31話 信念

「うーん……」


 わたしはひとまず、自室の書棚にある魔術の資料を取り出して眺めていた。


 魔術は、わたしたちが住むオルセン王国、祖国といえなくもないミドガルド王国では当たり前のように使われている技術だ。はるか昔、わたしたちとは違う次元から訪れた「客人」と呼ばれる存在によってもたらされ、その後さまざまな改良を加えられて今に至る。歴史のある技術なので、古文書を解読する際に「魔法」と訳した人と「魔術」と訳した人がいて、ものによって混用されているけれど意味は同じだ。


 現在、オルセン王国では魔術を基に身体的な訓練も積んで磨き上げた能力を「術」と呼び、その強化に力を入れている。わたしが得意としている「隠密」や「加速」も「術」に分類される。魔術は外来の技術であるがゆえに、不明な部分も多い。それを古文書の読解により解明しようとしているのがミドガルド王国で、現存する生物の動きや世界の物理法則との相関性から解明しようとしているのが、わたしたちオルセン王国だ。


 オルセン王国が古文書の読解という手段を用いなかった理由は簡単だ。ミドガルド王国からご先祖様が逃げ出した際、ほとんどの古文書をもちだすことができなかったからである。生きるか死ぬかの瀬戸際に、古代史の解明に意識が及ぶ人などいないだろう。それでも、引き継がれた情報が皆無だったわけではなく、オルセン王国内でも細々と古文書の研究は進められている。


(数は少ないだろうけど、王室書庫でそれを見てみるしかないよね)


 他方で、現存する生物との相関性を研究する分野では、我が国はミドガルド王国よりも数歩先んじている。例えば王族および『光陰』部隊が用いる「隠密」の術は、「隠遁」という魔術を基に発達した。もともとは他人に見つからないようにして生活をするための魔術だったらしいけど、ご先祖様たちは野生動物の習性を模倣することで、その魔術を強化できるのではないかと考えた。

 野生動物は、捕食者や人間の猟師から身を守るため、様々な工夫をしている。それをよく観察して、「隠遁」の魔術に組み込み、さらに術者本人が身体を鍛えることで完成したのが「隠密」の術だ。実のところ、「隠密」自体はご先祖様たちがミドガルド王国にいたころに編み出されたものだけれど、かの国から逃亡したことをきっかけにさらにその質を高めたという経緯がある。だからミドガルド王国にいる人の中にも「隠密」を使える人はいるが、わたしたちオルセン王国の王族が使う「隠密」の練度には遠く及ばない。


(わたしの部屋にある書物でわかるのはこれくらいか……)


 小さくため息をついて書棚に資料を戻し、寝室から居室へ続く扉を開ける。すぐに近づいてきたアンリは、心配そうにこちらを見やる。


「マニー様。あまり思い詰めてはいけません。最近、国王様のご命令が増えて心労が溜まっていらっしゃるのでしょう」


 幼いころからわたし付きのメイドだったアンリに言われると、弱い。人によっては国王様に対して不敬だ、などというかもしれないけれど、血のつながった家族が男性しかいないわたしからすると、アンリは姉のような存在だ。彼女がわたしを止める発言をすることはほとんどないけれど、その言葉はわたしを落ち着かせてくれる。

 このあとすぐに王室書庫に行くつもりだった予定を変更して、アンリにお茶を入れてもらうように頼む。それからアンリにも卓につくようにお願いした。


「いえ、私は一介のメイドですから。王女様であせられるマニー様と同じ席につくわけには参りません」

「王女としての命令。わたしがわたしらしくあることを手伝ってくれるのも、メイドの仕事でしょう? あ、他の子は下がらせて」


 わたしの言葉に、アンリは困り顔をつくる。しかし、あまり使わない「王女としての命令」という指示に従わないわけにはいかないと判断したのか、いう通りにしてくれた。


「ちょっと息抜きしたいだけだから。最近偉い人とか、油断ならない人とばかりしゃべっていて、なんだかわたしらしくないなって思ったんだよね。アンリから見て、最近のわたしはどう見える?」


 ポッドに入った暖かい紅茶を注いでくれるアンリに、わたしは率直に問いかける。考えなければいけないこと、やらなければいけないことはたくさんある。それはヴィドを助けたいというわたしの思いにもつながるから、嫌なわけではない。でも、お父様から仕事を受けるたびに、なんだかしっくりこない気持ちが日に日に強くなってきていた。わたしは仕事のことを考えるのに手いっぱいで、自分の気持ちについてよくよく考えることができずにいるけれど、いつも近くでわたしを見ているアンリなら、気づくこともあるのではないかと思ったのだ。


 二つのカップに紅茶を注いだアンリは、わたしを見つめてためらいがちに口を開く。


「失礼なことを、申し上げてしまうかもしれませんが……」

「いいよ。そのために人払いをしたんだし」


 わたしはアンリの言葉を、不敬だとか失礼だとか言う理由で怒ることはない。でもアンリ以外のメイドがそうだとは限らない。言外に含んだ意味を悟ったのか、彼女は一礼してから言葉を続ける。


「最近のマニー様は、『お転婆なマニー様』としてではなく『オルセン王国を支える第一王女様』として動かれていると感じられます。メイドたちの間では、マニー様が王位継承に意欲を見せ始めたのではないかと、口さがないことを申す者がいるのも事実です」

「うん。そうだろうね」


 もともとわたしが廊下を走り回ったり、庭で土いじりばかりしていたりしたのは、本来の性格もあるけれど、周りから「王位継承者」として見られたくなかったという意味合いも強い。そんなわたしが王女らしく振舞うようになったら、そう考える人がいてもおかしくない。


「私は、元気で溌溂とされていて、平民やわたしたち王宮に仕える者どもにも等しく接してくださるマニー様を尊敬しています。確かに、マニー様は王女としての立場でものごとを考え、動かれることが増えたと感じますが、その部分は変わっていません」

「そう、かな?」

「ええ。今回、王宮に猟師たちを匿っていたのもマニー様の発案だと聞いています。平民の中でも地位の低い猟師を、王宮に入れるなど本来はありえないことです。それをなしえてしまうところに、マニー様らしさを感じました」


 アンリの指摘に、わたしは苦笑いを浮かべる。ヴィドたちを王宮で匿ったのは、ミドガルドとの緊迫した関係があったからで、お父様も了承した案件なのだけれど、その部分は秘匿されている。それを彼女に言うわけにはいかないので、何も口を挟めないが。

 しかしアンリはわたしの様子から何か察したのか、さらに言葉を続ける。


「猟師をわざわざ王宮に入れたことには、何か重要な意味があったのでしょう。しかし、王族の別邸で守ったり、王侯の家にかくまったり、いろいろな方法はあったはずです。それでもなお、あの選択をしたというところに私はマニー様らしさを感じるのです」

「アンリは、わたしよりよっぽど王族に向いてるよ。あのときのわたしは、そんなことを思いつきもしなかった」

「いえ、それでこそマニー様です」


 自嘲気味に答えたわたしに、アンリは力強く返答する。


「大事な人は、自分の近くで守りたい。私が知るマニー様は、そう考える方です。他方で、とても大事な人には、その人が大事にしている生き方を貫いてほしい。そういった思いもお持ちの方です」

「それは……」


 わたしは言葉に詰まる。たしかに、ヴィドに対するわたしの考えはそれに近い。でも、アンリに見抜かれているのは予想外だった。


「僭越ながら、私自身もマニー様のそのお考えに救われたひとりですから。没落寸前の王侯の一人娘である私が、なるべく稼げるお仕事をしたいという無謀な望みを叶えてくださいました。私に手を差し伸べてくださったマニー様と、いま私の目の前にいらっしゃるマニー様は、何も変わっておられません。私はそれを嬉しく思います」

「アンリ……」


 確かに、アンリは本来第一王女付きのメイドになるには立場が弱かった。幼いころは気が合うメイドを付けたほうが良いという判断でそのままにされたけれど、十歳のころ改めて別のメイドを立てるという話が出たくらいだ。

 それでも、わたしとの相性の良さと能力の高さを見込んで無理やり押し通したのだ。今でもたまに、あの判断はアンリの人生を窮屈にしたのではないかと思うこともあったけれど、彼女の言葉で少し救われた気がした。


「私には、国王様がマニー様に命じられた内容や、その重さを知ることはできません。しかし、マニー様ご自身の思いを大切にしてそれらを成し遂げれば、マニー様ご自身が『自分らしくない』と思い悩まれることは無いのではないでしょうか」

「自分の思いを、大切にする、か。でもわたしは王族だから、国民のことを一番に考えないと」

「王族だからこそ、です。国民が望むことを望むがままに為そうとするなら、だれにでもできます。でも、ご自身の信念を持つマニー様であるからこそ、大事なことを選び取り前に進んでいかれるのではないかと、私は思います」


 アンリの言葉に、わたしははっとする。確かに、愚かな王侯の中には国民の声をうのみにして、あれをやれ、これをやれと言ってくる人もいる。でも、お父様はそれで苦しむ人の存在を知っているから、きちんと理由をつけて突っぱねることができる。


(自分の信念を持っていることは、政をするうえで大切なのかもしれない)


 だとしたら、クィルダイトの扱いをどうすべきかは、わたしなりの信念をもって答えを出さなければいけない問題になりそうだ。というか信念なしに事実だけを伝えたら、きっとお父様はわたしとは違う結論を出す。そうならないためにも、情報を集め、吟味する必要がある。


(ヴィドを守ることと、クィルダイトの扱い。どちらもわたしが納得できる答え、出せるのかな。ううん、出してみせる!)


 アンリのおかげで自分がやるべきことがはっきりした。だいぶ軽くなったわたしの心に寄り添うように、胸元のクィルダイトが小さく揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る