015 初仕事と先輩の危機

「宿主から距離五〇〇の道に参りましたわ。この辺から規制線を張りましょう」


 地図によると、大通りから一本入った、車がギリギリすれ違える幅の道である。見渡す限り家ばかりなので、ここは住宅地のようだ。


「了解。で、どうやってやるの?」

「では、お手本をお見せいたしますわ」


 ティアは手に持っていたコミュニカを操作する。とあるアプリのアイコンを指さした。


「まず、こちらの『シールド』というアプリを開きますの」


 すると画面には、三かける三の九つの点が並んだものが表示された。


「誤射を防ぐための、ロック解除の画面ですわね。このようになぞっていきますの」


 これは、かつてのスマートフォンで使われていたパターンロックだ。

 私にわかるようにゆっくりと、点と点を指でなぞって特殊な図形を描いている。ロックを解除すると、コミュニカの背面から何やら青白い光が放たれた。


「これで準備が整いましたわ。そうしましたら、このように……」


 ティアは、その青白い光を家の塀に向ける。光が塀に当たると、コミュニカの画面を長押しした。

 そのままコミュニカを横に動かして、反対側の家の塀に光を当てて、画面から指を離す。


 すると、パッと一瞬で道を断つように規制線が張られた。見た目は警察が使う規制線と同じに見える。


「おお! 確かこれって普通のと違うんだっけ?」


 指で規制線をつつきながらティアに尋ねる。


「そのとおりですわ。コミュニカをお持ちになっている方でないと、この規制線の中に入ることはできませんの」

「私たちは自由に出入りできるってことだよね?」

「ええ」


 これでこの道の規制線は張れたそうなので、ティアが次に張る場所まで案内してくれた。もちろん、走って。


 ただ後をついていくだけではなく、一応マップを見ながら向かってみる。ティアのように、自力で目的地に行けるようになっておいた方がよいだろう。


 そう思っていると、マップに表示されている情報の意味がわかってきた。先ほど規制線を張った道が『規制線設置済』の緑色になっている。

 となると……今向かっているこの道の表示はオレンジ色。意味は『規制線未設置』。なるほど、ティアはこれを見て動いてるのか。


 答え合わせは、夕方、寮に戻ってからにしよう。






 全四ヶ所の道に規制線を張り終えた。そのうち二ヶ所はティアに見てもらいながら、私がやってみた。


「なんと、教えがいがありますことよ」と言ってくれたので、うまくできたようだ。


「一つの任務が終わりましたので、先輩方にご連絡いたしますわね」


 ティアはコミュニカを数回タップして、コミュニカを耳に近づけた。


 おぉ、ようやくスマートフォンの本来の機能、『携帯電話』を使ってる。


「こちら四〇四よんまるよん、セレスティア。規制線設置完了ですわ」


 向こうから指示を受け取っているのか、軽くうなずくティア。しかし、すぐに顔を曇らせる。


「……了解ですわ。通信終了」

「なんだって?」

「先輩方の想定より、宿主が強くて苦戦しているようですの。ともかく、あたくしたちは戦闘現場付近に向かい、近くの物陰で待機ですわ」


 人手不足だと嘆いていた先輩の言葉が、早々に回収されてしまったのだろうか。

 心がざわついたが、了解と返事をし再び走りだした。


「やっぱり二人だけじゃ、戦うのはキツいのかな」

「あのお二方はアルカイの中でもお強い方ですわ。二人だけでの戦闘も何回も経験なさっているはずですのに」


 そうだよね。じゃないとメケイラがああいう指示はしないよね。そんな二人が苦戦するということは、ヤバめの敵なんじゃ……。


 だけど、私たちはアンゲロイだから実戦ができない。戦力になれない。二人を直接助けられない。


「ティア、アンゲロイでもできることはないの?」


 思わず聞いてしまった。


「訓練は実戦ありきでしておりますので、戦いなしでは……」


 言葉に詰まったティアだが、「いえ、現場を見ないことには何もわかりませんわ」と結論は出さなかった。






 打撃音と銃撃音が近くなってきた。息を切らしながら現場の近くにたどり着いた。

 そこは住宅地の中にある公園である。緑豊かな公園のはずだが、いくつもの木々が幹ごと折れ、倒されている。戦闘の跡だろうか。


 私たちは公衆トイレの陰に身を潜める。


「はぁっ……!」


 ミーガンとエリヤの姿を確認した。ファンタジーの異能力さながらのアクションを見せている。


「到着のご報告をいたしますわ」


 そうだね、二人の戦いぶりに見惚みほれてる場合じゃなかった。


「ねえ、私も一緒に通話の内容聞きたいんだけど。その方がティアが代弁するより早くない?」

「確かにそちらの方がよさそうですわね」


 ティアのコミュニカの画面をのぞきこむ。グループ通話の方から電話をかけている。

 私のコミュニカから着信音が鳴る。


「これであなたもお聞きいただけますわ」

「ありがと」


 応答のボタンをタップして、コミュニカを耳に近づける。


「こちら四〇四、セレスティア。指定場所に到着いたしましたわ。戦闘状況はいかがですの?」

『戦闘が長引いて、うちらの体力が、削られてる。宿主も、寄生されてから、時間が経ちすぎてて、凶暴化してる。このままだと、うちらも危ないし、宿主も危ない』


 ミーガンの呼吸がかなり乱れている。あまりに緊迫した状況に唾を飲みこんだ。


「増援は頼まれまして?」

『五分くらい前に僕が頼んだけど、まだどの組も戦闘が終わってないらしくて……。もうそろそろどこかの組が終わればいいんだけど、僕たちだけで時間稼ぎができるか……』


 エリヤの声からは、焦りと恐怖が感じられる。


 そりゃそうだよ。助けが来ないんだもん。どうしよう。私たちにできることは……。


 次の瞬間、ミーガンとエリヤが見えないエネルギーによって一斉に吹き飛ばされた。二つの影はこちらに迫ってくる。陰から顔を出していた私たちは、即座に身を引っこめる。


 ガシャーーーーン‼︎


 爆音とともに、背の公衆トイレの壁が揺らいだ。自分の真横を、膨大なエネルギーの塊が通り過ぎたのを感じた。


 身の毛がよだつ。


 恐る恐る再び顔を出してみた。


「ウ゛ォ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛‼︎‼︎」


 数十メートル先に、ヒトの姿をしたものが立っていた。が、叫び声はおおよそヒトのものではなく、体のあらゆるところが血だらけである。

 その目つきは理性のかけらもなかった。


 思い出した。あれはまだ私が捕まる前のこと。ニュースで犯人(宿主)の行動の特徴が報道されていた。


『犯人は共通して無差別に人を襲い、警察が束になっても押さえつけることができなかった。まるで犯人は理性を失った獣のようで、リミッターが外れた彼らはもはや人ではない』と。

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