力と技術
来人たちが
テイテイもまた、自身の力不足を感じていた。
(俺は『
テイテイは人間だ。
神ではないその身でありながら、充分以上に健闘し、そして来人に繋いだ。
テイテイ無くして勝利は無かっただろう、あれは来人とガーネを合わせて三人でもたらした勝利だ。
しかし、テイテイはそれでは満足出来なかった。
一度は目の前で親友の秋斗を失い、そしてもう一人の親友来人だけは守ると誓った。
今の自分では、来人を守れない。誓いを果たせない。
力が、もっと力が欲しい。
そして、そう思っていた時に
変わり果てた、もはや人間ではない異形の姿となっていた。
しかし、それでも失ったはずの親友は帰って来た。
今はまだ以前の様に共に遊び、笑い合う事は出来ない。
それでも、秋斗の魂はまだこの世に存在する。
存在するのであれば、人間に戻す手段もどこかにあるはずだ。
以前は“秋斗の仇を討つ事”を目的として動いて来た来人とテイテイだったが、その復讐も果たされ、そして秋斗と再会を果たした。
だから、二人の新たな目的は“秋斗を人間に戻す事”になっていた。
三人はそれぞれ、別のルートと手段を以て同じ目的に向かって歩いている。
人間であるテイテイには“鬼を人間に戻す手段”なんて探しようもないし、当てを付ける事すら出来ない。
だからこそ、あらゆる場合に備えて、何時如何なる時でも二人の力になれるように、より自分を磨き鍛え上げる事にした。
秋斗を失ったあの日からずっと研鑽を続けて来たテイテイにとって、それが最も自然な事だったし、何よりそれ以外のやり方を知らなかった。
そんなテイテイは、ある場所を訪れていた。
そこは小さなボクシングジム。
今の時間は門下生は居らず、施設内にはたった一人だけ。
テイテイはその人物に声を掛ける。
「――
そこに居たのは、以前にメガコーポレーションで出会った美海の友人、ボーイッシュな王子様風の女の子、
ここは奈緒の家が経営しているボクシングジムであり、奈緒もその手伝いをしていた。
「やあ、テイテイじゃないか。どうしたんだい?」
奈緒はいつもの王子様の様に爽やかな挨拶を返す。
「より強い力を、技術を求めて、鍛えに来た」
「ここは小さなボクシングジムだよ、テイテイの求めている物は無いと思うけど」
実際、ここがただのボクシングジムであればテイテイ程の男が今更得られるものは無い。
だがしかし、テイテイがここに来たという事は、それは意味があるからだ。
「――カンガルーマスク」
そうテイテイが言うと、奈緒の表情が少し硬くなる。
「ボクシング界の有名な覆面ボクサーだね、知っているよ。それがどうかしたのかい?」
「誤魔化さなくても良い、知っている」
奈緒は小さく溜息を溢す。
「はぁ、どこから聞きつけて来たんだか……」
「伝説の覆面ボクサー。独特のステップ『カンガルースタイル』を用いて全てをねじ伏せた完全無欠の王者。俺はその技術を求めて来た」
中国拳法を修めたテイテイにとって、“力”にもっとも近しいのは“技術”だ。
拳法、格闘技、ありとあらゆる体系化された肉体の正しい使い方、より優れた戦闘技術を求めた。
それが神の力よりも何よりテイテイが信頼している物だった。
そこで目を付けたのが、奈緒の父親であるカンガルーマスクだった。
『カンガルースタイル』と呼ばれる独特のステップを用いて、相手の攻撃を全て見切って回避し、クリティカルなカウンターを叩き込む神業だ。
「――確かに、過去に父はそう呼ばれていたよ」
「親父さんはどこに?」
「生憎、父はここには居ないよ。今はもう身体を壊してリングに立てない、あの伝説の王者はもう居ないんだ」
「そうか……。では、あの技術は既に失われたのか……」
テイテイの声のトーンが落ちる。
ある日を境に忽然と姿を消したカンガルーマスクは既に戦えない状態だった。
「いいや、そうとは言っていないよ」
「……?」
奈緒は上着を脱ぎ棄て、グローブとヘッドギアを装着してリング上に立つ。
「――『カンガルースタイル』、父の一人娘たる私が、その継承者だ。来いよテイテイ、その身体に叩き込んでやるよ」
テイテイは静かに、リングに上がる。
天野邸。
イリスはいつもの様にポストを開ける。
「あら? 何かしら」
新聞や請求書や広告の見慣れた紙の束の中に、一つ見慣れない物が有った。
くるりと裏返し、差出人を確認する。
しかし、そこには文字が書かれておらず、代わりに肉球のスタンプが押されている。
「これは、ガイア界からの――!」
その肉球のスタンプは、イリスたちガイア族の故郷、ガイア界から送られた物だという事を意味していた。
イリスは急いで中を確認する。
「――さて、どう致しましょうか」
手紙を読み終わったイリスは、途方に暮れる。
主人であるライジン不在である今、舞い込んで来た“厄介事”。
果たして、自分はどうするべきなのか――。
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