21話「メントスガイザー」

 とりあえず、花火鑑賞の場所を確保。川原沿いの土手の、芝の傾斜だ。

 地雷でも埋まっているんじゃないかって具合にぽつんと空いたスペースがあったので、そこを遠慮なく占領させて頂いた。


 人は俄然がぜん多くなってきた。人々の喧騒が、真夏の夜の空気を陽気に震わせる。

 出店もたくさんある。調理器具のこすれ合う音。機械のモーター音。そして店員のイキのいい掛け声が、お祭りムードを盛り上げる。

 

 俺はさっき、薫に綿あめとペットボトルのコーラを買ってもらった。俺におごるなど、何か裏があるに違いないと疑ってみたのだが、思い返してみればこれまでも、薫は頻繁に何かを奢ってくれている。


 ミチルはまだ戻ってこない。花火の打ち上げまであと十五分くらい。そろそろプリーズカムバックだ。


「おこちゃま遅いわね。呼んでくるわ」

 薫がレジャーシートから立ち上がる。


「いや、俺が呼んでくるよ」


 俺は薫を制して、立ち上がる。そしてシートの上で楽しく団らんしている他のお客さんの間を縫って、土手の上の道に出る。


 ここで俺は、自分が手にコーラを持ったままであることに気付く。しかも未開封のダイエットコーラ。薫のものとごっちゃになってしまったらしい。俺は決してダイエットコーラは飲まない。

 一度薫の元に戻ってコーラを置いてからミチルを呼びに行きたいのは山々だが、また人のあいだを縫って歩くのは面倒だし、迷惑になる。けっきょくコーラを持ったまま出発することにした。帰ってきたら薫に返そう。


 道沿いは出店でいっぱいだ。絢爛けんらんな電飾が連なっている。キンキンに冷えたジュースや酒を売る店。焼きそばの店。たこ焼きの店。リンゴ飴の店。手持ちの小型扇風機を売る店。なんかよく分からないテカテカ光る棒を売る店。

 

 石段を下りて土手の下へ。雑木林があり、そこを入っていくと例の神社がある。

神社にはちょっと怖そうなお兄さんお姉さんがたむろしていて、俺は目線を落として歩いた。


「たしか、裏手とか言ってたよな」


 ガールAの言葉を思い出し、俺は裏手に回る。


 徐々に女の子の話し声が聞こえてきた。がやがやと楽しそうに雑談している模様。

 近づくほどに、少しずつ話の内容が明瞭になっていく。


 さてさて、お年頃の女の子はどんなお話をしているのかな? こりゃあもしかしたらガールズトークが聞けてしまうかもしれないぞ。ワクワク。


「ミチルあんたさ、いい加減にしなさいよ! ぶっ潰っすぞ!」


「ちょ、ちょっとキョウコ! 暴力はだめだよ!」


 …………


 めっちゃ修羅場じゃないですか!!


 反射的に俺は、社殿しゃでんの陰にさっと身を隠した。そして顔をそろっと出して、様子をうかがってみる。


 キョウコちゃんがミチルに掴みかかろうとしているが、ガールAとガールB(NEW!)が押しとどめている。


 やれやれ。ガールズファイトか。これも青春と言えよう。ケンカして強くなるのだよ、女の子はね。たぶん。


 キョウコちゃんがバーサーカーモードになっているとはいえ、ガールAとガールBは至って冷静な判断をもって、ミチルの味方をしてくれている。心配することはないだろう。

 そのうちキョウコちゃんの怒りは収まり、「ごめん、どうかしてたわ私……」と言いながら頭を押さえて家に帰ることだろう。


「でもね、ミチル。ミチルも知ってるでしょ? キョウコが一之瀬くんのことを好きだってこと」


「そうだよ。それを知りながら、キョウコの前で一之瀬くんといちゃつくって、少しおかしいよ?」


 …………


 あれれー?


 ガールAとガールBがミチルの味方じゃないだと!


 なんてこった!


「私と一之瀬くんはそういうんじゃないよ……前も言ったじゃない……」

 ミチルは俯きながら答える。


「当たり前でしょ! アンタと一之瀬くんじゃぜんぜん釣り合わないっての! あたしが言いたいのは、アンタが超目障りだっていうこと!」

 

 キョウコちゃんの怒りは収まらない。

 

 マズイな。三対一。これはよくない。

 じゃあ、ここで俺がクールに「そこまでだ、ガールズ」って出て行くか? それができれば苦労しない。ああ、自分のヘタレっぷりが嫌になる。俺は小学生相手にビビッている。

 って、自己嫌悪に陥っている場合ではない。


 なんとかして、ガールズの意識を逸らせないだろうか。その隙にミチルを奪取してみせる。ダッシュで奪取してみせる。

 ガールズに気付かれないように救出するのだ。


 考えろ、考えろ……。


ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく……チーン!

 自分が手に持っている物に気が付く。

 ダイエットコーラだ。


 そして、俺が常に携帯しているもの。スマホと財布ともう一つ、常に携帯しているもの。

 そう、メントスだ! 超知的製菓メントス!


 コーラ+メントス。このカップリングで生み出される奥義、それが――


 メントスガイザー!


 説明しよう。メントスガイザーとは――。


 ペットボトルに入ったダイエットコーラの中にメントス数粒を一度に投入した際に急激に炭酸が気化し、泡が一気に数メートルの高さまで吹き上がる現象をメントスガイザーと呼ぶ。この現象はダイエットコークとの組み合わせが良く知られ、また他の炭酸飲料でも起こる。ただしダイエットコーラでない普通のコーラでの噴出高は低い。メントスを入れた状態でペットボトルのフタを閉じるとペットボトルが破裂する危険がある。

byウィキペディア


 つまり、このメントスガイザーを利用してガールズの意識を逸らすのだ。妙策だァ……。


 計画はこうだ。

 この場でダイエットコーラにメントスを大量投入し、すぐに蓋を閉める→置く→ペットボトルの破裂を待つ→破裂→すごい音が鳴る→ガールズの意識は音の方へ→すかさず俺はミチルを取り戻す。


 くくく……さぁ、ショータイムだ。


 俺はダイエットコーラのキャップを開けて、中にありったけのメントスをブチ込む! 

 はずだったのだが……。


「ちょ、ちょっ! 早い! 早い! 噴き出すの早い!」


 二粒入れたあたりで、コーラが俺に反逆リべリオンを起こした。

 コーラは噴き出し、みるみる減っていく。


「待って、行かないで!」


 俺はあたふたと、荒れ狂うコーラをなだめる。


 コーラに翻弄された俺は、いつの間にか社殿の陰を飛び出して、ガールズの前に登場してしまっていた。


 ガールズの注目が、にわかに俺に集まる。


「……」


 俺はとりあえず、ニカッと眩しい笑みを浮かべておいた。


「……………………」「……………………」「……………………」「……………………」


 ガールズはみな一様に、宇宙人と遭遇してしまったみたいな表情を浮かべている。

 とうぜんだ。いい大人が、あふれ出すコーラを持って社殿の陰から笑顔で現れたのだから。


「……」


 困惑から発生した沈黙が、躊躇いがちに周囲を包み込む。

 そんな中、コーラだけは元気にあふれ出し続け、俺の手を人工甘味料まみれにしている。


 気まずすぎる……。


 一瞬にして、コーラと計画が水泡に帰した。


 さあ、どうするよ俺!?

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