第20話 アリーシア、帝都にて動く

 アリーシアはできるだけ急ぎ、やっと帝都にたどりついた。

 そして、邸宅の前で出迎えた父、エステルハージ侯爵に切り出す。


「お父さま、ご相談したいことがあります」


「帰って早々どうしたのだ? タリマンドでの活躍は聞いている。まずはゆっくり休んで……」


「カシウス様が、危ないかもしれないんです!」

「……わかった、詳しい話を聞こう」


 アリーシアの勢いに圧され、エステルハージ侯爵はうなずく。

 侯爵の執務室に場所を移し、すぐに本題に入る。


 みーちゃんの件は伏せ、疫病事件の顛末てんまつ、そして隠れ場所として使える廃坑の情報を伝える。


「なるほどな。疫病も西の王国の強硬派の仕業か。……軍部が暴走しているといううわさもある。穏健派と話をつけられれば、早期に講和が可能かもしれない。わかった、私にまかせなさい」


「お父さま、ありがとう」


 父の外交官としての力は信じているが、戦地に向かわせてしまうことは不安だ。


 今は、みーちゃんからもたらされた、前世のカシウス陛下の策が今世のカシウス皇子を救うことを祈るしかない。


「……ますます、お母さんに似てきたな」

「お母さまにですか?」


 タリマンドへ出発する前に母の話を聞いていたが、性格については聞いていない。


「ああ。これと決めたら、なんでもやり通す。そんな人だった。早くに亡くして、お前には寂しい思いをさせてしまった。それに、皇子とともに、私にはできなかった、タリマンドとの和解も果たしてくれた。立派に育ってくれて、本当にうれしいよ」


「お父さま……」


 父にとって、母の故郷であるタリマンドとの関係がぎくしゃくしていたことは、常にわだかまりとして残っていたのだろう。


 自分が行動することで、周囲が良い方向に向かっている。これほどうれしいことはない。

 みーちゃんとカシウス陛下がくれたこのチャンスをできる限り活かすのだ。



(次はライハート卿ね)


 父との話を終えた後、自室に戻ったアリーシアはすぐにアルカディウス伯爵邸に使いの者をおくる。


 カシウス皇子の側近でアリーシアの元婚約者である、ライハート・アルカディウスの所在を知るためだ。


「ライハート卿は、カシウス皇子に従軍し、不在とのことです」


(やっぱり、ライハート卿も従軍しているのね)


 使いの者に礼をいって下がらせた後、アリーシアはみーちゃんに尋ねる。


「みーちゃん、ほんとに、ライハート卿には見覚えがないの?」


「うーん、あんな赤毛で赤い瞳の人がいたら、ぜったいに覚えてると思うんだけど……」


 未来のみーちゃんの記憶の中に、ライハート卿は存在していなかった。

 

(でも、私が処刑されたときには、新皇帝となった第二皇子のそばにたしかにライハート卿の姿があった)


 そう考えると、やはりライハート卿は第二皇子派に通じており、カシウス様が帰還した時に処刑されてしまったと考えるのが自然だ。


「そんなに悪い人にはみえなかったけど……」


 みーちゃんの言葉に、アリーシアも信じたい気持ちが強いことに気づく。

 だが、そう信じてマリアに騙されてしまったのが前世の自分だ。


(やっぱり、ライハート卿のこともカシウス皇子にお伝えしましょう)


 アリーシアは、カシウス皇子にあてた手紙を書き始める。


(ライハート卿への注意と、それと、父に伝えたことも細かく書いて……)


 そこで、アリーシアの筆が止まる。

 自分の過去のこと、ミーシャのことを伝えるか否か。


(……今は、カシウス皇子ご自身のことに集中してもらわないと。帰ってきたら話しましょう)


 アリーシアはそう気持ちに整理をつけ、無事を祈る言葉で手紙を書き終えた。

 そして、ちょうど皇宮から戻ってきた父を出迎える。


「おかえりなさい、お父さま。皇宮はいかがでしたか?」


 第二皇子派からの横やりにより、父が戦地に向かうことは阻止されるかもしれない。アリーシアにはその不安があった。


「陛下への奏上はうまくいったよ。もちろん、むこうが仕掛けてきた以上は、単純に講和とはいかないが……。皇子のことは父にまかせなさい、明日、出発する」


「ありがとうございます、お父さま」


 今日奏上して、明日出発とは早い。お父さまがいろいろ手を回してくれたのだろう。


 前世では、お父さまの仕事のことを詳しく知る機会がないまま死に別れてしまった。それもあり、とても頼もしく感じる。


「お父さま、この手紙をカシウス皇子に渡してくれますか?」

「ああ、もちろんだ。必ず手渡すよ」


(お父さまが戦地に向かうまでは、まだ時間がある。それまでに少しでも証拠をあつめないと)


「お父さま、一緒に行ってほしいほしいところがあるのです」

「アリーシアの頼みなら、どこにでも付き合うよ」



 父であるエステルハージ侯爵を伴い、アリーシアが向かったのは、皇宮のはずれ。

 その地下深くにある、罪人をつなぐための地下牢だった。


(この空気、久しぶりね)


 アリーシアがここに来るのは、自らが投獄された、前世の時以来だ。

 とても薄暗く、どんどんひどくなるすえた匂い。


 あの時の悪夢がよみがえり、アリーシアは思わず口をおさえる。


「アリーシア、何もお前がこんなところにこなくても……。尋問なら私だけでもできる」


 エステルハージ侯爵が心配そうにそういうが、アリーシアは首をふる。


「大丈夫です、少し気分が悪くなっただけです。疫病に比べれば、ここはまだましですから」

「無理はしないでいいからな」


(みーちゃんも大人しくしていてね)


 小声で呼びかけるアリーシアに、みーちゃんも少し動いて反応する。みーちゃんに地下牢の光景を見せたくなく、手に下げた袋の中に入ってもらっていた。


(まずは、マリナの父、バルダザール伯に会いましょう) 


 力を失わせないためにも、みーちゃんと離れるわけにはいかないが、今は少しでも証拠を集めるのだ。

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