起こる異変

 契約の儀。

 ジューゴがヒレを伸ばして来人の手を取ろうとした、その時。


 ――ドゴオオオン!!

 

 轟音が響き渡り、海底の塔を揺らす。

 

「なんだ!?」


 地震――では無いだろう。

 揺れと轟音は断続的に響き、それは何か大きな物が塔にぶつかっている様だ。


「坊ちゃま、外の様子を見に行きましょう」

「はい!」


 イリスの先導の元、一行はスイの部屋を出る。


「私たちも様子を見に行きましょう。ジュゴイチ! ジュゴツー! 行きますよ!」

「「はい、姫様!」」


 来人たちの後ろをスイと併進も二人も追う。

 

 行きと同じエレベーターで地上へと戻る間も、同じ揺れは何度か続いていた。

 電気で動いている訳では無い、魔法の様なガラスの筒なので止まる事は無いだろうが、それでも不安感は消えない。


 地上へ出れば、水上都市は崩れていた。

 火の手が上がっている場所も有り、ガイア族たちはある一体の大きな怪物と戦っていた。


 長い巨体をしならせる、大きな蛇の様な姿。

 海だけでなく、その巨体は空にまで身体を伸ばしている。


「あれは――竜? にしては、背びれとかは魚っぽい?」

「リヴァイアサン、ですわね」


 神話上の怪物、海竜リヴァイアサン。

 それを見たジューゴが声を上げる。


「あれは――、ジュゴロク!?」

「え!? あれ、ジューゴの弟!?」

「間違いありません! あの姿は変化したジュゴロクの姿です! しかし、あれほど大きくもないし、暴れている理由も分かりません」


 ジュゴイチとジュゴツーも口を揃えてジュゴロクの名を呼ぶ。

 つまり、あの暴れている海竜は彼らの末の弟で間違いはないらしい。

 しかし、我を忘れて暴れている。


「ガイア族が突然暴走する怪現象――。ジャック兄さまからの手紙の内容と一致しますわ」


 イリスがガイア界へ帰省したきっかけ、家族からの手紙。

 そこに記されていた怪現象の内容と、今眼前で起こっているジュゴロクの暴走、それらが一致する。


「ジュゴロク! ジュゴロク! 聞こえないの!?」


 その間もジューゴは弟に声を掛け続ける。

 しかし、答えは返って来ず、その代わりに暴れて海上都市を破壊して行く。

 幸い堅牢な中央塔はまだ無事だが、このまま放置しておけば時期に塔も崩壊し、海に沈むだろう。


「ジューゴ、最初の仕事だ。あいつを止めるぞ」

「でも、あれは弟なのです……」

「分かってる、だからこそだ。止めなければ、全て破壊し尽くすか、あいつが死ぬまであのままだぞ」


 来人の髪が、白金に染まる。


「俺に任せて、お前はその身を預けろ。お前の弟は、助け出す」

「王様――。はい、分かりました!」


 来人は手を差し出し、ジューゴはヒレでそれを握る。

 

 ――二人は、眩い光に包まれる。


 契約の儀の完了。

 そして、来人の姿が変化する。


 全身を覆うまるで岩のように硬い堅牢な装甲。

 背中からは鎖で出来た腕が生え、そこにはいつもの二本の金色の剣が握られている。

 それは、ジューゴと『憑依混沌カオスフォーム』した姿だ。


『王様、この姿は!? あれ? 僕が王様で、王様が僕で?』


 状況が呑み込めず慌てるジューゴの声が来人の頭に響いてきて、その微笑ましさに頬を緩ませる。

 そして、来人は自身の視界の端へと目をやる。

 そこにはメガから貰った新たなデバイス『メガ・レンズ』と名付けられたコンタクトレンズによって、リアルタイムで来人の状況をモニターしたデータが数値として表示されていた。

 そこに表示されている“シンクロ率”は20パーセント。

 この数値が高ければ高い程、重ねた器を呑み込んでしまうリスクが高まる。

 出会ったばかりのジューゴとのシンクロ率はそれ程高い物では無く、これならジューゴを呑み込んでしまう心配も無く、安心して戦える。


「行くぞ、ジューゴ」


 そして、ジューゴの器を重ねた来人はリヴァイアサンとなったジュゴロクに向かって行く。

 そのまま硬質化した全身を使って全力のタックルをリヴァイアサンの額にぶつける。

 互いのぶつかる衝撃で、水面に大きな波紋が起こる。


 ふらつくリヴァイアサンだったが、そのまま反撃。

 首を震わせて口から水のブレスを放ち、来人はそのブレスに呑み込まれる。


「らいたん!」

「坊ちゃま!」


 ガーネとイリスは助けに入ろうと体勢を取るが、すぐにその動きを止めた。

 何故なら、来人はリヴァイアサンのブレス攻撃を受けてもなお、無傷でそこに立っていたのだ。


『僕のスキルは『岩』なのです! 全身を堅く、硬く、そして固くする! 防御なら任せてください!』


 兄たちがジュゴン族らしくない、鍛錬が足りないと評したジューゴのスキルは防御の力。

 本来水系の能力を得意とする水の大地に暮らすガイア族らしくない、地味な能力だ。

 それでも、その鉄壁の防御は他にはないジューゴ独自の色であり、そして今暴走するジュゴロクを殺す事無く諫める為には最も適した力だ。


 そして、来人の周囲には“バブル”が浮かんでいる。

 食らった水のブレスを、そのまま『泡沫』で反射する。


『くらえ! ジューゴカッター!』


 『岩』で出来た刃状の礫を放ち、リヴァイアサンの巨体を打つ。

 

 来人とジューゴ、二人の力を合わせる事で戦闘の手札は多く、あらゆる手段でリヴァイアサンの攻撃を往なしていく。

 しかし、相手がジューゴの弟ジュゴロクだとなると本気の攻撃を加える訳にも行かず、どれも決定打になり得ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る