純血の王子の相棒


 ティルが不機嫌そうに長の間を出た後。

 その場にはエルフの姿をした長リーン、その従者でありイリスの兄ジャック。

 そして来人一行の面々、来人、イリス、ガーネ、ジューゴ、カンガスと、更にティルに置いて行かれてしまったティルの相棒のダンデが残された。


 ダンデはやれやれと言った風に小さく溜息を吐き、長のリーンの方へ頭を下げる。


「ティル様が、失礼しました」

「いいのよ、ダンデ。あなたも折角の里帰りなのだから、ゆっくりして行くと良いわ」


 そう言葉を返すリーンには来人と接する時の恭しさは無く、家族と接するみたいな砕けた雰囲気があった。

 ダンデもその言葉を聞き、少し肩の荷を降ろした様だ。


「ありがとう、リーン。君も長の仕事ご苦労様」

「あなた程じゃないわ、私はここに皆に助けてもらってばかりだもの」


 そう言って、リーンは傍付きのジャックの方に視線をやる。

 ジャックはその視線に気づくと、少し誇らしげに肩を竦めて答えて見せ、それを見たリーンもくすりと微笑みを返す。

 そのやり取りだけで、彼らの事情に詳しくない来人にも二人の硬い信頼関係が見て取れた。


「ダンデもここの出身だったんだ」

「そうですわね。ここ自然の大地にはネコ科の姿を模したガイア族が多く暮らしていますわ。わたくしも元々兄の様な姿でしたわよ」


 来人はイリスの動物の姿、兄ジャックの様なジャガーの姿を思い浮かべる。

 しかし、人型でメイド服を身に纏ういつもの姿の印象が強すぎて、あまりイメージが湧かなかった。


「なるほど。そういえば、確かにここに来るまでに会ったのもチーターの女性でした」

「ああ、ミーシャですわね。彼女はわたくしの友人ですわ」

「そうだったんですね」


 そう言えば、チーターのじょせミーシャもイリスの事を親し気に話していた様な気がする。

 

 これまで来人が聞いて来た情報から、ガイア族たちの年齢や関係性が見えて来た。


 ジャックとイリスが兄妹関係で、来神の契約者であるイリスはおそらくダンデよりも年上だ。

 そして、会話の雰囲気からダンデとリーンは同年代。

 つまり、ジャックは年下の少女であるリーンの騎士として仕えている事になる。


 そう思って見るとエルフとジャガーというあべこべな図だが、自然の大地の長と従者もまた兄妹の様に見えてきた気がする。

 しかしイリスにしろリーンにしろ、妹が神格持ちで一人ライオンの姿をしているジャックの心労は絶え無さそうだ。


 そう来人とイリスが話していると、リーンとの話を終えたダンデが来人達の方へ向かってきた。


「来人様も、いつもティル様がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

 そして、そう謝罪の言葉と共に獣の頭を下げる。

 その姿は普段来人が見ているティルに従順なライオンのそれではなく、少し以外で来人は返す言葉がすぐに出て来なかった。

 そんな来人の様子を見たダンデは特に返事を待つことなく、言葉を続けた。


「ティル様はプライドの高いお方です。ウルス様とゼウス様、お二人の偉大な神のお孫という誇りと重圧が、あの方を形作っています。――ですが、ああ見えてとても心の弱い方です。ああやって気丈に振舞っていなければ、その重圧に押しつぶされてしまうのでしょう。どうか、お気を悪くされないでください」

「それは――。うん、別に怒っても、気にしても無いよ。大丈夫。でも、僕にそんな話して大丈夫なの?」


 そう来人が問うと。ダンデは自嘲する様に笑って答えてくれた。


「そうですね、ティル様に聞かれると怒られてしまいます。どうかご内密に」


 そう言って、純血の王子に従順に使えるライオンのガイア族は主人を追って長の間を出て行った。

 その後、

 

「らいたん、ネはもうお腹ペコペコだネ」

「僕も疲れました~。炎の大地は熱くて暑くて、もう堪らないのです。水に浸かりたいのです」


 ガーネとジューゴの先輩後輩コンビは既に疲れ切って静かに丸まっていたが、話が終わったのを見るにすぐに声を上げた。

 そんな困った弟分たちを見たイリスはくすりと笑って、


「そうですわね。では、今日はわたくしの実家で休みましょうか。母様が美味しい食事を作って下さいますわ」


 と、提案した。

 ガーネとジューゴは「やったー!」とぴょんぴょんとはしゃいでいる。

 先程去って行った生真面目なダンデと対照的に、能天気でお気楽な二人のガイア族。


「それでは。リーン、また会いに来ますわね」

「ええ、私はいつでもここでお待ちしております」


 にこりと微笑み、リーンは答える。

 そして、イリスは兄のジャックに向き直る。

 

「お兄様は?」

「ああ。俺も遅くなるが帰るよ」

「分かりましたわ。お兄様もご無理なさらないようにしてくださいね」

「何、俺は大した事をしていない。大丈夫だ」


 ジャックがそう答えると、イリスは困った様に眉を下げて、微笑みを返す事で答えた。


 そうしてイリスの実家へと向かおうと一行の目的が定まった所で、カンガスが声を上げた。


「それなら、俺はここでお別れだな」

「あれ? カンガスさん、行っちゃうんですか?」

「ああ。俺の元々の目的、話しただろ?」

「えっと、確か――そうだ! ガイア鉱石!」


 そう、元々カンガスは山の大地の長の住む山で採れる希少な鉱石、ガイア鉱石を掘る為にここガイア界へ訪れていたのだ。

 もっとも、それも突然地下空間アビスプルートに落ちるという事故若しくは事件に巻き込まれる形で、炎の大地コルナポロニアすらも越えて、ここ自然の大地リンクフォレストに来てしまった。

 だから、カンガスは当初の目的を果たすべく来た道を逆に戻らなければならないのだ。


「そうだ。俺は山の大地に戻ってガイア鉱石を掘らなきゃならん。帰りにまた中央都市メーテルで合流しようぜ」

「分かりました。ありがとうございます」

「おう。またな!」


 そう言って、大剣を担いだ獣人の武器屋は颯爽と木々を跳んで去って行った。


 そうして、来人たち一行は再び半神半人ハーフの主人と三人のガイア族のパーティに戻り、イリスの実家へと向かった。

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