第21話 見ないで

『ちゃんとした所で休んだ方が良い』


 そう言われてルナはエルヴィンに、とある所まで連れて来られてしまった。


「あの?」

「休めば治るのだろう?」


 警備隊の詰所がある区画の端の方に、その建物はあった。


「俺の借りている部屋がある」

「ふえ?!」


 不思議そうに見上げるルナに、エルヴィンは何でもないふうに言った。


「ちゃんとベッドで休んだ方が良い」

「え、あ、あの……」

「本当は君の家まで送りたいのだが、ここの方が近かったから……」


 身体は動かないが、表情が忙しい。狼狽えるルナに、エルヴィンは気付かない。


 あっという間にエルヴィンの部屋まで連れて行かれ、ベッドに横にされた。


「しばらくここで休むと良い。俺は、まだ魔物がいないか、この辺りを見回ってくる」

「はい……」


 ルナを寝かせると、エルヴィンはすぐに部屋を出て行ってしまった。


(エルヴィンさんは友人を大切にしてくれてるだけなんだよね。私一人焦って……)


 エルヴィンの言動や行動を深く考えるのはやめよう、とルナは思い至り、目を閉じた。


◇◇◇


 いつからだったろうか。ルナに魔女の力があるとわかったのは。


 宰相にバレることを恐れた母は、ルナの髪を金色に染めさせ、王宮の奥深く、離宮に閉じ込めた。


 黒髪は平民にだっているし、黒猫と違って、処罰されることは無い。ただ、『黒』に少しでも反応されないようにと母のはからいだった。


 表に出て来ない王女に、父である王も宰相も興味を持たなかった。それでルナは命を狙われることもなかったのだと、今になって思う。


 しかし、10歳になろうという年に、義妹のルイーズに外に連れ出され、庭に出た。


 日が高く上る暑い日で、太陽がジリジリと焼けるようだった。日陰から日向へ、引っ張られた腕はすぐに太陽に焼かれた。


 その場に居合せた兄によって、火傷は腕だけで済んだ。すぐさま離宮に返されたが、多くの者がその瞬間を見てしまった。


 魔物の闇の力を身に宿す魔女は、太陽の光に弱い。焼かれて火傷をしてしまう。長時間太陽に晒されれば、死にまで至る。


 それが、魔物を鎮静する代償だった。昔は魔女が沢山いたから、代償は分散され、少しの時間ならば太陽の下に出ることも叶ったらしい。


 しかし魔女一族は滅ぼされ、当時はアリーとルナの二人だけ。受ける代償は大きかった。


『太陽に嫌われる魔女』として言い伝えは残っており、ルナの存在が明るみになるのは時間の問題だった。


 そこで、まだ13歳だった王太子のルイードが、魔女を断罪することになった。


 実際にはアリーの元へ逃されたわけだが。


 金色・・の髪の第一王女、ルナセリア・ランバートは、太陽の元、宰相や国の重鎮が見守る中、ルイード王太子によって殺された――――ことになっている。


 太陽の元、ルイードが剣を振り下ろし、殺す。太陽に焼かれた魔女はその場から跡形もなく消えた。


 実際には城下町に続く古い隠し通路があり、ルイード内々の味方と共謀して、そう見えるように細工をした。


 そうしてルイードは13歳にして妹を殺したとして、貴族から恐れられるようになった。宰相からも一目置かれ、命を狙われることは無かった。


 ルナセリアは10歳でルナとして、アリーの元へ身を寄せた。王女の身分を捨て、薬師見習いとして街でひっそりと生きていくことになった。


 遅かれ早かれ、あの宰相に存在がバレれば殺されていた。兄としたこの国を守る約束は今もこの胸にある。


◇◇◇


 ズキズキと痛むのは古傷か、先程の切り傷のせいか。ルナは痛みで目が覚めた。


 傍らには薬箱を持ったエルヴィンがいた。


「ルナ、怪我をしていたのか?!」


 外套は脱いでいるため、ワンピース一枚。そのワンピースも、腕の部分が破れて、肌が顕になっている。


 腕には昔、太陽に焼かれた火傷の跡があった。


「さっきの戦いでか?!」


 そんなことは知らないエルヴィンが慌ててルナを治療しようとする。


「見ないで……!!」


 思わず自身を抱きしめるようにして腕を隠し、ルナは叫んだ。


「ルナ……?」


 心配そうなエルヴィンがこちらを見ている。ルナはハッとする。


「ご、ごめんなさい、エルヴィンさん。これ、さっきの怪我じゃないから。古傷なの……」

「古傷?」


 腕を押さえながら、ルナは震える声で続けた。


「昔、薬を作るときに、お湯で火傷しちゃってさ……へへ、酷いでしょ? だから、見ないで……」


 言い終わる前に、ルナの身体に温かい体温が覆いかぶさる。


「エルヴィンさん?!」


 抱き締められているのだと気付いた頃には、もうルナはエルヴィンの腕の中にいた。


「すまない、ルナ。辛い記憶を思い出させてしまったんだな? 痛かっただろう……」


 ルナの頭を撫でる、優しいエルヴィンの声が耳のひだをくすぐる。


「痛かった……」


 子供の頃の記憶が蘇る。


 急に太陽に焼かれ、怖かった。アリーから知識を得てからは、色々落としこめたが、あの頃は、わけも分からなかった。


「偉かったな。君は、立派な薬師だ」


 エルヴィンの頭を撫でる手と、優しい声で目から涙が溢れる。


 エルヴィンは自身の上着をルナにかけると、真剣な瞳で言った。


「君は、綺麗だ」

「何言って……」


 涙で滲むのに、エルヴィンの表情だけは声色でわかる。


「綺麗だ」


 もう一度はっきりと告げたエルヴィンの言葉に、ルナからはまた涙が溢れる。


 そんなルナをエルヴィンは再び抱きしめる。


「うっ……く」


 声にならない叫びが涙になって溢れてくる。


 ルナが泣き止むまで、エルヴィンはずっと抱きしめてくれていた。

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