第14話 警備隊の様子

「お帰り、不良隊員」


 エルヴィンが警備隊の隊舎に戻ると、隊長のシモンが入口で出迎えた。


「不良って……警備隊の仕事もちゃんとしてますよ」

「わかーってるって。真面目か」


 ヘラヘラと笑うシモンにエルヴィンは抗議したが、軽く聞き流されてしまう。


 そのままズルズルと食堂に連れていかれ、テーブルを挟んで一緒に夜食を取ることになった。


 そういえば夕食を取っていなかったとエルヴィンが思い至る頃には、目の前でシモンが夜食にありついていた。


 シモンはヘラヘラと軽い印象だが、体つきはガッシリとしていて、剣の腕も警備隊一だ。下手すると、近衛隊の中でも敵わない者がいるのではないかというくらいだ。


 この見た目にそぐわない剣の腕で警備隊をまとめているのだから流石隊長だ。この明るい性格も、警備隊員に好かれる要因だ。エルヴィンとは真逆である。


 こんな優れた人材が警備隊だけに納まっているのは不思議だが、この街を守る要である警備隊を率いるのに最も適した人物だとエルヴィンは思っていた。


「そういや、怪しい女とはその後どうだ?」

「……彼女は怪しい女ではありません」


 食べる手を止め、いきなりルナのことを聞かれたエルヴィンは不機嫌になる。


「彼女はこの隊を救ってくれた命の恩人で、れっきとした薬師です」

「何だよ睨むなよ、お前が最初に報告したんだろ」


 エルヴィンの鋭い視線に、シモンはたじろぎながら言った。


「確かに……俺は最初、彼女のことを知りませんでしたから……。申し訳ございませんでした、訂正します。だから隊長も訂正してください」

「わーった、わーった! 睨むなよ。訂正するよ!」


 エルヴィンのど真面目な言葉に流石のシモンもからかう顔を止めて、真面目に謝罪する。


 しかし、「真面目か……」と小さな声でボヤくのだった。


「で? その薬師さんとはどうなの?」

「どうと言われても……たまに会って話すくらいですが……」


 それだけではない。ルナとは戦友で、魔物を討伐し、その土地を鎮静して回っている。


 しかしそれは国の命ではなく、エルヴィンの独断で行なっていることだった。


 いくら国のためとはいえ、この国は命令以上のことを望まない。ルナを巻き込むわけにはいかず、エルヴィンは口数が少なくなる。


「ふうん?」


 シモンはそれ以上聞いてこなかった。


 意味ありげに笑ったのが気になったが、また目の前の食事に口をつけ始めたので、エルヴィンもほっと胸をなでおろし、食事に手を付け始めた。


『一人暮らしなのか……?』


 そう聞いた時のルナの表情が少しだけ翳ったのをエルヴィンは思い出す。


 猫が家族だと言っていた。エルヴィンの脳裏には一人で淋しく食事をするルナの光景が浮かんだ。


「……お前、恋でもしているのか? そういう顔をしてるぞ」

「……は?」


 目の前のシモンがニヤニヤとこちらを見ていた。


「……は?」


 言われたことを咀嚼して、エルヴィンはもう一度聞き返す。聞き慣れない単語に目を瞬く。


「お前、その薬師さんが好きなのか?」

「なっ……! 恋とかそういうのではありません! 彼女とは、友人で……」

「ほう、ほう?」


 突然の質問に混乱したエルヴィンは必死に違うと答えようとする。


 ルナの笑った顔が脳内に浮かんでは消える。


『エルヴィンさんはエルヴィンさんですから』

『エルヴィンさんが信じるなら私も信じます』


 ルナの言葉がエルヴィンの心の奥から湧き上がるように溢れる。


 まだ出会ったばかりの少女がなぜこんなにも気になるのか。エルヴィンは逡巡したあと、自分に言い聞かせるようにシモンに言った。


「警備隊の人間が年下の少女に邪な気持ちを持つなど、あってはなりません」

「ぶほっ!」


 エルヴィンは真面目に言ったのに、シモンは吹き出してしまった。口に飯を含んでいなかったのが幸いだ。


「おまっ……」


 シモンは呆れたように何か言おうとして、やめた。


「はいはい。お前が真面目なのはわかってるよ。でも、その赤い顔の意味をよーく考えるんだな」


 持っていたフォークをエルヴィンに向けて話すと、シモンは残りの食事を平らげ、「ごちそーさん!」と言ってその場から立ち上がった。


「とりあえず、飯でも誘ってみたら? ほら、あの人気のスパゲッティ屋とかどうだ?」

「いや、俺は彼女とは……」


 エルヴィンはあくまでもルナとは戦友だ、と言いそうになり口ごもる。


「……彼女はいつも一人で食事をしているようなのです。」

「ほう、ほう?」


 エルヴィンの言葉にシモンは面白そうに笑みを浮かべ、次の言葉を急かす。


「隊長のご夫妻も一緒に食事に行きませんか? この前のお礼も兼ねて」

「……二人で行けば良いだろう」


 エルヴィンの言葉にあきらかにがっかりとした表情を見せるシモンだったが、エルヴィンは気にせずに続ける。


「二人きりなんて、俺のことを悪く言う奴もいますし、彼女の評判に影響したら困るでしょう。それに、警備隊を代表して隊長も謝礼すべきかと」

「わかった、わかったから!」


 ツラツラと真面目な顔でエルヴィンが迫るので、シモンは根負けしてつい返事をしてしまった。


「彼女には俺から都合を聞いておきますので、奥様の方……」

「聞いておくよ!」


 エルヴィンが言い切る前に、シモンは投げやりに答える。


「か――っ、真面目かっ!!!!」


 今夜だけで何度聞いたかわからないシモンの言葉に首を傾げつつも、エルヴィンは夜食に目を戻すのだった。

 

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