第32話 聖夜祭

 聖女祭は、一年に一度、一日だけ行われる。


 朝から聖女は身を清め、豪奢に着飾られる。大聖堂では儀式が開かれ、大金を積んだ貴族たちが、聖女に謁見出来る。


 街では聖女像を中心に飾り立てられ、出店が並ぶ。皆、聖女を崇める気持ちは無いが、今日ばかりは国中から人が集まる。商売のチャンスなのだ。


「ルナ、嫌な予感がする。気を付けて」


 無事に月の光を受けられたルナはすっかり元気で、決戦に向けて準備をしていた。


「聖女祭なんて嫌な予感しかしないじゃない」


 一日かけて作った大量の飴型の薬を鞄にしまいながらルナはテネに返事をする。


「それはそうだけど……何か、大きな闇が渦巻いている気がする」


 テネの言葉にルナはゴクリと喉を鳴らす。テネの使い魔としての感じ取る力は確かだ。


「それなら、なおさら行かないと……」


 杞憂であれば良いと願いながらも、ルナは今回、夜に行われる聖夜祭で大きな魔物が生まれ出る可能性に覚悟した。エルヴィンもそのつもりでルナを誘ったのだろう。


「ルナ、その身に闇の力を宿して、月の力で浄化する、その力はルナにとっても危険なんだから、気を抜かないようにね」

「わかってる」


 いつものテネのお小言だが、ルナも真剣に返事をする。


『ルナ、この力は魔女が二人だけになってしまった今、身体に負担がかかりすぎるわ。完全に浄化する前に、闇の力に耳を傾けてはダメよ』


 アリーと魔物を鎮静して回っていた頃、アリーが必ず口にしていた言葉。あの時、闇の力の声が何なのかわからなかった。


 でも、エルヴィンと魔物を鎮静して回って、生まれるあの禍々しい渦から、人々の苦しみの声が聞こえた。


「あれが、闇の、声?」

「ルナ? 闇の声が聞こえたの?」


 ぽつりと呟いた言葉にテネが反応する。


「うん……たぶん。あの黒い渦から、国民の不満や苦しみが聞こえた」

「……そう。なら大丈夫かな」

「どういうこと?」


 ルナはテネの目線に合わせてしゃがみ込む。


「闇の声は、闇の方に引きずりこもうとするって聞いたよ。ルナは魔女の力を濃く受け継ぐから、引っ張られずに済んでいるのかも」

「でもあれは国民の苦しむ声だよね? 私、今まで聞こえていなかったなんて……」

「それはルイの仕事だよ」


 自分の魔女の力が濃いからといって、アリーには聞こえていた声が自分には聞こえていなかった。そして、今その声がルナにも届くのは、爆発しそうなくらい大きくなっているからだろう。


「でも、私もあの声を聞かなきゃいけなかった」

「ルナはルナのやるべきことをしてきたでしょ?」

「そうかな?」

「そうだよ」


 この話はもう終わり、とばかりにテネが外に出る。


「さあ、日が沈んだよ」


 エルヴィンとは聖女像の前で日没後に待ち合わせをしている。


(なら、今から聞いていけばいいんだわ)


 ルナは外套を羽織り、ぐっと胸の前で拳を握った。


 ハーフアップにした頭に、エルヴィンから貰った月の形の髪留めをパチンと留める。


(ランバート王国の皆は、必ず守るわ)


 強い決意を胸に、ルナは小屋を出た。


◇◇◇


「エルヴィンさん!」


 ルナが街の聖女像前に着くと、エルヴィンがすでに待っていた。街はいつもより人通りが多く、像の前では恋人たちが次々に再会を果たしていた。


「あれ?」


 いつも隊服姿のエルヴィンが、今日はシャツにズボンとラフな私服姿をしている。もちろん帯剣はしているが。


「どうした?」

「いつもと服装が違いますね?」

「ああ。今日はこの街を近衛隊が警備しているからな。俺たちはお役御免だ」


 眉尻を下げてエルヴィンが話す。


(そっか。今日は王族がこの街に来るから、近衛隊が仕切ってるんだ。いつもこの街を守っているのは警備隊なのに……)


「そんな顔をするな。何かあれば隊服なんて着ていなくても動ける」


 ルナの心内を読んだかのように、エルヴィンは優しく微笑み、ルナの頭に手を置いた。


「うん……」


 その優しい表情に、ルナの心がほぐれる。


「おっ、エルヴィンじゃねえか!」

「あ、本当だ、エルヴィンだ」


 エルヴィンと向かい合っていると、少し離れた所から声がした。


「ニコラか」


 エルヴィンが名前を呼んだので、ルナもあっと思い出す。この前わだかまりが解けた警備隊員たちだ。


「いいなー、お前はデートかよ」

「いや……」

「おー、楽しめ、楽しめ! なんてったって、今日は近衛隊の皆様方が警備してくださってんだからな!」


 ニコルは自虐めいて言っているが、その腰にはしっかりと剣が収まっている。


「ふふ」


 ついルナから笑みがこぼれてしまう。


「お、どうした? 婚約者ちゃん」


 友人だと説明されたのに、呼び方が婚約者に戻っている。それは置いておいて、ルナはニコラに笑みを向けて答える。


「そう言いながら皆さん、街を見回ってくれてるんだなあって。それ、果実水ですよね?」


 ルナは警備隊員たちの手に持つカップを指さして言った。皆帯剣をし、誰一人お酒を飲んだりはしていない。


「あー……エルヴィンの真面目が感染ったかな?」


 ニコラはルナに指摘され、照れくさそうに頭を掻いた。


「警備隊の皆は元々職務に真面目だろう」

「お前は恥ずかしいことを真面目に返すな」


 エルヴィンの天然な物言いに、ニコラから突っ込みが入る。


「……まあ、俺たちもいるからさ。お前らはデート、楽しめよ!」

「だからデートでは……」


 ニコラがびしっと二人に向かって言うと、エルヴィンが呆れた顔で否定しようとする。


「あの子、やっぱり良い子だなっ! 他の男に取られないように、離すなよ?」

「なっ……」


 そんなエルヴィンに至近距離で近づくと、ニコラはエルヴィンにコソコソと何か耳打ちをした。


(仲良いなあ)


 そんなエルヴィンとニコラをルナは微笑ましく見守っていた。


 

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