#EX3 テイテイ
来人が初めて俺の前に現れたのは、家で開かれたパーティーだった。
俺の家は中国の所謂裏の仕事、マフィアの家で、父は定期的にその繋がりの要人を集めて、横の繋がりを広げる為にパーティーと称した会を開いていた。
もっとも、まだ幼かった俺にはそれらは殆ど関係の無い事で、大人たちが交流を交わす間、俺は他のパーティー参加者の子たちと共に、子供用の待機部屋に居た。
その待機部屋も使用人たちがパーティーと同じで豪華な食事や甘いお菓子を用意してくれていて、他にも暇を持て余さない様に世界各地から集められた多種多様なボードゲームや、絵本なんかも置いてあった。
子供の頃の俺は、そこで客人の子たちと勝負して負かすのが目的となっていた。
勝負の手段は何でも良かった。
間違い探しの絵本でも、ボードゲームでも、スポーツでも。
父は俺にこう言ったのだ、「友達でも作りなさい」と。
しかし、この時の俺は友達の作り方を知らなかった。
だから、勝負して負かせば子分に出来る、そう思って勝負を挑んでいた。
子分は友達ではない何て今では分かる当たり前の事も、当時の俺には区別が付いていなかった。
何せ、親が部下を顎で使うマフィアのボスだ。
それが日常であるが故に、友も子分も一緒に考えてしまっていた。
その日も俺は、綺麗でお高そうな服に身を包んだお坊ちゃん方を見つけると、勝負をけしかけた。
でも、誰とやっても俺の圧勝だった。
まあそれも当然で、そもそも俺はこの部屋にあるゲームを全て遊び尽くしていて、常に部はこちらに有ったのだから。
しかし、それもあいつが現れるまでの事だった。
丁度、一人の子をオセロでボコボコに負かして、泣かせていた時、
「――ねえ、僕とも遊ぼうよ」
そう声を掛けて来たのは、日本人の少年だった。
短めの黒髪で、何も知らなさそうな普通の男の子。
やけに流暢に中国語を話すんだな、と思いながらも、俺はそれを挑戦状だと受け取って、二つ返事でそれを了承した。
「何で勝負する? 何でもいいぜ、俺は負けないからな」
俺がそう挑発する様に言うと、その日本人はざっと部屋を見渡した後、俺がさっきまでやっていたオセロに視線を落として、
「じゃあ、それやろうよ」
と、オセロ盤を指差した。
俺は内心ほくそ笑んだ。
他の同年代の子供よりも賢かった俺にとって、オセロを始めとしたボードゲームは朝飯前だ。
先程の子と同じ様に、一捻りして屈服させ、俺の子分にしてやろう。
そう思って、俺はオセロ盤をその日本人との間に置いて、
「いいぜ、来いよ」
結果から言おう、俺の負けだった。
それは俺の人生で初めてと言ってもいい、敗北だった。
決して圧倒的な大差があった訳では無い。
しかし、一歩及ばずに、俺は負けた。
悔しさに打ち震えた俺は、
「今のは運が悪かった、偶々だ! もう一度、勝負しろ!」
と、食って掛かった。
勿論当時の俺だって、オセロに運もクソも無い事なんて重々理解していた。
それでも、敗北を知らなかった俺の口からは、恥ずかしげも無くそんな言葉が出ていた。
日本人の少年は勝ち誇る事も無く、俺を蔑み嘲笑う事も無く、
「うん、いいよ!」
と、快諾。
俺たちは何度も、何度も勝負した。
それはオセロだけではなく、他のボードゲームを引っ張り出して、そしてついにはサッカーボールを引っ張り出して庭に出る所にまで及び、その勝負が終わったのは、親たちが迎えに来た時だった。
何故そこまで勝負が続いたのか。
それは常に勝敗が五分五分だったからだ。
俺が勝ったところで終われば良かったのに、その時の俺は負けず嫌いで、
「もう一本だ! 二本差を付けた方が勝ちって事な!」
と、そんな事を言い出してしまった。
もしかすると、二戦目で俺が負けていれば諦めもついたかもしれない。
これが実力だ、あの日本人には勝てない、と。
しかし、幸か不幸か、二人の実力は互角だった。
オセロの二戦目を勝利してしまった俺は、調子づいてしまったのだ。
結果、丸一日を通して勝負は続いてしまった。
全くの互角であったが故に、二本差が付く事無く、タイムリミットを迎えてしまった。
俺はまだ帰りたくない、終わりたくないと父に駄々をこねたが、相手は客人だ、勿論そういう訳には行かない。
そんな俺に対して、日本人の少年は、
「また来年、父さんと一緒に来るよ! そしたら、また遊ぼう! だから、君の名前を教えてよ!」
「……俺は、テイテイだ」
「僕は来人! 絶対に、絶対に約束だからね!」
そう言って、日本人の少年、来人は帰って行った。
来人が帰ってから、俺は思った。
「ああ、楽しかったな」と。そして、気付いた。
俺が“勝負”だと言っていたこれまでの時間を、来人は“遊び”と言っていた。
来人は俺と違って、本気で相手を負かそうとしていた訳では無い。
ただ、楽しく遊んでいただけだったんだ。
この時、ようやく分かったのだ。
友達とは、相手を屈服させてなる物では無いのだと。
その簡単な気づきは、俺の世界に鮮やかな色をもたらしてくれた。
来人が、俺の世界を彩ってくれた。
そんな風に、初めて出来た対等な友達、それが来人だった。
それから、居ても経ってもいられなかった俺は、父に頼み込んで、日本へと飛んだ。
「来人、きっと驚くだろうな」なんて、期待に胸を膨らませながら。
我ながら、小学生上がりたての子供の行動力ではないだろうと、今なら思う。
でも、一年だなんて時間、その時の俺は待てなかった。
一刻も早く、そして毎日でも、来人と遊びたかったのだから。
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