Type-GIGA


「ギザ――!!」


 美海が叫ぶ。しかし、倒れ伏すギザは動かない。

 鋼の戦士はその機能を停止さてしまった。


 ギザから引き抜いた血で赤黒く染まった手刀を構え、アテナは続いて美海と奈緒へと再び襲い掛かる。


(やだっ……)



 美海は助けを求めようと、視線をさ迷わせる。

 目の前には奈緒。拳を構えて、自分を守ろうとしてくれている。しかし、駄目だ。時間を僅かに稼げようと、いずれ諸共殺されてしまう。

 アテナのさらに奥には、先ほど手刀で貫かれて地に倒れ伏すギザ。駄目だ。ギザは、もう……。

 視界の端、遠くで我関せずと言ったようにモニターの前に座る犬、メガ。全然駄目だ。助手がやられたとうのに、動こうともしない。その内気づいたら一匹だけ勝手に逃げているかもしれない。


 美海は無力だった。ただの人間である美海には戦う術が無い。

 そして、頼れる相手も居なかった。この場において唯一戦えるギザが敗北した。もはや詰みだ。


 だから、美海はぎゅっと手を握り、この場に居ない相手へと縋った。

 

(来人、たすけてっ……!)


「――チェックメイト、じゃ」


 アテナの手刀が、美海へと――。


 瞬間、美海の握り締めた手の内――左手の薬指に嵌められた指輪が光を放った。

 

 美海の指輪、角度を変えてみれば光り方が変わる、見た事も無い様な不思議な石が嵌められた指輪。

 それはガイア界から持ち帰った“ガイア鉱石”を宝石の代わりとして使った、来人がカンガスの元でバイトした際に作ってきたお手製の指輪だ。

 素人作ながら売り物と遜色無い出来で、あれから美海はいつも身に着けていた。

 

 ガイア鉱石の指輪から放たれた光が、美海と奈緒を包み込む。

 アテナの手刀の先がその光に触れれば、手には焼けるような痛みが走る。

 驚愕と共に、その手刀を退いた。


「なんじゃ、それは――!?」

「なに、これ……?」


 美海も自分意思でやった事ではない。同じく驚きの表情を浮かべた。


「らい、と……? 来人なの?」


 指輪嵌められた石、ガイア鉱石。

 ガイア界、山の大地グロッグウォールの頂上――つまり、最も天に近い場所。

 そこでガイア界の大気中の波動を浴び続けた特別な石だ。

 それに来人の意志が、想いが、王の力が乗って、美海を守った。

 やがて、その光のバリアも薄れて行く。――それでも、指輪が“一瞬の時間を作った”。

 


 ――アナウンス。自動修復、並びにモードチェンジの推奨。実行しますか?


 倒れ伏すギザの脳内に、機械音声が響き渡る。


 ――自動修復、並びにモードチェンジの推奨。実行しますか?


 ――実行しますか? 実行しますか? 実行しますか? 実行しますか?


 ――実行しま――……、


 『――全く、五月蠅いネ』


 機械音声は、メガの通信の声に断ち切られた。


『やむを得ん、強制実行だヨ。起きろ、ギザ――いいや、GIGAギガ

「――イエス……、マス、ター……」


 瞬間。黒と白の鋼が液体金属の様にどろりと、意思を持つかの様に互いに結合して行き、倒れ伏すギザの胴に手刀の一撃で空けられた穴が、まるで逆再生の様に塞がって行く。


 美海へと迫るアテナ。

 その背後で、ふらりと立ち上がる鋼の戦士の姿を、美海は見た。

 そして、次の瞬間美海の視界に入った物。

 それは、掌底打ちの一撃で華美なドレスを引き裂かれ、骨を折られ、その細く長い四肢をあらぬ方向へと曲げ、吹き飛ばされるアテナの姿だった。


「――Type-GIGAタイプ・ギガ・再起動。対象者を守護――トモダチヲ、マモル、デス」


 全身の肌は裂け、黒い鋼のボディが大胆に露わとなっている。

 四肢のあちこちから白い煙と共に熱を発し、その肉体はキリキリと今にも爆発しそうなほどの悲鳴を上げている。

 その姿はもはや人間のそれではなく、機械仕掛けの鋼の戦士。


 鋼の戦士は数多のキューブを駆使して、十二波動神が一柱を蹂躙する。


『――さて、事が終わるまでの間、少し独り言でも話そうか。誰が聞いている訳でも無いが、ボクは元からお喋り、話好きだからネ』


 

 ――かつて遥か遠方の国、その戦地で戦災に遭った少女が居た。――具体的には、地雷を踏み抜いたんだ。

 まあ、普通なら命を繋ぐことなんて不可能だろう。戦地では大した医療設備も揃っていないし、そもそも設備が有ろうとどうなるかという話でも無い。

 でも、その時丁度ボクはその地へと赴いて居てネ。

 

 そうそう。“メガ・ブラック”と“メガ・ホワイト”だ。

 ボクはとある筋からその存在を嗅ぎ付け、いち早く独占する為に動いていたんだ。

 

 丁度そのタイミング、彼女は運が良かった。

 地雷を踏み抜いて一秒も経たない頃、本当に偶然、まさにその瞬間、偶々その二つの希少鉱石を採掘したばかりのボクがそこを通りかかったんだ。

 別に、ボクは命を助けたかたかった訳じゃなかった。でも、丁度そこに実験台が転がっていたから、回収した。それだけだヨ。

 勿論実験は――もとい、手術は成功だ。この天才たるボクが直々に行ったオペレーションだからネ、当然だろう。

 

 ボクは彼女の爆破で消し飛んだ身体の代わりに、採掘してきたばかりの希少な鉱石を惜しみなく使い、新たなボディを作った。

 血も、骨も、肉も、欠損部位の全てを新たに作り直した。

 幸い、脳が生きていて、魂もまだそこに在った。なら簡単だ。

 ボクは全ての英知と財をつぎ込んで、彼女を創った。

 

 目が覚めた彼女に、ボクはこう言った。


『――おはよう、Type-GIGAタイプ・ギガ。今日からそれが君の名前だ』


 彼女はこう答えた。


『ぎ……ざ……?』

『違うヨ。ギガ、君はGIGAだ。“メガ”であるボクをも越える、最高傑作――Type-GIGAタイプ・ギガだ』


 Type-GIGAタイプ・ギガ――ボクの様な戦えないガイア族の落ちこぼれとは違う。メガを越えるギガ、それが彼女に与えた名だ。

 ボクを越える為に創り出した、最高傑作だ。

 

『ぎざ……、ギザ!』

『全く。発音が上手くいかないのか? 幼いからか、それともオペレーションの問題か――いや、それは無いな。まあ、良いだろう』


 幼さからギガという名を上手く認識出来なかった彼女は、結局成長した今でも“ギガ”ではなく“ギザ”と覚えてしまい、それが定着してしまった。

 面倒だったボクは彼女の名をギザと呼ぶ事にした。別に、名前なんて何でも良かったからネ。

 だから、このType-GIGAタイプ・ギガは裏コードだ。彼女の普段抑えている力を解放するための、オーバークロックの為のモードチェンジシステム。


 彼女の血液にもまた、液状の二種類の希少鉱石が流れている。

 それらは波動エネルギーを使って互いに結合し、ボディを自動で修復して行く。

 肉体の出力もまた飛躍的に上昇――最も、それも長くは保たない。

 仮にも人間の器だからネ、やがてオーバーヒートしてしまう。


 ――ま、オーバーヒートするまでの間“サンドバック”の方が保つか、という話では有るがネ。

 おっと、事が終わった様だヨ。



 見れば、二つの人物が倒れていた。

 一つは、十二波動神アテナ。身体の四肢を明後日の方向へ曲げて、ボロ雑巾の様に転がっていた。

 Type-GIGAタイプ・ギガの暴力的な、圧倒的な力によって、蹂躙された後だ。

 ギザの持つキューブの中には来人の波動の記録も含まれている。その王の波動を惜しみなく使い、再臨した十二波動神の『破壊』の力をも圧殺した。


 そして、もう一つ。Type-GIGAタイプ・ギガのオーバークロックを使用したギザの姿。

 全身から黒煙を噴き上げ、ぴくりとも動かないまま倒れている。


 メガはそんなギザの元へと、歩いて寄っていく。


「戦闘時間は――三十三秒といった所か。ふむ、少し超過してしまった様だネ。ギザ、動けるかい?」


 ギザは、答えない。答えられない。

 敵は倒した。しかし、ギザもまたその力を限界まで振り絞った。――結果、相打ち。


「オーバーヒート、か……。全く、無茶をしたネ。それも、お前のお友達の為、かネ」


 ちらり、と美海と奈緒の方を見る。

 腰を抜かしたまま、その場にへたり込んでいる。時折、ギザの名を呟きながら涙を流している様だ。


「ふん。この結果を勝利と呼んで、お前の死を美しいモノとして語り継ぐ事は、容易いだろうネ。でも――」


 すると、メガの身体はふらりと倒れた。


 

 ――でも、この結果を勝利と呼ぶ事を、ボクは許さないヨ。

 折角、ボクが与えた二度目の命だ。ここで捨て身で友人を救った程度で、満足して終わるのか? いや、その程度の価値ではないだろう?

 お前は、もっと幸せになるべきだヨ。


 “もう一回だ”。

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