第28話 死闘
エンシェントウルフが目撃されるようになったのは数日前からだった。
出没箇所は人の多い街道から離れた森の奥の方なので、今のところ人的被害は出ていないが、野草採取や狩りをする為に一般市民も入る森なので、早急に対処すべくギルドに依頼書が貼られていたのだが、エンシェントウルフは厄介なスキルを使う上位魔物なので、今日まで誰もこの依頼書に手を伸ばさなかったのだ。
そんな誰も手を出さなかった厄介な討伐依頼にアンナとルーフェスは挑もうとしている。二人は森の中を慎重に進み辺りを警戒しながら索敵を続けると、程なくして標的の姿を捉えたのだった。
狼種モンスターの始祖とも言われている真っ白で赤目のその狼は、目撃情報の通りに、街道から逸れて奥に三十分ほど歩いた所にある大岩の上に鎮座していた。
「……背後……とるのは難しそうね……」
「高低差もあるしね。……まずは岩の上から下ろさないと。」
少し離れた木の影に身を隠し、二人はエンシェントウルフの様子を伺った。
ふと、ルーフェスが隣を見ると、アンナの表情が強張っている事に気がついた。実物を目の前にして怖気づいたのだろう。彼女が緊張しているのが手にとる様に分かったので、ルーフェスは優しく声を掛けたのだった。
「怖い?」
「……そりゃ、怖いわよ……」
「やめる?」
「………やめない!!」
アンナは一呼吸置くと、強い意志を込めた瞳をルーフェスに向けて、きっぱりとそう言い切った。
彼女の決意に変わりがない事を確認すると、ルーフェスは再び大岩に鎮座するエンシェントウルフに視線を戻して観察を続けた。
「そうだな……。先ずはあの岩を壊すか……」
そう言うとルーフェスは、街で調達していた手投げ爆弾を取り出して握りしめた。
「いいかいアンナ、僕がコレを投げ付けたらそこからはもう後には戻れないよ。」
「分かってる。大丈夫だからやって。」
アンナとルーフェスはお互いに目配せをすると、無言で頷き合った。それが合図だった。
「……よし、行こう」
ルーフェスは持っていた手投げ爆弾を、大岩目掛けて力一杯投げつけたのだった。
狙い良く目測どおりに着弾し、小規模な爆発とともに大岩は崩れさった。
しかし、爆弾が着弾する前に、いち早く異変を察知したエンシェントウルフは既に大岩の上から地面へと飛び降りており、そのまま臨戦態勢に入ったのだ。
「グルルルゥ……」
エンシェントウルフは低いうなり声を上げると、こちらを威嚇するように睨みつけている。
「アンナ!来るよっ!!」
ルーフェスがそう叫んだとほぼ同時に、大音量の咆哮が森にこだました。
「ウォォォォォォォォォォォッ!!!!」
ビリビリと空気が振動し、木々が揺れる。
「っ!!すごい咆哮!!」
あまりの声量にアンナは思わず耳を塞いだ。エンシェントウルフの厄介なスキルとは、この大咆哮である。
鼓膜が破れそうなほどの大音量なので、耳へのダメージも厄介ではあるが、このスキルの厄介さはそんなものでは終わらない。
この咆哮を合図に、周囲に散らばっているシルバーウルフが呼び寄せられて集まってくるのだ。
十……二十……
あまりの数の多さに、アンナは思わず恐怖で固まってしまった。
「アンナ!!僕のそばに来て!!」
動けないでいるアンナに気づくと、ルーフェスは咄嗟に彼女の腕を掴んで、そのまま自分の側へと引き寄せた。
そして左手でアンナを抱えたまま、右手で鉄杖を掲げて詠唱を始めたのだ。
「巡る巡る風、巡り巡りてここに集し数多の風よ。我解き放つ、
ルーフェスは詠唱を終えると同時に、銀杖を勢いよく地面に突き立てた。すると、彼を中心にした激しい竜巻が発生し、集まってきていたシルバーウルフを周囲の木々諸共一掃したのだった。
「嘘……凄い……」
彼の魔法を見るのは二度目であったが、その威力に言葉を失った。
一度目の時は対象を氷漬けにするという限定された攻撃であった為に彼の魔力の強さを測り知る事は出来なかったが、今回のような広範囲に及ぶ強力な魔法の威力を目の当たりにして、アンナは彼の凄さを改めて思い知ったのだった。
「気をつけてアンナ。木まで薙ぎ倒したからこれで僕らは向こうから丸見えだ。そしてエンシェントウルフには魔法は効かない。物理攻撃で倒すしかないんだ。でも慎重に。無理はしないで少しずつ、時間はかかっても少しずつ追い詰めるんだ。」
「分かったわ。」
アンナは彼の忠告に頷くと、剣を抜き刺突を仕掛けた。
しかし、勢いよく鮮烈な突きを繰り出したものの、エンシェントウルフはその巨体からは想像できないほどの俊敏な動きで、アンナの攻撃を軽々と避けてしまった。
そして、危害を加えようとする無礼な人間の姿を確認すると、その鋭い爪を振りかざしてアンナに襲いかかってきたのだった。
アンナは刺突の攻撃が空振りに終わると直ぐに後ろに大きく飛び退いて、エンシェントウルフの一撃をかわした。
狼の間合いで絶対に足を止めてはならない。そう事前にルーフェスと約束していたのだ。
エンシェントウルフは動きが素早くて、万が一その間合いに入ってしまったら最後。その鋭い爪で嬲られるので、とにかく相手との距離を離すように立ち回る事が重要だった。
だからカウンターを狙うか、若しくは一撃当てたら即座に後退して、少しづつ少しづつ慎重に体力を削っていく。それが今回の作戦だった。
「アンナ!僕が前に出る!!」
ルーフェスはそう言うと、アンナと入れ替わるようにエンシェントウルフの前に躍り出た。
「ウォォッ!!」
エンシェントウルフは新たな敵を視認すると雄叫びを上げながら、ルーフェス目がけて飛び掛かってきたが、鋭い爪を振りかざして襲い掛かるそれを、ルーフェスは横に飛びギリギリのタイミングで避けると、空を切った前足に鉄杖を振りかぶって力一杯叩きつけたのだった。
硬い皮膚に阻まられて、攻撃は余り効いていないようではあったが、それでも、エンシェントウルフの怒りを買うには十分な効果を上げていた。
狼は低く唸り声を上げると次の瞬間には、 大地を蹴り上げその真っ白い巨体からは想像出来ない程の猛スピードで彼に突進を仕掛けてきたのだ。
ルーフェスがそれも間一髪でかわすと、攻撃を外したエンシェントウルフは体制を崩したので、死角に回り込んでいたアンナがその隙を逃さずに再び突きを繰り出した。あまり効果は無さそうではあったが、それでも彼女のひと突きは狼の身体を突き刺していた。
ルーフェスが意識してエンシェントウルフの怒りを買うように動いていたので、目論見通り、狼の攻撃の矛先は彼に集中していた。そうやってわざと狙われるように誘導する事で、アンナが攻撃をする隙を作ったのだ。
二人は、少しずつだが着実にエンシェントウルフを追い込もうと、慎重に何度も攻撃と後退を繰り返し、この凶悪な魔物の体力を徐々に、徐々にと削っていったのだった。
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