ティルVS『翠』の鬼

 ――南極部隊。


 ティルと相棒のライオン、ダンデの担当する部隊。


 ティルはきびきびと指示を出し、人員を配置して行く。

 皆が純血の王子であるティルをうやまい、その言に異を唱えるものなど居ない。


(私は必ず、王に成るんだ。あんな奴らに、負けるわけには行かない――)

 

 他の大異界の発生予想地点と同時刻、南極にも大異界が発生する。

 空間の歪みは広がり、辺りを呑み込んで行く。


「ティル様、これは――」

「――“樹海”だな」


 南極で発生した大異界はジャングル、緑生い茂る樹海の中だった。

 しかし、足元は変わらず氷の大地。

 よく見れば樹海の木々の葉に僅かに霜が降りていて、空気も依然冷たいまま。

 氷という土に根を生やす木々、異質な光景だ。


 そして、その樹海の中でティルとダンデは二人、天界軍の神々たちと離れて孤立してしまっていた。


「ちっ、使えない奴らめ……」


 ティルはそうぼそりと吐き捨てる。

 しかし、この状況をもたらしたのが他でもない自分自身の采配である事を理解していた。

 だから、これはただの八つ当たりだ。


 ティルが大異界の発生前に出した指示、それはティルの最も忌み嫌う人間との混血――来人が持ち込んだメガマップの発生予想地点を信用していなかったが故の、広範囲をカバーする為の展開陣形だ。

 実際の大異界の発生地点がズレた際を考慮して、軍を数個の小隊に分けて広範囲に配置したのだ。


 しかし、メガマップはティルの想像よりも遥かに優秀で、殆どの誤差なく異界の発生地点を的中させていた。

 結果として、そのティルの采配は悪手だったと言えるだろう。

 散り散りになった数個の小隊は、ティルの目の届かぬ所で現在進行形で百鬼夜行の鬼の軍勢と戦っている。

 ティルとダンデも、急ぎ彼らに合流する必要が有る。

 

「ティル様、我々も――」


 相棒のダンデがそう言いかけた、その時。


 ティルたちの目の前に、一際強いオーラを放つ鬼が現れる。

 間違いなくこの大異界の主だろうとすぐに理解した。


 背景を透かす透明なみどり色の液体の集合体。

 その様は“スライム”と呼称するのが相応しいだろう。

 人の形を模した、翠のゲル状の鬼。――『みどり』の鬼。


 そして、周囲からは獣の姿をした鬼の群れが現れ、二人を取り囲む。


「こいつは私の獲物だ。お前は雑魚の相手でもしていろ」

「はっ」


 ティルは相棒に周囲の獣の鬼の相手を任せ、自分は単身『翠』の鬼を相手にする。

 武勲を上げる為に、大異界の主たる上位個体をティル自身の手で倒す必要が有ったのだ。

 

 来人や陸に後れを取る訳には行かない。

 むしろ、一歩先を行く必要が有る。

 自分は純血なのだから、ゼウスとウルスの血を引く王に成るべき器なのだから。

 

 主人であるティルのその気持ち誰よりもを理解していたダンデは躊躇なくその言葉に従い、たてがみに『いかずち』を纏い、バチバチとスパークを放ちながら周囲の鬼に向かって突進。


 獣の鬼たちはダンデを敵と認識して追って行く。

 そんな様子を、まるで他人事の様に『翠』の鬼は360度ぐるりと動くゲル状の首だけを動かして眺めている。

 

「ブル、ブルル……」


 そして、奇怪な鳴き声を発しながらじっとティルを見定め、口の様な器官から身体を構成する物と同質の翠色のゲル状の弾丸を発射。


「遅い」


 しかし、そのゲル状の弾丸はティルを捉える事はなく、ティルは完全のその軌道を読み切り最小限の動きで回避。

 そして、ティルの反撃。


 ティルは『翠』の鬼の頭部に、『光』のスキルで作り出した矢を撃ち込んだ。

 文字通り『光』の速さで発射されたその矢は、『翠』の鬼に触れた瞬間にそのゲル状の肉体を弾け飛ばし、ベチャリと不快な水音を立てて辺りの木々と草葉にその透明の肉塊を散らした。

 

 瞬く間に『翠』の鬼の頭部は爆散。

 頭部を散らした『翠』の鬼の首から下の身体は氷の大地に倒れ伏す。

 

「ふん。これが百鬼夜行? 大した事無いな」


 あまりの呆気なさに、肩透かしを食らう。

 ティルは武勲の証たる核を拾い上げようと、ゆっくりとその倒れるスライムに近づいて行く。

 核を取り上げる際にこの気持ちの悪いスライムに触れなければならぬかと思うと、心の底から嫌悪感を覚えた。

 

 しかし、数歩歩いた辺りで違和感に気付いた。


(おかしい。何故こいつの肉体は炭化しない?)


 そう、スライムの山を分けて核を取り出すなんて作業が挟まる事自体がおかしい。

 死した鬼は身体の端から炭のように黒くなり、塵と成って消えるはずなのだ。

 しかし、目の前には透明な翠色のスライムが転がったままだ。


「しまっ――!!」


 ティルは気づいた。

 “『翠』の鬼はまだ生きている”と。

 しかし、時すでに遅し。


 周囲に弾け飛んだ翠色のスライム片が再び集合して行き、それらはティルの“顔”を覆う。

 

「むぐっ、んんーー!!」

「ティル様!!――ぐあっ」


 ティルは呼吸器官を塞がれ、苦悶の声を上げる。

 ダンデは助けに向かおうとするが、獣の鬼に阻まれてティルの元へ駆けつける事が出来ない。

 

 そして、スライムはそのままどろりとティルの頭部の穴という穴から身体の中へと侵入して来ようとしてくる。


(まずい、このままでは――)


 ――このままでは、負ける。

 

 ティルの脳裏に過る、敗北の二文字。

 しかし、それを許さなかったのは誰でもないティル自身だった。

 プライドが、敗北など絶対に許さない。

 

 ばしゅん――。


 ティルは片手を人差し指と親指を立てた拳銃の形にして、『光』のスキルで生み出した矢を自身の頭部へと放つ。

 頭部を覆っていたスライムに矢が触れた瞬間、爆散。


「はあっ……、はあっ……」


 気道を確保したティルはぜえぜえと大きく息をしながら、頭部に残ったゲルの残りカスを剥がし、地面に叩き付ける。

 そして、その場からバックステップで退避して距離を取る。

 ティルの頭部からは、自傷ダメージによって負った傷口からたらりと血が滴る。


 ティルの『光』のスキルは文字通り、光を操る能力だ。

 光速の矢は命中した時点でその圧倒的速さをそのまま威力に変えてどんな物であろうと消し飛ばす。

 しかし、そのままでは強力過ぎて対象を貫いてその奥にある物まで被害を出してしまう。


 なので、ティルはこの光の矢にある制約をかけている。

 それは“着弾した時点で矢自体が光の粒子となって霧散する”という物だ。

 今回ティルはこの性質を応用して、スライムを吹き飛ばした矢が自分の頭部を貫く事は無く、反動による流血程度の最小限のダメージで済んでいるのだ。

 

(危なかった。あのままでは、身体の内側から食い破られていた)


 しかし、あれも一度切りの不意打ちだ。

 死に肉薄したティルは、学習している。

 もう同じ手は食わない。

 

 再び『翠』の鬼から距離を取り、弓矢による遠距離攻撃。

 矢の雨を降らせ蹂躙する。


 先程と同じ様に、矢を受ければ翠色のゲル状の身体は弾け飛び、周囲に肉片を散らす。

 しかし――、

 

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