、時都ときと家を支える蒼生さんの右腕、つまりは妻となった。


 笹潟家の奥方になれなければ、せめて時都家の当主として生きたいと思っていた私にとっては、二度目の屈辱だった。


 蒼生さんとの生活には何不自由なく続いた。蒼生さんは望めば、私の欲しいものをくれたし、自由に行動させてくれた。


 だが私にはそれだけでは物足りなかった。だが何を望んでいるかもわからなかった。


 だけどある日私は気づく。私は誰かの愛を欲していたのだと。そしてそれに気づいた時、私は自分が惨めに思った。単純に悲しかったのだ。


 いくら頑張っても認めてくれない両親、時都家よりも少し身分の低い柳瀬やなせ家から婿入りしてきた蒼生さん。


 私は環境にも、人間関係にも恵まれなかった。


 蒼生さんとの関係は、決して良いものとは言えなかった。喧嘩をしたわけでも、相性が合わないわけでもない。


 ただ、夫婦という名だけの関係でしかなかったのだ。


 一日で共にするのは三度の食事と夜だけ。私たちの間に愛は存在していなかった。いわゆる政略結婚だったからである。


 数年後、私は命を授かり、蒼生さんと私の子を産んだ。子は双子の姉妹だった。それが茜と藍だった。


 だがもし私の産んだ子が双子の姉妹藍と茜でなければ、私も子も幸せになれたのかもしれない。私が二人を産んで言われたのは「役立たず」という悲しい言葉だった。そしてそう言ったのは私の両親だった。


 その時の私は知らなかったのだ。双子の姉妹の妹は『厄女』と呼ばれることを。


 唯一の希望であった子ですら、私の心の穴を埋めることはできず、逆にもっと深く掘ってしまうことになった。


 しかしそんな私を変えたのが良くも悪くも藍だった。藍は厄女として生まれた子だ。


 もちろん異能は封じられているので使うことはできない。けれど藍には生まれた時から魔力がとても多かった。


 そして藍の魔力は半永久的に増える特殊なものだった。


 そこで私は考えた。


 その藍の稀有な才能があれば、笹潟家に復讐できると。それほどに藍の魔力は多かった。多すぎたのだ。


 だから私は上限をつけて契約で藍の魔力を封じた。そうすれば藍は自然的に封じられる限界まで魔力を増やし、濃度を上げる。


 この程度の予測は簡単だった。人は誰にも認められないと、承認欲求が強くなる。断言できるのは、現に私がそうだったからだ。


 自分の娘を利用することに罪悪感などなかった。むしろ、迷惑をかけるお礼だと思った。そして今に至るのだった。




 私はナイフに付着した血を拭き、ある液体をかけた。魔力を奪う、私が開発した毒のようなものだ。人間で実験を何度か繰り返したので、成功は目に見えている。


(これで藍の魔力を奪うことができる……)


 べにの差した唇が自然と上がった。私は胸部から血を垂れ流す藍の前に立ち、ナイフを狙いに定め、大きく後ろに振りかぶる。


 そして藍へとナイフを振り落とし、藍は二度目の血飛沫をあげるーーはずだった。


「なっ!」

(ナイフが、当たらない……!?)


 手加減したわけではない。私はちゃんと力を入れてナイフを振り落とした。


 だが、何故か藍に届くまであとちょっとのところでナイフが動かないのだ。


「一体何で……!」


 事は、動いた。


「『絶対治癒ぜったいちゆ』」

「っ!?」


 私の目には、信じられない光景が広がっていた。


 突然『絶対治癒』と馬鹿げた言葉がどこからか聞こえたかと思えば、藍が光に包まれ、絶対に立ち上がれないはずなのに立ち上がった。


 だが先程とは違う箇所があった。胸部近くの傷だ。何故か血が止まっている。いや、それどころか綺麗に傷跡もなく治っている。止血するのは不可能な傷のはずなのに。


 そして何故か藍は平然としている。本当にこの人物は藍なのかと疑ってしまうほどに。


 もしかして、藍は時間遡行魔法クロクアリーダスを使ったのだろうか。だが藍の制服についている血はそのままだ。それでは辻褄が合わない。


「どう、して……」

(瀕死のはずなのに、なんでーー)


 動揺を抑えきれなかった。すると藍は茜に近づき、また「『絶対治癒』」と言った。そして藍の傷が治ったように、茜も同じように光に包まれた後、傷がなくなった。


 しかしこれも藍と同じく、茜の床にベッタリと付いていた血はそのままだ。つまり、時間を巻き戻していたわけではない。


 その名の通り、治癒魔法フィールアイリスを使ったのだろうか。けれどそれはできないはずだ。この檻の中は魔法が使えないのだから。


 それに治癒魔法フィールアイリスではなく『絶対治癒』と言った。となれば考えられるのは『絶対治癒』が『魔法ではない』ということ。


 だがそうなれば『絶対治癒』とは何なのだろうか。でも藍のようにに茜は藍のように目覚めはしなかった。つまりこれは藍の『何か』によるものなのだろう。


 そして藍はまるで初めて私に気付いたかのように、先ほどこぼれた私の問いに答えた。


「あぁ……確かに死んだよ。藍は、ね」

「っ!」


 私は藍を確実に刺した。これは自分でしたことなのではっきりと言い切れる。


 なのに藍は生きているのは藍ではない誰かによって藍の身体は生きているからだろう。


 にわかには信じ難いが、本人がそう言っているのだ。間違いはないだろう。


 だが声も姿も藍そのものだ。ふと私は普段の藍との相違点を見つけた。喋り方がや雰囲気オーラだ。


 藍はこんなにも上から目線で堂々として喋らない。そしてこれほどの威圧と殺気を放つことなどできない。


 だとしたらこの人は誰なのか。


 何にしろ、これだけはわかる。


「あなた、誰なの……?」


 今の藍はーー藍じゃない。


「ん? 其方そなたは知っているはずであろう。わらわが何者なのか。全く、何がしたいのかわからない」


 わらわ


 藍の一人称は私、だ。つまりこの人物はーー。


「藍ではないのね。名乗りなさい」

「失礼にも程がある。一体妾を誰と勘違いしているのか……。まぁいい、妾も久方ぶりに外の世界を味わっておるからな。寛大な心に感謝せよ、人間」


 人間ではないと言うのか。ならばまさかーー!


神子みこ、なのかしら?」

「いかにも。正式には妾にもちゃんとした名はあるが、今はそれでいい。それに妾は其方に妾の名を口にすることを認めてなどいないからな」

「随分と生意気なのね」

「それは其方であろう」


 二人の間に長い沈黙が訪れる。先に口を開いたのは神子の方だった。


「にしても、本当に其方は取り返しのつかないことをしたな」

「なんのことかしら?」

「とぼけるな」


 藍は、いや正確に言えば神子は怒っていた。


「藍の精神を破壊したのは貴様の愚行が原因だ。故に妾は其方を殺す」


 殺す。


 神子ならば容易いことだろう。だがーー。


「殺したら藍が悲しむわよ?」


 けれど神子は何も気にしていないようだ。


「関係ない。許せぬものは許せぬ。殺すものは殺す。命乞いをしても無駄だからな」

「はっ、この私がするわけ……っ!」


 余裕そうな顔を取り繕うとしたその時だった。


 私の周りが炎で覆われ、その炎の中から多数の武器が私に向かって突き刺したのだ。


 慌てて私は治癒魔法フィールアイリス水冷魔法ウォルタスを唱えた。が、何も起きない。


 この時は混乱していて忘れていたのだ。この檻は魔法が使えないことに。


「あ、ああぁ、あああああああぁぁぁっ!」


 手足が剣や槍にやって貫かれた。感覚は値を超えて熱いに変わる。


 迫る炎と対照的な神子の冷たい眼差し。死んだほうがマシと思えるほどの苦痛と屈辱。これが地獄と言う体験なのだろうか。


 すると今度は刺さった武器から電流が走った。私は衝撃で意識を失いかける。そしてそ手足が張り裂けそうになるぐらいの激痛が全身を駆け巡った。


 これだけでも死にそうだというのに、神子はまだ納得していないようだ。この痛みを味わっていないくせに、平然と私を見下している。


「もちろんこの程度で終わらせなどしないぞ」

「いやあああああああぁぁぁぁぁぁっ!」


 神子は鬼畜だった。きっとわかっていたのだ。私が生と死を彷徨さまよきわの痛みを。だからこんなにも苦しく痛い思いをしているのに死ねないのだ。


(早く殺して……!)


 そんな思いすら口にできない私は数秒後、激痛と共に意識を失った。そしてそれと同時にこの檻の方へとやって来た者がいた。


「はっ……はぁっ……藍っ!」


 ひどく慌て、取り乱した様子でやって来たのは、私の憎んでいる笹潟翁真の次男にして次期当主、笹潟架瑚だったーー。



 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 今さっき悶えて死んだか、意識を失った奴が俺の視界に映った。初めはその薄汚れた容姿からはわからなかったが、次第にそいつが時都紅葉もみじと俺は知る。


 そしてそんな時都紅葉の近くにはおそらく藍の双子の姉と見られる時都茜と、時都紅葉を俺と同じように見ている人がいた。藍だった。


 制服は土や血で汚れており、数箇所破れていた。だがそれとは対照的に藍の身体に怪我が見られなかった。


 俺はすぐにでも藍に抱きつきたかったが、興奮と衝動を抑えてこう聞いた。


「お前は誰だ」


 藍ではないと言えるのには、大きく挙げると二つ理由があった。


 一つは、藍は倒れている人がいたら即座に駆け寄り助けようとするからだ。身内なら尚更、何年も虐められていても藍ならそうする。なのに今の藍は何もせず、ただ見ているだけだ。これはおかしい。


 もう一つは勘だ。まず目が違う。藍はあんなにも氷のような冷たい目はしない。そして異様なほどの殺気。俺らのように戦い慣れているならまだしも、藍は魔力での子供のお遊びですら経験のなさそうな素振りをしていた。


 おそらく、藍は攻撃系の魔法を使ったことがない。これも勘だ。


「ふぅん、其方は此奴こやつよりも幾分も賢いようだ」

(口調も違う……)


 そして確信はないが強力な異能を持っている。しかも二つ。異能は一人につき一つまでしか持たないはずだ。こんなことができる奴は俺の知る限り、一人しかいない。


「神子か」

「あぁ、さすがだ。話が早くて助かる」

(当たりか……ちっ)


 俺は心の中で舌打ちをする。


「藍を……藍を返せっ!」

「できぬ。だが勘違いするな、妾だって返せるものなら今すぐにだって返したい」


 その声からは神子の悲痛な思いが滲み出ていた。だがそれも演技かもしれない。


 とりあえず俺は攻撃せず、尋ねることに決める。だが万が一のため、俺は攻撃に備えて右手を左腰に下がる刀の鍔に手を添えた。


「何故返せない」


 すると神子は信じられないことを言った。


「藍の精神が崩壊したからだ」

「えっ……?」

(崩壊? 神子の言っているーー)

「意味がわからない、と言いたいのだろう。教えてもいいが、そうしたら其方なら叫びたくなるほど辛い思いをするぞ。それでもいいのか」

(一体何があったんだ)


 きっと俺には想像もできないほどの事が起こっていたのだろう。もしかしたら、知れば後悔するかも知れない。


 だけど俺には何が起こったのか知る義務がある。藍を早く助けに来れなかった自分への罰だ。


「構わない」

「……わかった。まずは前提からだな。人間は肉体と魂によってできている。普通、人は死ねば肉体が機能しなくなるので自然と魂も死ぬ。だが今回のように例外もある。魂が先に死に、肉体が残るパターンだ。そうなると早くて十分、遅くても一週間すると肉体が機能しなくなる。ここまではわかるか?」

「あぁ」


 肉体が先に死ねば魂も同時に死ぬ。だが魂が先に死ねば肉体は遅れて死ぬ。結果的に生きている時間は魂が先に死ぬ方が長い、ということだろう。


「だが今回の藍の場合は例外の例外だ。藍は双子の妹……妾の異能と、これはまだ誰にも知られていないが、妾の魂を受け継ぐ者だ。故に藍は魂、正確には精神が先に崩壊し機能しなくなったが、代わりに妾がこの藍の肉体を動かす者となった。だから肉体は藍で魂は今現在妾となっている。藍の魂は機能していないので妾は代わりたくても代われない。わかったか?」

「なるほどな」


 おそらく藍の精神は崩壊したが、藍の肉体には神子の魂も共存していた。だから藍は実質死んでおらず、肉体は藍、魂は神子という異質な存在となったのだろう。


「これで前提は終わりだ。話を進めよう。最初は妾から其方の質問に答えよう。藍は死んだ。これは確かなことだ。覆されることはない」

「……っ!」

(つまり俺は、藍を助けられなかったんだ……)


 前に仕事が忙しくて藍を助けに行けず、夕夜を派遣した時があった。夕夜を信用していないわけではないが、気が気でなかった。


 藍は気にしていないと言ってくれたが、そうだったとしても俺はすごく申し訳なかった。藍の婚約者なのに危険な目に遭った時に助けに行かなかったからだ。


 だからお守りを渡したのに、それすらも付けてもらえなかった。


(俺は藍に、嫌われたのかもしれない)


 すると神子は俺にいいことを教えてくれた。


「安心しろ、助ける方法はある」

「っなんだ!」


 俺はすぐに食いついた。


「妾が藍の魂を治す」

「……できるのか?」


 魂を治す。そんなことは可能なのだろうか。だが相手は神子だ。人間でない神子にならできるのかもしれない。


 それに神子の口ぶりからは、藍を心配し、大切にしているように感じた。信用してもいいのかもしれない。


「できないわけではない。だが保証はできぬ。藍が立ち直れるかどうかだからな。もちろんできる限り妾も力を尽くすが、全て藍次第だ。過度な期待はするな」

「わかった。ちなみにどのくらい時間はかかる」


 俺は多くても一ヶ月だと踏んでいたのだが、神子の回答は思っていたよりもずっと長かった。


「仮に藍の魂が治るとするならば早くても半年だ」

「半年……!?」

「あぁ」


 今は水無月だ。となると師走しわすまで藍は治らないということだ。そんなに時間を有するほど、藍の精神は崩壊しているというのだろうか。しかも治るかどうかは藍次第と神子は言った。死んでもおかしくはないのだろう。


「そう、か」


 ずっしりと重い何かが俺の身体に纏わりつくのを感じた。誰かが死ぬかもしれないと思うと、やっぱり『あの日』の出来事を思い出してしまうのは、五年前から変わらない。


「じゃあ次は妾の質問に答えてもらうぞ」

「っ!?」


 するといきなり神子は俺に蹴りかかって来た。突然のことだったので、俺は足に力を入れて攻撃を交わしつつ、反対側へと着地した。


「躱すか。だが甘い」

「っ!」


 すると今度は地面から植物の茎や蔓などが一斉に俺に向かって急激に伸びた。


 一度この場を離れるか迷うが、逃げる空間スペースが見当たらなかったため、一旦それらを刀で斬った。だが斬っても斬っても植物は伸びてくる。


(切りが無い……)


 俺は諦めることにし、壁に跳ぶことに決めたが、それを神子は許さなかった。


 俺が跳び移るよりも早く神子は目の前にやって来て、俺の首を掴んだのだ。しかも力が強い。藍の体とは思えないほどの握力だった。


 だが加減はしているようで、俺は呼吸が苦しいだけで死にはしないことを悟る。


 だが苦しいものは苦しいので神子の手を離そうとする。が、全然びくともしない。自分よりもずっと小さく細い腕だというのに。


「弱い、弱すぎる」

「ゲホッゲホッ……!」


 神子は俺にそう言い、手を離した。確かに藍の身体でありながら、その強さは尋常ではないし、神子からしたら俺は弱者なのだろう。


 神子ならば、どんな奴でも簡単に殺すことができる。


「……何が言いたいんだ」

「藍は妾が今まで見てきた人間の中で最も優しく良い子だった。だが最も人間関係に恵まれなかった子でもあった。そして、自害しようとした。私は助けたくても助けられなかったから、すごく辛かった。でもそんな時に助けたのが其方だ。妾に代わって助けてくれたことは感謝している。これは本当だ。だが結局其方も藍を傷つけ、結果的に藍は死んだ。これが事実だ。だから妾は其方を許さぬ」


 明らかな怒り。表情からはわからなかったが、やはり神子は怒っていたのだ。


「俺を殺す気か?」

「だとしたら?」


 神子は俺が命乞いをするのだと思っていたのだろうか。そんなことするわけない。


「殺して構わない」


 神子の目が大きく見開いた。


「其方、命が惜しくないのか」

「まさか。死にたいだなんて微塵も思っていない」


 これは本当のことだ。俺はまだ19歳だ。成人はしているが、まだまだ子供だ。やりたいことだって、やらなければならないことだって沢山ある。


「なら何故……」

「だけどそれで藍が生きてくれるのならば、俺は藍を殺した対価としてこの命を差し出そう。そのためならば、惜しくなどない」


 藍にはその価値がある。


「……それほど藍を大切にするのは何故だ」


 神子は意外と鈍いようだ。いや、わかっていたとしても、人間の考えはまだよく理解していないのだろう。こんなにも簡単なことがわからないわけがない。


「俺が藍を一人の女性として見ており、藍を助けたあの日から幸せにすると決めたからだ。……結局、口だけだったがな」


 俺は自分で言うのもなんだが、特に自分の気持ちを素直に伝えることがかなり不器用だと思っている。


 現に可愛いとか、好きだとか思っていても、そんな言葉を伝えたことはなかった。


 夕夜や綟などといった察しのいい奴や、少しの言葉ですぐに理解する奴が俺の周りには多く存在したことが大きく影響しているのだろう。


 一応行動で示したつもりだったが、藍はその手に疎いのでちゃんと伝わっていない可能性が高い。


「それだけか?」

「それ以外に理由などいるか?」


 好きという気持ちは依存に近い。止めることなど不可能だ。


 そんな俺の気持ちを悟ったのか、神子は俺にこう言った。


「……わかった。では約束しろ、其方は藍を今後泣かせるな」

「っ!」


 昨夜の藍の泣き顔が脳裏に浮かんだ。確かにあれは見ていて心をグッと締めつける。神子も同じ気持ちだったのだろう。


「まだあるからな。悲しませるな、苦しませるな、一人にするな、そして……其方はちゃんと藍に自分の気持ちを伝えろ。わからないことはわからない。そう言ったのは其方だ。人に言っておいて自分ができていないじゃないか、全く……」

「っ!」


 その言葉は前に俺が藍に言った言葉だった。人に言っておいて自分ができていないだなんて、とても情けない。神子はそんな俺に呆れつつも言った。


「架瑚」


 神子が俺の名前を呼んだのは、これが最初で最後だった。


「絶対に藍を幸せにしろ」


 答えはもう決まっている。


「約束する」

「二言はないな」

「あぁ」


 すると神子は警戒を解いた。


「ではこの身体は任せたぞ。妾は藍と話をしてくる。そのかん妾は目覚めることができない。あとは頼む、ぞ……」

「わっ、えっ、ちょっと……」


 藍の身体が俺の方へと倒れ込んだ。慌てて俺は藍を支え、手を首と膝の後ろに回し込み抱き上げた。


 藍の身体は想像以上に軽く、まるで空へと浮いていってしまいそうだった。


「急がないとな」


 全身に魔力を流し込み、俺は屋敷へ転移した。



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