開戦、そして


 扉の先は、いつもと変わらない王の間だ。

 部屋の中央には液状化したアダンの居住区となっている泉があり、壁には食器棚や部屋の隅にはアナの定位置である畳み張りの茶飲み空間と、やけに生活感の有る空間。


「遅かったね、ライト。君が一番最後だよ」

「おまたせ、アダン君」


 来人が挨拶をするよりも早く、真っ先に迎えてくれたのは、泉からひょっこりと上半身と思われる部分の液体を覗かせていたアダンだ。

 そして、泉の縁には着物姿のアナが腰を下ろしていた。

 部屋の中には先に来ていたライバルたち、陸とティルが立っていて、その傍には勿論各々の相棒のガイア族、モシャとダンデも居る。


 初対面でアダンを初代神王だなんて知らなかった来人は、その少年の様な立ち振る舞いから、つい君付けで呼んでしまい、それが定着してしまった。

 ティルはそんな来人を信じられないといった表情で一瞥するが、来人ももう慣れた物で、特に気にもしない。

 

 アナもアダンが反応した事によって来人の入室に気付いたのか、腰を上げる。

 

「ようやく揃ったようだね。それでは、舞台へと向かおうか」


 そう言って、アナが王の間の奥の何もない白い壁へと歩み寄り、そっと手を触れる。

 すると、その細い指先で触れた部分から光の筋がすうっと縦に真っ直ぐと伸びて行き、やがて左右に分かれ、眩い光に包まれたゲートとなった。


 アナはゲートの展開を終えると、首だけを小さく動かして振り返り、


「アダン、留守を頼んだよ」

「うん。行ってらっしゃい、アナ」


 そして、アナはゲートを潜り、光の先へと入って行く。


「それじゃあ、僕たちも行こうかー」

「ふん」


 陸とモシャがそれに続き、それに続いてティルとダンデ。

 最後に、来人とガーネ。


 来人はゲートを潜る前に、振り返る。


「うん? どうしたんだい?」


 アダンは泉の一部が盛り上がる様に上半身部分の液体だけを出して、ゲートの先へと進んで行く子たちを見送っていた。

 身体も顔もないその状態のアダンからは、その表情は窺い知れない。


 来人はそのアダンの言葉に答える事は無く、静かに首を振った。

 そして、光の先へと足を踏み入れた。



 一瞬で視界を覆う眩い光に目を細めるが、それもすぐに晴れて行く。


「――わあ!」


 光のゲートを抜けた来人たちの視界に飛び込んで来たのは、周囲を円形に囲む観客席。

 そして、神々たちの空気が震える程の大歓声だ。

 

 まるで古代ローマのコロッセオを思わせる様な、円形の舞台。

 その中央に、来人たちは現れたのだ。

 

「皆、新しい王の誕生を今か今かと心待ちにしているネ」

「勿論、勝つのは陸だけどね」

「んネ!? らいたんとネが勝つに決まってるネ!」


 来人と陸がぐるりと周囲の観客席を見渡している中、足元で犬猿の仲の相棒たち――ガーネとモシャがじゃれている。


「――こほん」


 そんな束の間のゆるりとした時間を割ったのは、アナの咳払いだった。

 一気に皆の間に緊張が走り、空気が締まる。


「君たちはあそこだ」


 そう言って、アナが指したのはコロッセオの中央に配置された、舞台――三つのお立ち台だ。

 神々の紋章を象った三角形の三つの頂点に、それぞれ神と相棒の二人が立てる程のスペースの、三つのお立ち台が用意されている。


 アナに言われる通り、三者三様、それぞれがその舞台へと立つ。


「行くぞ、ダンデ」

「はい、ティル様」


「陸、僕たちも」

「うん、頑張ろうねー」


「ガーネ」「らいたん」


 来人とガーネは二人同時に互いの名を呼び、そして目を見合わせて軽く笑い合った。

 そうして、三チームの王位継承戦参加者が、定位置へと着いた。


 すると、音響機器を通した声がコロッセオに響き渡る。


「――あー、てすてす。おっけー、いい感じだな」


 その声は来人たちの祖父であり、二代目神王、ウルスだった。

 見れば、ウルスはコロッセオの観客席を割る様に作られた、上からコロッセオ全体を見渡せるようになっている特等席に居た。

 

 そこにはウルス用の玉座に加えて、ひな壇状に並んで同じ様な――他の王族用の席も用意されている。

 全部で三段に分かれて、八席ある。


 頂上の二席は空席だ。

 それらはおそらくこの後アナが座る物と、身体が有ればアダンが座るはずだった物だろう。

 

 二段目にはウルス、ゼウス、カンガスが座っていて、中央に座したウルスがたった今マイクを持って立ち上がった所だ。

 一際大男のウルスの玉座は、それに合わせて大きめに作られていた。


 三段目には三席有るが、座っているのは一席だけ。

 そこに居るのは若々しい好青年の様に見えるが、にこやかに来人たちの方――いや、ティルに向かって手を振っていた。

 三段目に座しているのはティルの父親、ソルだ。

 故人であるリューズの席と、そして行方不明のライジンの席は空席となっていて、その三段目だけ少し寂しい。

 

 ウルスの粗雑な威厳も何もあった物では無いその第一声に、アナは静かに溜息を吐き頭を抱えながらも、中央の舞台の中央へと立った。

 アナを中心として、三人の神王候補者たちが囲む形で、神々の紋章を模した形を作っている。


「現神王、ウルスだ。今日は新たな王を決めるこの場に、多くの者が集まってくれた。皆に感謝を。――そして、戦場へと赴く、誇り高き戦士たちに激励を!」

 

 ウルスがそう言うと、コロッセオは一斉に沸き上がる。

 拍手と歓声の嵐が、会場全体を包み込み、熱を上げて行く。


 その嵐が落ち着くのを待って、ウルスは続ける。


「これより、三代目神王候補者、王位継承戦を執り行う!

 純潔の王子、ティル! 死神、大熊陸! 鎖使い、天野来人!

 三者、全身全霊を持って挑み、力を出し切り、戦え! そして、最後に立っていた者こそが、我々神々の新たな王として、君臨するのだ!

 この俺を超え、そして新たな時代を築き上げろ! ここで、その戦い、しかと見届けよう!!」


 アナが自身の指の先を小さく切り、そして舞台の中央へと血を一滴垂らす。

 その血の雫が舞台へと触れると、舞台は輝きを放ち始めた。


 神王候補者たちは武器を取る。

 

 来人の髪色は白金へと染まる。

 首から下げた柱――絆の三十字と、そして二本目の柱――「く」の字と「V」の字の開いた方同士を合わせたおかしな形の王の証と呼ばれる、神王候補者の証。

 その二本の柱を金色の剣へと変え、両の手に握る。

 剣全体が十字架の形の一振りと、柄の部分が王の証の意匠を残した一振り。

 剣を握る拳には『鎖』が巻き付き、その得物を手放さぬよう、固く縛り上げている。


 足元のガーネもまた、その身体を大きく、狼の様に変化させる。

 口には透き通る氷の様に美しい日本刀を咥えている。


 陸は以前までとは異なり、初めから白金色の髪だ。

 一つ目の柱――王の証を変化させた大鎌を肩に担ぎ、二つ目の柱――想いでのくたびれた小さな熊のぬいぐるみを変化させた、影の様に黒いマントを羽織る。

 蒼い炎が風に靡くマントの端を怪しく彩り、その姿は、まさに死神。


 相棒のモシャは、そんな主人の肩に乗っている。

 いつもの様に、首元にそっと寄り添う。

 

 ティルは柱とする王の証を弓の形へと変える。

 光りの輝きを放つ、金色の弓――その弓の上下に伸びる弧は、まるで羽根の様。

 左手に弓を構え、右手には『光』の矢を数本生成し、指の間に挟んで構える。


 相棒のダンデは、そのライオンのたてがみに『雷』を纏い、バチバチと火花を散らす。

 『光』と『雷』、二色の輝きのコントラスト。

 

 そして、ウルスの空間を割る程の力強い号令。


「――さあ、開戦だ!!!!」

 

 ――しかし、その時だった。

 

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