第1章 元死刑囚とトラブルメーカー

004 相棒との不穏な初対面

「お前の部屋に行きがてら、さっと建物の説明もする。今いるこのビルが『本部研究棟』だ。幹部と研究員以外は、五階までしか行けないので注意だ」

「了解」


 そこまでメケイラが言ったところで、一階に着いたようだ。私たちはエレベーターを降りて本部研究棟を後にした。


 本部研究棟を出て左右に続く道を、左手に進む。すぐに二階建ての横長の建物が二棟見えてきた。基地が一年前にできたとあって、白を基調としたきれいな建物だ。


「あそこにある二つの建物が、男子寮と女子寮だ。手前が女子寮、奥が男子寮になっている」


 私たちは女子寮に向かう。


 あ、だからか。


 私はさっきから疑問に思っていた。

 私は言わば死刑囚である。そんな危険人物を、どうして女性たちが迎え入れたのか。もし私が逃げ出そうものなら、力のある男性の方が、私を押さえつけるには向いているだろう。


 ここに案内しなきゃいけないから、女性たちで固めたのか。


 女子寮に入ると、正面にある階段を上る。


「お前の休息部屋は二階の二二〇号室だ」


 二二〇号室は、階段を上がって左手――の、一番奥のようだ。

 まぁ、死刑囚の私にはお似合いの不便な部屋だ。


「制服はお前のベッドの上に畳んで置いてある。あと、ベッドにコミュニカというスマートフォンがはまっているだろうから、初期設定も済ましておけ」


 とりあえず私は返事をするが……えっ、スマホがベッドに⁉︎


「着替えとコミュニカの初期設定が済んだら、地図を使って訓練場に来い」


 メケイラはそう伝えると、ドア横にあるリーダーに、コミュニカと思われるスマートフォンをかざした。


 ガチャッ


 解錠されドアが開くと、メケイラたちはさっさといなくなってしまった。


 投げやりだなぁと心の中でつぶやく。そもそもスマホのOSが今まで使ってたやつと違うかもしれないし。違うと操作方法がわからないんだけど。しかも地図アプリ使う前提で話されたし。


 とりあえずやることはやらなければならないので、部屋に入った。






 軍人の部屋というと、八人くらいの相部屋で二段ベッドというイメージがあるが、思っていたのと違った。


 二人部屋でしかもツインベッド。どこかのホテルかと勘違いしそうな部屋だった。


 …………あれ?


 ドアから見て手前のベッドに誰かが寝ているのだ。


 透き通った白い肌で、腰くらいまであるだろう金髪はゆるやかにカールしている。打って変わって横髪は、きつめの縦カール。赤いリボンがついたヘアバンドをしているが、寝転んでいるからか、少し中心からずれている。

 掛け布団に隠れてほとんど見えないが、着ているのはさっきも見た黒の軍服だろう。


 この時間なら、みんな訓練中とかじゃないのかな?


 起こしちゃいけないよね、と忍び足で歩いて奥のベッドに回った。


 メケイラの言うとおり、ベッドの上にはきれいに畳まれた軍服、ストッキング、襟につける黒いリボンがあった。ベッドの脇には靴も置いてある。


 そして一番気になっていた、スマートフォンの話だ。

 ベッドのヘッドボードに目をやる。


 本当に


 試しに取り外さず、指先でちょんと画面に触れてみる。


 私が逮捕されたときに没収されたスマートフォンと同じように、時刻が表示された。画面の右上には充電残量が書いてある。百パーセントなので満充電のようだ。

 壁紙は、紫が濃淡のグラデーションになっている、シンプルなものだ。画面の下の方には『Communica ID: Kushinada-hime』と書かれてある。


(くしなだひめ……?)


 どこかで聞いたことがあるような、ないような。ゲームのキャラクターだったかな?


 どういう意味かわからないので、コミュニカは放っておいて、先に着替えることにする。


 まずストッキングを手にとる。白い。白なんて膨張色だから穿きたくない。こういうのは可愛くて脚の細い人しか似合わないのに。


 出てきた文句は頭の中だけで留めておくが、こんなことを考えられたのは久しぶりだ。

 そもそも逮捕されてからのこの一ヶ月、衣服のことを気にすることはできなかった。また気にするようになることはないだろうなと諦めていた。


 そんなことを思いながら、ベッドに座ってストッキングを穿く。

 ストッキングを穿いたことがなかったので、三分くらいは格闘していただろう。デニールが濃いので爪が引っかかりにくいのがせめてもの救いだ。


 軍服はワンピースの形をしているので、人間界の制服と違って、着るときに頭がボサボサになるやつである。


 拘置所から着てきたヨレヨレのTシャツを脱ぐ。


 その時、後ろから誰かの声が聞こえる。


「……んっ……お時間は経ったかしら……」


 私は反射で振り返る。寝ていた金髪の女子と目が合う。


「あ」

「…………」


 数秒、静かーに空気が流れた。


「あ、あなたはどちら様ですの⁉︎ あたくしの部屋で何をしていらっしゃるんですの!」


 金髪の女子はガバッと布団をはいで起き上がる。


「えっと……今日からドミューニョ部隊に入りました、月城つきしろ花恋かれんです」

「ハッ……もしかして、あなたがあたくしの……?」


 私の名前を聞いた彼女は、怪訝けげんそうな顔をする。


「なんか、同じ部屋みたいですが」

「あなたが……あなたがあたくしの新しい相棒パートナーですわ!」

「相棒……ですか?」

「その説明はまだ受けていらっしゃらないの?」

「はい……」


 うなずくと、興奮した様子の彼女は我に返り、「まだ名乗っておりませんでしたわね。あたくしはセレスティア・フィオナ・ウィザーソン。ティアとお呼びくださいまし」と言った。


「あたくしから説明いたしますけれど、その前にその……」


 ティアは私の顔――より下を指さす。


「まず服を着てくださる?」

「あ……あ、ごめんなさい!」


 すっかり自分が上裸のままなことを忘れていた。

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