第12話 彼からのお願い
まだ昼食には少し早い時間なのに、その店内は既に多くの人で賑わっていた。
そう言えば以前エミリアが、中央広場近くの大衆食堂が美味しくて、今劇団員の中で流行っているのだと言っていたけれども、それはここのお店のことなのかもしれないなと、アンナがぼんやり思い出していると、その間にルーフェスが空いてる席を見つけてくれたので、二人はそこに腰を下ろした。
「アンナ、何が良い?」
席に着くとルーフェスが先にメニュー表を見せてくれたので、アンナは視線を落として上から順番に書かれている料理名を見ていった。
人気の食堂だけあって、そこには様々な料理名が並んでいる。どれがいいかと悩んでいると、ある項目に目が留まったのだった。
「あっ、これ……。これがいいわ、ベリーソースのミートボール。」
それは、アンナがいたラディウス領のある西側地方の郷土料理だった。思いがけないところで懐かしい料理と出会って、僅かにだが彼女の頬は緩んだ。
「じゃあ、僕もそれを頼もう。」
「同じので良かったの?」
「食べた事は無いけども、アンナが食べるのなら僕も食べてみたいと思ったんだよ。これ、西側地方の郷土料理だよね?」
「えぇ。昔食べた事あるの。けどまさか王都でこの料理を見かけるとは思わなかったわ。」
アンナは、まだ両親が存命の頃に家族でこの料理を食べた事を思い出し、懐かしくもあるが、少し切なくもなった。
「このお店はいろんな地方の料理を出すみたいだね。ほら、こっちの川魚の香草バター蒸しは北方地域の郷土料理だしね。」
「本当、色々地方料理があるのね。」
二人で一つのメニュー表を覗き込みながら、その品数の多さに感心していた。
「今度また、違う料理を食べに来ようか。」
「えぇ、そうね。」
ルーフェスのそんな何気ない提案に、アンナは、果たして今度ってあるのかしらとは思ったが、そんな懸念は口に出さずに、ニッコリと微笑んで同意したのだった。
それから二人は、注文を終えて料理が運ばれてくるまでの間、好きな食べ物や嫌いな食べ物の事など、普段ギルドの仕事中にはしないような他愛もない話に花を咲かせた。
「ルーフェスは、食べられないものってあるの?」
「うーん、特にないかなぁ。あ、でもあんまり好きじゃない食べ物はあるよ。」
「あら、例えば?」
「黒いオリーブの実。時々サラダに入ってたり、刻んだやつがソースに入ってたりするけども、あれは本当に要らないと思う。あれが無い方が美味しいと思うんだ。」
「ふふっ、分かるわそれ!」
ルーフェスがあまりに真剣な顔でいうので、アンナは思わず声を出して笑ってしまった。アンナも彼と同じ事を思っていたから。
「私もあれ、要らないと思うの。自分で料理する時にはまず使わないわ。」
「そうだよね!」
アンナが彼の意見に同意をすると、ルーフェスは嬉しそうに話を続けた。
「好きな食べ物は……そうだなぁ。こちらもすごい好きって食べ物は直ぐには浮かばないけども……あっ、でもあれは好きだな。白葡萄。皮ごと食べられるやつ。」
「分かるわ!あれ美味しいわよね。高いから滅多に口にする事は無いけども、前にエミリアが買ってきてくれた白葡萄は本当に美味しかったわ。」
話してみると、アンナとルーフェスとは食の好みが非常に似通っていて、思ってた以上に会話が弾んでいた。
普段から、彼とは色々な事を話してはいたが、主にどうやって魔物を狩るかとかの仕事の話が殆どで、血生臭くない会話というのがなんとも新鮮なのだ。
エヴァンとエミリア以外の人と、こんなにも他愛のない話で盛り上がったのは初めてかも知れない。そう思うほど、ルーフェスとの会話はアンナにとって、楽しくて心地が良かった。
程なくして注文した料理が運ばれてきたので、雑談はそこで中断されたが、届けられた料理を見て二人は「美味しそうだね」と笑い合った。
これではまるで、エミリアが言っていたようにデートみたいだと思ってしまったが、アンナは直ぐにその考えは霧散させた。
だって向こうはそんなつもりでは無いのだから。
「それで、私は一体何をすれば良いのかしら?」
運ばれてきた料理を口にしながら、アンナは自分が抱いてしまった気恥ずかしい考えを打ち消す為に今日の本題に入った。
彼は目的があってアンナを誘っているのだから、これ以上勘違いしない為にもその目的が何なのか、そろそろハッキリさせておきたかったのだ。
「うん。僕は、五十年前に起こったある公爵家での凄惨な事件について調べてるんだけど……」
アンナの問い掛けに、ルーフェスは食事の手を止めて、先ずは自分が調べている事について話し始めた。
「当時の様子を知ってる人に直接話を聞きたくて、当時公爵家に勤めてた人とか、出入りしていた業者とかを探しているんだ。それで、アンナの大家さんが、老齢のご婦人だって言っていたから、もしかして当時の事を何か知っていないかと思って話を聞いてみたいんだけど、僕に紹介してもらえないだろうか?」
「要は、昔の話を聞きたいから、私の知り合いのグリニッジ婦人をルーフェスに紹介して欲しいってこと?」
「そうゆうことだね。」
余りの簡単なお願いに、アンナは拍子抜けした。正直、もっと難しい事をお願いされるのでは無いかと思っていたからだ。
「なんだ。そんな事で良いのね。それくらいだったら別に昼食を奢ってもらう程のことでも無いのに。」
「昼食の事は気にしないで。僕がそうしたかっただけだから。それで、お願いできるかな?」
「えぇ、勿論いいわよ。何だったらこの後訪ねてみる?」
「有難う、それはとても助かるよ。」
アンナから色良い返事に、ルーフェスは心底ホッとしたように、安堵の色を浮かべていた。
アンナにとってはそんな事だったのかも知れないが、ルーフェスにとっては、それはとても重要な事だったのだ。
「けれども、その五十年位前に起こった凄惨な事件って一体どんな事件なの?」
ミートボールを食べやすい大きさに切りながら、アンナは話を続けた。
生まれる前の事件である。アンナは彼が言うルオーレ公爵という名前も聞いた事が無かったし、それがどんな事件だったのか、皆目見当もつかなかったのだ。
「あんまり食事中に話す話題では無いんだけど……」
そう前置きしてからルーフェスは、少し躊躇いながらその事件についての概要を話し始めた。
「今はもう絶家してるんだけど、昔ルオーレ公爵家ってのがあったんだ。で、王都にあるその公爵家のお屋敷である日物凄い魔力爆発が起こって、近隣まで巻き込んでその一帯が爆発によって吹き飛んだんだ。それは辺り一面が更地になる程の衝撃で、街中だったからね、多くの人が犠牲になったって聞いているよ。」
「うわぁ……」
想像以上に悲惨さに、アンナは思わず絶句した。
「そう言えば貴族地区には慰霊碑が建ってる大きな広場があったわね。何でこんな所にただ広いだけの広場があるのかと不思議だったけど、もしかしてそこが?」
「そうだね、ルオーレ家があった場所だね。」
「そんな……」
あの広場の広さを思い出し、あの範囲が一瞬にして吹き飛んだだなんて想像すると、魔力爆発とはそんなにも恐ろしいものなのかと、アンナは少しゾッとした。
「……五十年前、魔力爆発があった時に公爵家に一体何があったのか。魔力爆発の原因が何だったのか。僕は正確な情報を知りたいんだ。」
そう話すルーフェスの目はとても真剣だった。そこには、強い意志が見えた。
一体なぜ、彼がその事件を調べているのかは分からないが、「訳あり同士詮索はしない」と出会った初日にそう話していたので、アンナは深いことは何も聞かずに彼に協力する事にしたのだった。
「成程。じゃあとりあえず、この後うちの大家さんに話を聞きに行ってみましょうか?年齢的には条件に当てはまるわよ。」
「有難う。ぜひお願いしたいな。」
「えぇ。分かったわ。」
アンナが快くルーフェスのお願いを聞き入れて、こうして大事な用件を話し終えた二人は、再び他愛もない話をしながら食事を再開し、そしてその後で早速、アンナの知り合いの大家であるグリニッジ婦人の家へと向かったのだった。
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