第11話 交渉

「ああ、来たか」


 いつものように高台まで登り切ると、エルヴィンがルナを待ち構えていた。


「当たり前のようにいるんですね。私が来なかったらどうするんですか?」

「その時は見回りだけして帰るさ」


 エルヴィンが待ってくれていたことの嬉しさを隠すようにルナはそっぽを向く。エルヴィンは穏やかに笑って返した。


「体調はどうだ? 心配していた」

「……真面目なんですね」


 ルナに近付き、優しく声をかけてくれたのに、ルナからはそんな言葉が出る。


(せっかく心配してくれてるのに、義務感からだろうなって思ったら可愛くないこと言っちゃった)


「君は命の恩人だ。当たり前だろう」


 そんなルナの気持ちも知らずに、エルヴィンは至って真面目に答える。


「ふふっ」

「どうした?」


 そんなどこまでも真面目で義理堅いエルヴィンに、ルナも思わず笑みが溢れる。


「エルヴィンさんって仲間だと思ってくれると優しいんですね」

「……最初の無礼は謝る……」


 ルナがからかい気味に言うと、エルヴィンは真面目に受け取り、落ち込んでしまった。


「もう! あのときのことは気にしてません! それに、人の命を救うのが薬師の仕事だから……」

「そうか……」


 ルナの言葉に、エルヴィンは穏やかに微笑む。その表情にルナの心臓が跳ねる。


(距離が近くなると、こんな表情を見せてくれるんだ……)


 ルナよりも3歳年上(テネによる情報)のエルヴィンはいつだって落ち着いて見える。そんな大人の彼が見せる笑顔も穏やかで、心地良い。静かに夕日が沈んでいくような情景って、こんな感じかもしれない、とルナは思った。


「あのそれでエルヴィンさん、エルヴィンさんは禍々しい気配を辿って見回っているんですよね?」

「そうだが……」

「私も一緒に同行させて欲しいんです」

「何だって?!」


 ルナの言葉に、穏やかな表情から一転、エルヴィンの顔は驚きに変わる。


「私も聖魔法の使い手です。私は魔物を鎮静出来るので、エルヴィンさんの討伐のお役に立てます」

「しかし、女性を危険な目に合わせられない」


 戸惑うエルヴィンは、苦い顔をしている。それなら、とルナは畳み掛ける。


「連れて行ってくれないなら、一人で行くまでですけど」

「なっ?! 一人でなんて危ない!」

「エルヴィンさんだって一人で行動してるじゃないですか」

「俺は近衛隊の頃から魔物には慣れている!」

「え」


 ルナとのやり取りでつい口を滑らせたエルヴィンは、しまった、と口を押さえる。


「もしかしてエルヴィンさん、近衛隊の頃から独自で魔物討伐に動いていたんですか?!」


 この国の近衛隊は王家を護衛するためだけにある。聖魔法の使い手が近衛隊に集結していながら、その力は飼い殺しにされていた。


「……誰にも言うなよ」

「何でそんな危険な真似……」


 少し砕けた口調でルナに口止めをするエルヴィンは、バツが悪そうだ。


(この人は……私みたいにたった一人で魔物と戦っていたんだ……)


「俺にはその力がある。国を守るために使わないでいつ使うんだ」

「でも王家にバレたら、処罰物ですよ」

「とっくに処罰されてここにいる。別件でだがな」


(左遷はエルヴィンさんの命を守るためで……)


 今の王家なら有能な人材だって命令に背けば処刑してしまいそうだ。そのくらい腐り切っている。


 エリートである近衛隊員が街の警備隊に左遷されたのも充分な処罰だ。だからこそエルヴィンはそれ以上追求されないでいる。


(それでもまだ国のために戦ってくれているんだ)


 エルヴィンの強い意志に、ルナは心臓がぎゅう、と締め付けられた。


「君はこの国の王家のことにも詳しいんだな」

「……薬師ですので」

「ははっ、何だ、それは」


(笑った!)


 情報通なことを冗談めいてかわせば、エルヴィンは声をあげて笑った。


 今までの穏やかな笑みでは無く、表情を崩した、年相応の青年のように、笑った。


 ルナがその顔に目が離せずにいると、エルヴィンは真面目な顔に戻り、ルナに向き直る。


「君は薬師としての使命を充分担っている。なのにどうして自ら危険に飛び込む?」


 真剣なエルヴィンの瞳がルナを捕らえる。ルナもその強い瞳に負けないよう、真っ直ぐにエルヴィンを見た。


「この国を守りたいんです。この国が大事だから。それにあの禍々しい渦はまた発生するはずです。渦を消滅させられるのは私だけです」


 視線が絡み合ったまま、沈黙が流れる。


「君のような国民がまだいるんだな」

「え?」


 真剣な瞳をふ、と崩し、エルヴィンからは笑みが溢れる。


「わかった」

「それじゃあ……!」


 エルヴィンは諦めたように笑うと、ルナに向かって頷いた。


「確かに君の力は必要なようだ。よろしく頼む」

「こちらこそ……!」


 エルヴィンの了承に嬉しくなったルナは、とびきりの笑顔で答えた。


「……っ」

「エルヴィンさん?」


 何故か俯いてしまったエルヴィンにルナが近寄れば、彼は腕で顔を隠していた。


(どうしたんだろう?)


 首を傾げ、エルヴィンを見つめていると、彼の表情は真面目な物に戻っていた。


「君も俺が守る国民の一人だ。けして俺から離れないと約束してくれ」


 見つめていたエルヴィンの真剣な表情が滲んで見える。


(『守る』なんて初めて言われた……)


「返事は?」

「は、い……」


 目の奥から零れ落ちそうな物を必死に我慢してルナは返事をする。エルヴィンは「よし」と満足そうに微笑んだ。


(あなたも私が守るべき国民。エルヴィンさんのことは守るからね)


 月明かりに照らされた夕日色に向かって、ルナは心の中で誓った。



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