存在しえない襲撃者


 来人はカンガスと共に、砂を踏みしめながら地下空間アビスプルートを進んで行く。


「――そう言えば、空間の崩落と同じ様な物を、以前にも見た事が有ります」

「む、そうなのか? そうそう見る物でもないと思うが……」

天山てんざんでお爺ちゃん――、二代目が空間の蹴り破った時に」

 

 修行の為にウルスの元を訪れた時、ウルスは頂上へのショートカットの為に空間をぶち破って見せたのだ。

 しかし、あの時は今回の様に地鳴りは起こらなかった。

 

「ああ、ウルスか。あいつもまた規格外だからな。今ここにウルスが居れば、地震を起こす事も無く地上まで空間を繋げてくれるんだろうが――」


 ウルスの豪快に見えて繊細な技なら、地震という悪影響を全く起こす事無く空間に穴を空ける事が出来るだろう。

 もっとも、ここに居るのは来人とカンガスだけなので、ないものねだりでしかないのだが。


 地下空間は天井を見れば鍾乳洞の様な尖った岩、足元を見ればサラサラとした歩き辛い砂、灯りは石柱に生える苔の薄く淡い明かりのみという、静かで寂しい何も無い空間だ。

 そんな静かな空間で、ぽつりぽつりと時折会話を交わしながら歩く二人。

 二人の声だけが地下の世界に響いている。


 しかし、しばらく歩いた頃、二人の物とは違う音が耳に入って来た。

 それは砂や石が落ちるような音では無く、明らかに生き物が砂を踏みしめる音だ。

 それが一つや二つではなく、複数ある。


「なんだ……?」

「気を付けろ、鎖使い。ここに俺たち以外の誰かが居るはずがない」


 来人はカンガスの言葉に頷き、三十字と王の証の二つの柱を変化させた二本の剣を、そしてカンガスも背に背負っていた身の丈の倍は有る大剣の長い柄を両手で握り構える。

 地下の暗闇からゆっくりと音の主は砂を踏みしめる音と共に姿を現す。

 

「――鬼!?」


 現れたのは、紛れもなく鬼だった。

 三本の角を生やした人型の鬼が数体の群れを成している。


 しかし、おかしい。


「どうして、鬼がこんな所に」


 鬼とは人間の魂が歪に変質した物だ。

 つまり、人間の居ないガイア族だけの世界、ガイア界において本来鬼は発生しえない。

 

「俺もガイア界で鬼が現れたなんて話、聞いたことが無いぞ。この世界で、何が起こっているんだ……」


 来人の何十倍も生きて来たであろうカンガスですら初めての現象。

 ガイア族の暴走、鬼の発生、そのどちらも通常ではあり得ない異常事態。

 このガイア界の裏で何か大きな事象が起こっている事は明らかだ。


「とにかく、こいつらを片付けるぞ」


 髪を白金に染めた来人はそう言って、剣を握って鬼に向かって駆けだす。


「鎖使い、お前なんか雰囲気が――。まあいいか、行くぞ」


 鬼の群れは異界を産み出す事も無い通常固体。

 どれだけ数が居ようと、二人の敵ではない。


 来人は鎖を巻き取る高速移動を巧み操り、鬼の群れの中を縦横無尽に動き回って斬りつける。

 カンガスは群がる鬼たちをその大剣の大振りな一振りで薙ぎ払う。


 全く苦戦する様子も無く、あっという間に現れた鬼の群れは全滅してしまった。

 戦闘終了、来人の髪色は神化した白金から元の茶へと戻って行く。


「――なんだ、大した事無かったな」

「そうですね。異常事態で警戒してましたけど、本当に普通の鬼が湧いただけなんでしょうか……?」


 そう話しつつ、倒した鬼の“核”を拾おうと足元へ目をやりながら近づいて行く。

 しかし――、


「あれ? 核が、無い……?」


 来人がどれだけ探しても、砂の地面のどこにも核らしき石ころは見当たらなかった。


「そんな訳無いだろう。暗くて見つけ辛いだけじゃないのか?」


 カンガスもそう言って、大剣を地に突き刺して置いたまま核を探してみる。

 しかし、どれだけ砂の山を掘って探しても、核は見つからない。

 鬼を倒したというのに、後には虚無しか残っていない。


「そんなバカな……。じゃあ、あいつらは何だったんだ……?」


 鬼は本来倒した後核を落とすものだ。

 そうでなければ、鬼となってしまった魂を再び輪廻の輪に戻す事は出来ない。


「鬼では無い、或いは何か変化の有った鬼――」


 来人の脳裏に浮かんだのは“鬼人”の存在。

 今回現れた彼らは鬼人では無かったが、そういう変異個体が存在する以上、何か別のベクトルで変化を起こした個体が居てもおかしくは無い。


「そんな固体が居ればの話だがな。まあいい、考えていても仕方がない、先を急ごう」

 

 しかし、鬼人の存在を認知しているのはこの場では来人だけで、カンガスは知り得ない事だ。

 カンガスは変異種の存在を一蹴して先に進んで行くので、来人もそれに追従して行った。

 


 ――二人が去った後、鬼の出現地点。


 砂山の中から、ぼんやりと黒い煙が立ち上る。

 そして、そこには先程まで存在していなかったはずの“核”が現れた。

 

 それは元々そこに在った物だ。

 決して無から現れた訳では無い、ただ来人たちには“見えなかった”のだ。

 視覚、嗅覚、触覚、あらゆる五感の情報が書き換えられていた。

 ――『幻覚』のスキルによって。

 

 そのいくつも落ちている核を、フードを被った一匹のガイア族が一つずつ拾って行く。

 そのガイア族は、来人がディープメイルの騒ぎの中で見た人影と酷似している。

 拾い上げた核には黒いぼやぼやとした何かが纏っていて、それもまたリヴァイアサンとなったジュゴロクの身体から抜け出した黒い何かの様。

 

 フードのガイア族は、全ての核を拾い終えるとぼそりと呟く。


「――ゼノム、待っていてくれ。もう少し、あともう少しだ」


 そして、フードのガイア族はぼんやりと風景に溶け込んで消えて行った。

 まるでその場には元から誰も居なかったかのように、何も無かったかの様に。

 幻の存在、フードを被った影のガイア族。

 

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