17話 王城②
大きさが違うだけで、王城の中のつくりはオルセン王国とほぼ同じだ。とはいえ、やはりわたしの家よりも数倍高さがある大広間に圧倒される。
(ご先祖様たちは、ここから逃げてきたんだよね)
一瞬、広大な広間から「隠密」と「加速」を駆使して逃げ出すご先祖様の様子を想像して、かぶりを振る。今は過去に思いを馳せている場合じゃない。一刻も早くヴィドを探し出さなければ。
(中のつくりが一緒なら、地下牢への行き方だってだいたい一緒なはず)
案の定、途中途中で衛兵を見かけたものの、わたしの「隠密」が気づかれることはなく無事、地下牢の入り口と思しき扉の前まで到着した。
扉は簡素なもので、施錠も外側から木の棒をひっかけているだけだ。内側からは開けられないが、外からは簡単に開く仕組み。ただ問題なのは、木の棒を外すために手で触れる際、わたしの「隠密」が解除されるということ。開閉の途中で誰かが来たらまずい。素早く動かなくてはならない。
静止して、周囲の気配を探り、無人を察知する。そしてここに来るまでの通路に、地下牢側へ向かってくる人がいなかったことも思い返し、ようやくわたしは、木の棒に手をかけてそっと斜め上へと持ちあげた。重い棒を床に置き、両開きの金属の扉を押し開ける。
(狭い)
扉の先を見て、最初に出てきた感想はそれだった。真っすぐに伸びる道は、わたしとお父様がぎりぎりすれちがえるくらいの幅しかない。そして、両脇には延々と鉄格子がはめられた壁が並んでいた。
王城の大きさが違うのだから当然だが、地下牢の広さもオルセン王国の比ではない。ヴィドを探すのも苦労しそうだ。そんな懸念は、すぐにいい意味で裏切られる。
「マニー様、ですか?」
わたしが地下牢の区画を十歩ほど歩いたとき、真横から声がした。右を向くと、信じられないという顔つきをした小柄な少年が、膝立ちの状態でこちらを見上げている。
「あなたは? オルセン王国の子なの?」
少年がいる檻の柵に近づき、小声で問いかけると彼は目を見開いたまま頷いた。
「おれは、ベズっていいます。オルセン王国の、猟師です」
「あなたも猟師なのね」
「はい……おれだけじゃなくて、ほかにもたくさん、仲間が捕まっています」
市場で聞いた話と合致する目の前の状況に、頭が痛くなる。確か、『国境地帯で狩りをしていた猟師がミドガルドの兵士に囲まれて尋問された』という話を店主がしていた。彼らはただ尋問されたわけじゃない。わざわざ地下牢まで連れ去られてきていたのだ。でもなぜ、ミドガルドはそんなことをしたのだろう。
ベズを視線に納めながら考えていると、周囲の檻からざわめきが聞こえてきた。
「マニー様だって?」
「まさか、第一王女様自らこんな場所にいらっしゃるなんて」
「でも、ご容姿は新年会にお出ましになった時と同じだ」
ざわめきのおかげで、ベズの近くに囚われている人たちが皆オルセン王国の国民であるとわかったけれど、このままざわめきが大きくなるとまずい。わたしは両手を広げて、
「静かに」
とささやいた。とたんにざわめきがぴたりと止む。相手の位置が大まかにわかっているときにだけ使える、聞かせたい人にだけ声を直接伝える魔法が役に立ったようだ。こんな魔法、いつ使えるのだろうかと思っていたけれど、いま実用性が確認できてよかった。わたしは動かずに、口を動かす。
「わたしはあなたたちが考えている人間で間違いありません。しかし、ここに来たことは内密にお願いします。……猟師のヴィドはいますか?」
目の前にいるベズは大きく口を開けたが、声を出さずに踏みとどまった。適切なときに静かにしていられるというのは、猟師の得意技なのだろう。
お父様からいただいた仕事を達成するためには、ベズから話を聞くのでもいい。でも、わたしはヴィドから直接聞きたかった。
(見た限り、ベズはわたしよりも若い。ミドガルド王国に目を付けられるくらいだから、優秀な猟師なのだろうけれど、きっとヴィドのほうがきちんと筋道立てた説明ができる)
心の中で己に弁明したけれど、それが言い訳だということははっきり自覚していた。ヴィドに会いたい。無事を確かめたい。直接会って声が聞きたい。そう思うことは止められない。わたしの願いが届いたのか、直ぐに聞き間違いようもない声が聞こえた。
「俺は、ここにいます」
「隠密」で鍛えられたわたしの聴覚は声がする方向を正確にとらえ、小走りで向かう。ベズから十五個離れた檻。小さな区画の中に彼はいた。
「ヴィド!」
「本当に、貴女が自らいらっしゃったのですね……ベズとお話されている声が聞こえたときは信じられませんでしたが、相対するともう、疑うことはできません」
「ちゃんと本物だって、わかってくれるんだね」
もっと大事な話を早く始めなければいけないのだけれど、いまは再会できたことにほっとして、どうでもいいことを聞いてしまった。しかし、ヴィドは真剣な表情で頷いてくれる。
「はい。貴女と共に森にいた時間は短くありませんでしたから。身体の動きや貴方自身がもつ空気感は、直接向かい合えばすぐにわかります」
「……嬉しい」
目を真っすぐ見て伝えてくれるヴィドに、心がじんわりと暖まる。しかし、わたしの心情に反して、彼の表情は硬いままだ。
「ですが、なぜ貴女がこんなところに。高貴な身分の方が来てよい場所ではありません」
「それをいうなら、ヴィドだって、ベズだって、捕まっているみんなも同じだよ。オルセン王国の皆が、ミドガルド王国に連れ去られていい理由なんてない」
「ですが、貴女と俺たちでは立場があまりにも」
「ッ、そういうことじゃないよ!」
思わず声を張りそうになり、慌ててひと呼吸おいて言い直す。そして、身分差の話をヴィドに続けさせないように、本題に入ることにした。
「ヴィド。なぜ、あなたたち猟師をミドガルド王国が拉致したのか、何かこっちの国の人たちから聞いた?」
「いいえ。もちろん俺たちも理由は気になっていますが、直接は何も。今のところ拷問のようなこともされていません」
わたしの雰囲気が変わったことに気づいたのか、ヴィドも追及をやめて問いに答えてくれる。ただ、続ける言葉にためらっているようだった。
「わたしたちの国は、いまどんな情報でも欲しいんだ。ヴィドたちを、国民を守るために。だから、直接的なことでなくても、見たこととか気づいたこととかがあったら教えてほしい」
「貴女は人の心を読むのが上手いですね」
苦笑いをしたヴィドは、ゆっくりと口を開いた。
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