第93話 町長の元へ

店の方は、わたしとトリシャ様を町長の元へと案内すると言います。

町長の元へ案内していただくことは、とても嬉しいことではありますが

それは店を空けることにもなってしまいます。


(営業時間に店を空けてよいのですかね……)


わたしは心配になりますが、トリシャ様は


「姫様、案内してくれるって言うから、早く行こう」


とおっしゃっています。


「案内していただくのはよいのですが、店を空けることになりますので……」


わたしがこう言いますと


「店なんて、鍵を閉めておけばいいんだよ。どうせ、客なんてそんなに来ないんだから、

王女様は気にすることはないよ」


店の方は笑います。


「そうでありましても、店を空けるのは申し訳ありません」


わたしが申し訳ないと言いますと


「王女様が気にすることじゃないよ。ここ数日、仕入れた物は大体売れたからね。

それに、防寒着はファーガスから来るから、峠が通れないなら、どちらにしても売る物がないよ」


店の方は峠が通れなければ、品物が入ってこないと教えてくれます。


これを知ったわたしは


「そうでしたか。ならば、すぐに町長の元へ向かわなければなりませんね」


と答えます。


「それじゃ、町長の元へ案内するよ。買った物は店に置いとけばいいよ」


「わかりました。では、トリシャ様、行きましょう」


「そうだね」


わたしたちは店を出ますが、店の方は入口に『今、出かけています』

と書いた紐の付いた板を、店の扉についているフックに掛けて扉を閉めます。


そして、扉の鍵をかけることなく


「それじゃ、行くよ」


と言いますが、鍵を閉めなくても良いのでしょうか。


「鍵は閉めなくても良いのですか?」


わたしは気になって尋ねます。


「これを吊り下げておけば、大丈夫だよ。それに、盗まれる物なんてないし

奥に男たちがいるから、王女様は心配しなくてもいいよ」


と笑いながら答えます。


「それなら、大丈夫ですね」


わたしはこう言いますが、留守に鍵を閉めないことに驚きました。


「姫様、王都以外だと、こんなものだよ」


トリシャ様が小声でこう教えてくださいます。


「それだけ安全ということですか」


「そうだよ。王都みたくここは人がいないから、怪しい人間はすぐわかるらしい。

でも、あたしは人間の顔はあまり見分けがつかないけど」


トリシャ様はこうおっしゃいますが、エルフは人間の顔があまり見分けられないと言います。

しかし、トリシャ様はわたしだけでなく、アルニルやイザベラ、アランの見分けはついているようではあります。


「わたしたちの見分けはつくのですか?」


わたしは気になって尋ねますと


「姫様はすぐ覚えられたよ。アルニルとイザベラは、前世の頃の魔力と言ってもいいのかな。

詳しくは言えないけど、前世と同じものを感じて、顔もすぐ分かって見分けられたよ」


と答えます。


「そうなのですね。それはわたしでも感じますか?」


「姫様の場合、ちょっとだけファーガスとわかるけど、ほとんど姫様って感じだよ」


トリシャ様はわたしからは、わずかにファーガスを感じますが、

ほとんどがわたしだとおっしゃいます。


(記憶と知識だけですので、トリシャ様のおっしゃっていることは正しいですね)


わたしにあるのは、ファーガスの記憶と知識だけなので、トリシャ様のおっしゃっていることは間違いではありません。

そして、やはりわたしにはファーガスの力はないということです。


「そうなのですね」


「騎士くんは体格でわかるからね。あ、店の人間が先行ってるから、行かないと」


わたしとトリシャ様が話している間に、店の方は既に歩き出しています。

なので、わたしとトリシャ様は、少し急いでその後をついていくのでした。


 店からしばらく歩きますと、町の庁舎へ着きます。

庁舎の前では、数人の役人の姿と、その役人と話している男性の姿があります。

その男性は、役人から話を聞きながら、困った顔をしています。


「町長、あの崩落では、手の施しようがありませんよ」


「私も現場を見てきたが、あれはどうにもならんな……」


男性と役人の話し声が聞こえてきましたが、やはり男性は町長でした。

町長も実際に崩れた現場を見に行き、手の施しようがないと言っています。


「町長も困ってるね」


店の方もこう言いますが、町長が庁舎の前で話しているほど、事態は深刻なようです。


「深刻な状況のようですね」


「町長がこんな所で話してるぐらいだからね。でも、エルフの嬢ちゃんならなんとかできるみたいだね」


店の方はトリシャ様を見ますが、それと同時にわたしの陰から


「実際に見ないとわからないから……」


とおっしゃいます。


「それもそうか。それじゃ、ちょっと町長に声をかけてくるよ」


店の方はそう言って、町長に声を掛けます。


「町長、ちょっといいかい」


店の方が声をかけると


「リタさん、どうかしたのかい?」


と町長は店の方の名前を呼びます。


「峠のことだけどさ、王女様とエルフの嬢ちゃんが、なんとかできるかもっていうから、ここに案内してきたよ」


「フローラ王女殿下と伝説のエルフの魔法使いのトリシャ様ですか!?」


町長は驚きますが、リタさんは気にせず話を続けます。


「ほら、そこに王女様とその……トリシャというエルフの嬢ちゃんがいるよ」


リタさんは、町長にわたしたちがいることを知らせます。

それを知らされた町長は、わたしたちを見ると、驚いた表情になるのでした。

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