天界サイド


 アナとティルは改めて、残った神々を集めて、天界の戦力を整え直す。


「現状は最悪と言ってもいいでしょう。主力級の神は殆ど死亡、もしくはあちら側へと寝返ってしまいました」


 ティルはまとめて戦力をリストアップし、その用紙をアナへと手渡した。

 あちら側――アークの側にはゼウスたち十二波動神が、そして来人とその契約者たちとも敵対してしまった。


「父上――ソル様も死亡、ウルス様も当面は再起不能。先刻カンガス様も倒れている所を発見されました。重症で、しばらくの療養が必要です。リクとモシャは行方が知れず――」

 

 ティルの口頭の報告も聞きつつ、アナは受け取った用紙を受け取り、ぱらぱらと即座に内容を確認して、

 

「問題ない。戦場において、味方の中に敵がいる事ほど恐ろしい事は無い。早々に離反してくれた方が、正確に方針を立てられるというものだ」


 アナのその言葉に嘘は無いが、本心でもない。

 指揮系統のトップとして気丈に振舞っているに過ぎない。

 ティルの言う通り、天界軍の戦力の総数自体が著しく減り、これ以上の被害は受け入れがたい。

 早急に体制を整え直し、ここで返しの一手を打たねばならないだろう。


 そこに、部下の一人が現れて報告が入る。


「報告致します。鎖使いとその仲間たちの逃走ですが、追手を付けていましたが、皆やられました」

「ゲートで先回りしていた者たちも、全てか」

「はい。部下の一部の報告によると、どうやらリク様もあちら側に付いている様で……」


 驚きの、それも現状において最悪と言ってもいい報告。

 それでも、アナは冷静に、

 

「……そうか、ご苦労だった。以上であれば、下がって休むといい」

「はっ」


 部下が下がれば、アナは小さく溜息を吐く。

 報告を隣で聞いていたティルは驚きを隠せんとばかりにアナに詰め寄る。

 

「アナ様! リクまでもが! やはり、混血の奴らは……」

「やめないか、ティル」


 アナは少しの間、思案する。

 そして、考えをまとめる様に話始めた。


「ライトはともかく、現状リクがあちら側へ着く理由が分からない。あの世良という少女自体、ライトの産み出した幻想で、誰一人その存在を認知していなかったはず」

「であれば、他に理由が……」

「それ次第では、まだこちら側へと引き戻す事も可能だろう。戦力が足りない以上、それも視野に入れたい」


 そう話している所に、「失礼ですが」と、黙って会話を聞いていたライオンのガイア族、ダンデが口を開いた。

 本来であれば神々の決めた命令に忠実に動く従者であり、口を挟む事なんてあり得ない。

 それが原初の三柱のアナ相手であればなおさらだ。

 だが、この緊急時に置いて上下関係以上に、一つでも多くの知恵と力が必要だった。

 だからこそ、誰かが言わねばならぬと、ダンデがその役を買った。


「アナ様、再びライト様たちと協力関係を結ぶ、という事は不可能なのでしょうか。浅学である自分には、世良という少女を救う事とアークを倒す事、その双方は矛盾していない様に感じてしまうのです」

 

 世良を救おうとする来人たちと、世良を殺そうとする天界軍。

 その亀裂さえ何とかすれば、不足分の戦力は大きく補える。

 何より、対アークにおいて王族の存在は必要不可欠だった。


 しかし、アナは首を横に振る。

 

「いいや、その世良という少女を救う事は叶わない。あれはアークの半身だ。生かしておけば、それを種としてアークは再び蘇るだろう。殺すしか、我々が生きる道は無い」


 和解の道は無い世良とアークはイコールであり、両者を殺すもしくは再び封印する事でしか、勝利はあり得ない。


 その後、何度か部下の出入りもあり、情報が集まって来た。

 そして、作戦をまとめたアナが集めた皆に概要を伝えた。


「まずは姿をくらまし世良との同調を待っているアークの居場所を突き止める必要が有る。第一部隊はあらゆる世界に手を広げ、潜伏先を探れ。

 そして次に、地球に十二波動神が現れたとの報告が入った。おそらく、ライトたちも地球へと逃げた可能性が高い。十二波動神の制圧と、可能であればライトたち離反者の捕縛は、ティルたち第二部隊に任せる。

 ただ、ゲートの殆どは破壊されてしまい、今は地球へと飛ぶ手段が無い。まずはゲートの復旧作業に当たってくれ。

 最後に天界の復旧だ。拠点が落ちれば、後は無い。ウルスの蘇生と、カンガスの回復も急ぎたい。腕に自身の無い神も集め、支援班として仮部隊を編成する。

 私もこのザマで戦える状態ではないから、指揮の傍らこの支援班に回ろう」

 

 こうして、天界の方針は決まった。

 アナは決して、緊急時に置いて後方でふんぞり返って命令を下すだけでは無かった。

 傷だらけの身でありながらも、各部隊に的確に指示を飛ばしつつ、自分も動き、治療や救護に走り回った。


 

 皆がそれぞれの仕事を熟す中、アナは今カンガスの横たわるベッドへとやって来ていた。

 全身に巻かれた包帯に血が滲み痛々しい。

 アナはそれを優しい手つきで、新しい物へと巻き直して行く。


「大丈夫か、痛むか?」

「このくらい何て事ない――っていうのは、無理があるな。すまんな、ババア、世話かける」

「ババアはやめろといつも――。まあともかく、アークを討つには王の血が必要だ、お前の力も要る、早く治して貰わねばならない」

「王の血、ねえ……。しかし、いつもなら一時間も寝れば治る傷だってのに、今日はどうにも治りが遅え。もう歳か?」

「いや、アークの『破壊』の影響だろう。今お前は修正でも治癒でもない、破壊された物を一から創造し直している状態だからな、時間もかかるさ」


 そう言って、アナは隣のベッドへと視線を移す。

 そこには身体の大部分を半透明の不確かな何かへと変貌させた、変わり果てたウルスの姿が有った。

 カンガスも頭だけを動かし、ウルスの方を見る。

 

「何とかなりそうか?」

「お前と違って、ウルスは『憑依混沌カオスフォーム』の影響で魂自体がアッシュに寄ってしまっていた。つまり、王の血が薄れて、アークの力への耐性が薄かった――」

「五分五分って所、か……」


 カンガスは頭の位置を元へ戻し、天井を仰ぐ。


「ったく、ゼウスのやつ、どうしてあんな真似を……」

 

 ゼウスは突如、少なくとも他の者から見ればあまりにも唐突に、アークへと寝返ってしまった。

 確かにゼウスは人間の血が混じる事を、天界という白く潔癖な世界に不純物が混じる事を、何より嫌っていた。

 そして、他の神だってその思想自体に強いて意を唱える事もなかった。

 “神は人よりも優れている”そういう思想は、誰にだって心のどこかに在ったからだ。


「その思想からか、はたまたアークのカリスマ性か、あるいは洗脳の類か……。どちらにせよ、敵に回ったと言う事実に変わりは無く、アークの力をその身に受け入れてしまった以上、もはや完全に堕ちたと見ていいだろう」


 しかし、だからといって邪神に与するなどとは予想だにしなかった。

 その胸中は、誰にも推し量る事は出来なかった。

 例え血を分けた兄弟だったとしても。

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