オー・マイ・リトルガール!!

しおみち

1話「未来の嫁は小学生!?」

「俺はロリコンじゃない」

 俺は言った。

「神に誓う」


「貴様の信じる神にもロリコンの容疑がかかっている」

 俊吾しゅんごおごそかに答えた。


「俺は断じて、彼女に不埒ふらちな真似を働いてはいない。指一本触れていないし、卑猥な知識を吹き込んだりもしていない。もう今日だけで俺は、このセリフを五千回は言ってるぞ! いい加減信じてくれ!」


「分かった。ひとまず信じよう」

 俊吾は正座を崩し、顔を歪めた。足が痺れたのだろう。

「だが、いちばん大きな問題はそこじゃない。問題は、貴様が幼き天使のピュアな恋心を弄んでいるということだ」  


 その点については、俺も反論の余地がなかった。


「そうだぜぇ。オイラたちが問題視してるのは、つぅまり、お前の根本的な人間性についてさあ」

 れいが俊吾に同調する。コイツは、歯と舌がミラクルスイートな飴玉でできてるんじゃないかってくらい甘ったるい声でしゃべる。コイツの見た目がミラクルビューティフルな美男子じゃなかったら、今ごろ八つ裂きにしてやっているところだ。


「君たちの言い分はもっともだ。俺は悪いやつだ。狙ったわけではないとはいえ、結果的に一人の幼きエンジェルの世界観を歪め、あまつさえ純粋無垢なハートを翻弄してしまったことは、ああ、万死に値するさ。でも、でも……」


「そうとも。貴様は万死に値する。だから今ここで死ね」


「そうだぜぇ。それかTikTokで全裸謝罪動画を配信するか、どっちか選びな」


「……」


 ダメだ。コイツら、あくまで俺を人類の敵と見ている。


「それじゃあダメなんだ! 俺がいまこのタイミングで死んだら、それこそ彼女の心にふさがらない風穴をあけることになるし、全裸謝罪動画を配信して猥褻物陳列罪で逮捕されたら、それこそ彼女の心にふさがらない風穴をあけることになる」


 その言葉を聞いて、俊吾と玲は少し困った表情になった。この好機を逃してはならない。ソッコーでたたみかける。


「経緯がどうであれ、今この瞬間にも、彼女の誤解は思春期男子の性に関する知識のように着々と膨れ上がっている。一秒でも早い解決が望まれる。そのためにも、君たちの協力が必要なんだ。俺のためではなく、彼女のためだと思って、どうか力を貸してほしい。事が解決したあかつきには、しかるべき罰を受けるから!」  


 むっつりした表情で耳を傾けていた二人はやがて、座卓の上のショートケーキにはじめて手をつけた。

 これは彼らの肯定の所作である。彼らは、気を許した相手の前でしかものを食べない習性があり、それは喧嘩でギクシャクした場合にも適応される。


 俺が少しでも彼らのご機嫌をとるために購入したショートケーキがみるみる減っていく。どうやら彼らは腹が減っていたらしい。


 そもそも俺が、貸主の不動産屋すら顔をしかめるオンボロ四畳半アパート(とはいえ風呂トイレ付きで日当たり良好)に二人を呼び出し、助けを乞うような事態に陥ったのは、とある少女と出会ってしまったがためだ。


***


 一週間前のことだ。

 俺は大学の帰り道、ふと公園(魚の骨を模した不気味な遊具があることから、地元住民は「ほねほね公園」と呼んでいる)によった。オレンジ色が滲み始めたノスタルジックな空を眺めながら、コーラを飲んでしゃれ込みたいと思ったからだ。


 俺は懐古的な雰囲気を残す行きつけの商店で、ビンのコカコーラを二本購入していた。いつも二本購入する習性がある。すぐ飲む用と、家で飲む用だ。やはりコーラはビンで飲むのがいい。なぜならカッコイイから。


 俺は公園のベンチに腰掛けた。そして意味深に空を見上げる。まるで、死んでいった戦友を想う戦争の英雄のように。


 コーラをグビグビやっているうちに、俺は気付いた。いつのまにか、隣に人が座っていることに。


 少女だった。

 ランドセルを前に抱えて、虚空を見つめている。

 その姿にはどこか、子供らしからぬ哀愁が漂っていた。何かに悩み、疲れ果てた者だけが不本意ながら獲得してしまう空気を、彼女はまとっていた。


「こんにちは」

 俺は自然と、声をかけていた。


 少女はゆっくりと目線を上げて、俺のほうへ顔を向けた。


 可愛らしい顔立ちの少女だった。

 クリクリした大きな目。その上にひかれた、意思の強そうなまっすぐな眉。陶器のように白い肌に添えられた、さくら色の薄い唇。ちょうどいいサイズのお鼻は、顔全体のバランスを絶妙に調整する役割を果たしている。艶やかな黒髪は、後ろで結ってポニーテールにしてある。


 少女はぽかんとした表情で、俺のことをじっと見つめていた。


「? もしかして、俺の顔になにかついてる?」


「日本にも存在するのですね、ビンに入っているコーラ。外国の映画でしか見たことありませんでした」

 少女は言った。


「ほぅ。『ウエスト・サイド物語』とか?」


「?」


 少女は俺の言っていることが分からないようだった。


「飲む?」

 俺はビンを掲げて尋ねた。


 奇しくも俺はコーラを二本買う習性があったから、一本は手つかずで残っていた。


「え、いいのですか?」


 俺はバッグに常備している栓抜きを取り出して、コーラの栓を取ろうとした。しかし不意に『ウエスト・サイド物語』のワンシーンを思い出してしまい――。


「見ててね」


 俺はベンチから立ち上がり、すぐ後ろにある柵に向かった。 道路と公園を隔てるためのものだ。


 少女はベンチの背もたれに覆いかぶさるような恰好で、俺をじっと見ていた。 瞳の中には、好奇心が発する柔らかい光が宿っていた。


 俺はコーラの蓋を柵の角にひっかけて、そのままビンを思いっきり垂直に引き下げた。蓋は見事に吹き飛んだ。少しコーラがこぼれてしまったが、そこはご愛敬。


 少女は初め、なにが起きたのか分かっていなかったらしく、キョトンとしていた。でも、蓋のなくなったコーラを認識すると、「あ! お兄さん、蓋を開けたのですね! すごい!」と言って拍手してくれた。


 俺はそのコーラを少女に手渡した。


「飲んでいいんですか?」


「もちろんだとも。君のために買ったんだからね」


「私のために?」


「そうさ」


「ありがとうございます!」


 俺は温かくて穏やかな感情に包まれていた。

 少女に笑顔には、そういった感情を喚起かんきする不思議な力があった。


「でもお兄さん、どうして私がここに来るって分かったのですか? 私はお兄さんより後に来たから、お兄さんは未来を知っていないとコーラを二本買えませんよね?」


 俺はここで、意地悪がしたくなった。

 少女をちょっとからかってやろうと思った。


「俺はね、未来から来たんだよ」


「ええ!?」


「未来から来たから、今日君がここに来ることを知っていたのさ。だからコーラを二本買っておいたんだ。君のためにね」


「すごい!」


 ランドセルを持っていることから、この少女は小学生。見た感じは三年生か四年生ってところだった。後々、じっさいに彼女が四年生であることが判明する。


 小学校の中学年にもなった子が、まさか未来人なんて信じるわけがない。今どき幼稚園児だって信じない。だから、少女が本気で食いついてきたときは、俺のほうが面食らってしまった。


 でも、俺はすぐに悟った。この優しそうな少女は、俺のオフザケに付き合ってくれているのだと。

 最近の子供は気遣いもできるのだなと、感心した。


 俺は嬉しくなって、オフザケを続けることにした。


「すごいだろう? お兄さんのいる時代はね、そんなに遠い未来じゃないんだけどね、自由に過去に行ける機械が開発されているんだ。タイムマシンだよ。お兄さんはタイムマシンに乗ってこの時代に来たんだ」


「すごい!」と少女は叫んだ。「あ! 未来人なら、もしかして、私の将来を知っていますか?」


「もちろん知っている」


「教えて下さい! 私は何になっていますか?」


「聞いて驚かないでね?」


「はい! 多分驚くけど驚きません!」


「君は――」


 これが、俺のおかした大失敗だ。


「お嫁さんになっている――」


 俺の罪だ。


「俺のお嫁さんにね」


 ああ、なんて馬鹿なことを言ってしまったんだ俺は……。


 でも、でも……。


 でも、誰が予想できる?


 小学四年生にもなった子が――


「お兄さんは、私の未来の旦那さんなのですね! すごい!」  


――未来人の存在を、本気で信じてしまうなんてさ。

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