調査と言う名のデート
ディエラ帝国の国境までは馬車で数日のところにある。
「ふっふっふ……夜の闇に紛れて侵入し、音もなく立ち去る黒い影!その名は……」
「あなた、少し黙りなさいよ?」
隣国に移動する馬車の中でも、リオはブツブツと独り言を続けていた。『スパイ』と言う響きは、よほどリオのようなインキュバスにとって心地いいものなのだろう……。
「じゃあ、今のうちに役割分担をしましょう」
「そうだな。情報を集めるにしても、バラバラにやったら意味ないしな」
そこでリオが提案する。
「一人であちこちを回ると目立つけど、大勢でぞろぞろ歩き回っても効率が良くねえからな。ここは俺一人で回るってのは……」
「却下よ。あなた達が一人で回ったら、サボり倒すのは目に見えてるもの」
「達って、誰の事よ……」
チャロは不満そうにつぶやく。
「さあね。……だから、二人一組で行くのが良いわね」
そのロナの提案にセドナも頷いた。
「だな。で、メンバーなんだけど……ここは男同士、女同士で組むのはどうだ?」
「はあ? 何言ってるのさ、私はこの女と組むなんて御免だよ!」
ワザとらしく、チャロは大声でリオに叫ぶ。
「そうね、私もこの子と行くのはパス。……じゃあ、セドナと私で組まない?」
「ああ、別に俺は構わないけど……」
そこでリオが口をはさむ。
「いや、ちょっと待てよ!あんたら二人なら、確かに効率的だけどさ!俺とチャロを組ませても、あまり効率は良くないだろ?」
「あら、分かってるじゃない」
ロナはクスリ、とバカにするような笑みを浮かべる。
チャロが一瞬腹を立てそうになったが、リオの目くばせに気づき、押し黙る。
「じゃあ、こうしましょう。私はリオと一緒に軍の施設の周辺を探索するわ」
「え、どうしてだ?」
「リオの格好は剣士でしょ?私は巡礼者の格好をしているから、軍の施設を回ってもあまり怪しまれないと思うから」
「そうだね。じゃあ、私はセドナと組むってことで良い?調査するのは勿論繁華街で!」
「そうだな、それじゃあ夜にまた会おうか。宿はどこにする?」
「それなら私が取っておくわね」
「じゃあお願い。いこ、セドナ?」
「お、おい。そんなにくっつくなよ……」
ロナはセドナの腕にしがみつき、軽くリオにウインクをすると、繁華街に歩いていった。
「では、隊長。一緒に行きましょうか?」
お姫様を踊りに誘うようなわざとらしい態度で、リオはロナに手を差し伸べた。
「そうね。じゃあ、宿を取ったらまずは訓練所に行くわよ」
「あ、待ってくださいよ、隊長~!」
だが、それを無視するようにロナはすたすたと歩いて行った。
リオは去り際に、チャロに対してそっと親指を立てた。
「じゃあ、どこから調査するかな……」
「やっぱりこういう時は、レストランで調査するのが良いと思うんだ」
チャロは、自信ありげな表情でセドナに伝える。
「レストラン?」
「うん、案外街の人たちの噂話から、つかめる情報もあると思うからさ」
「うーん……。ま、あてもないしそうするかな」
「じゃあ、こっちのお店にしよ?」
そう言うとロナはセドナの腕を引っ張りながら、3ブロックほど離れた場所にある大きなレストランに歩いて行った。
「うわあ……。こりゃ、高そうなレストランだな……」
「だよね?けど、今日は軍資金もあるし、大丈夫だよ」
勿論、この店はリオから聞いた『おすすめのお店』だ。
「はい、いらっしゃい……チッ」
だが、店に入るなり、店員はこちらの顔を見て舌打ちをしてきた。
「じゃあ、この席にどうぞ」
ぶっきらぼうな表情で案内されたのは、トイレに一番近い席だった。
「うわ、何ここ! くっさいなあ……」
「そうか? ……あ、いや、そうだな」
チャロは席に着くなり、嫌な顔をした。
この世界のトイレの下水設備は現代日本のそれとは比較にもならない。
その為、悪臭は席の近くにまで漂ってくる。
「いくら何でも、ひどいな、この席……人間だからって差別されてるんじゃないかな、私たち……」
「どうだろうな。……単にマニュアル通りに対応した上で、こうなのかもな……」
セドナの言う通り、すでにほかの席は満席であり、店員に頼んで席を変えてもらうことは難しい。
「折角のデートなのに……」
ぽつり、とチャロはつぶやく。それをセドナは聞こえないふりをするように、苦笑した。
「ま、しょうがないから情報を集めたらさっさと出よう、な?」
「そうだね。……セドナは何食べる?」
「俺は別に腹減ってないから、良いよ。チャロは好きなのを食べなよ?」
「うん」
そう言って品書きを見るチャロ。
だが、メニューの殆どはエルフが好むような種実類を用いた料理ばかりであり、チャロの好きな肉料理のメニューはない。
「あのバカ……」
思わず、チャロは毒づいた。
チャロは先刻、リオに『デートに向く、評判の高いお店を教えて』と質問をしていた。
なるほど、リオの言う通り、確かにこの店は繁盛しており、評判のいいお店なのだろう。
だが、そもそも『評判の高いお店』を純粋に尋ねたら、多数派である『エルフにとって』評判の高い店になるに決まっている。
『美味しい肉料理を出す店』と尋ねるべきだった、とチャロは少し後悔するように歯噛みした。
「すみません!あの、何度も呼んでるんだけど!」
チャロは何度か店員を呼んだところ、3回目ほどでようやく来た。
「ああ、すいませんね。今混んでるから中々来れなくて」
「このナッツの盛り合わせとリンゴジュース頂戴」
「後、水を1杯ください」
この店……と言うより、この世界では大抵のレストランで、水は有料だ。
その為、セドナのように水だけ頼んでも失礼には当たらない。
「後、これを」
更に、チップとして銀貨を1枚渡した。
当然だが、セドナの国の紙幣はこの国では使えない。その為、出発の前に金貨・銀貨に両替は済ませている。
このあたりの両替が速やかなところは、兌換紙幣の利点でもあるだろう。
「……はい」
そう言って不愛想に店員は引っ込んでいった。
「お待たせしました」
それから20分ほど経過し、ナッツの盛り合わせが届いた。
「あれ、チャロ、それで足りるのか?」
「ううん。あとで、街で何か買って食べるよ」
そう言いながら、チャロは不機嫌そうに、ナッツをがりがりとかじり始めた。
ただでさえチャロの好物が無いことに加え、店員の態度から考えて、人間相手のメニューは後回しにされるのを感じたため、すぐに来そうなものを頼んでいた。
それでも20分ほどかかったことを考え、チャロは自分の予想が正しかったことを意識した。
「……にしても、あまり態度良くないな、ここ……」
「ま、もともとご飯食べに来たわけじゃないから、良いけど」
そう言いながら二人は怪しまれない程度に聞き耳を立てた。
聞こえてくるのは、天気の話やペットの話と言った、他愛のない話題ばかりだった。
「あまり重要そうな会話は聞こえてこないな……」
「まあ、そうよね。……ね、ねえ、セドナ。そっち行っていい? あまり私たちの会話が聞かれるとまずいし、さ」
「ああ、いいぞ」
そう言うとセドナは窓際に少し席をずらした。その横にチャロは座った。
「…………」
髭の1本も生えていない整った肌。水仕事をしているとは思えないほど美しい手が機械的にコップを口に運ぶ姿。
その佇まいに少し顔を赤らめながら、チャロは体を寄せた。
「あまり、私たちって注目されてないね……」
「まあ、実際に『人間を見るのも嫌』ってほど嫌ってるやつはそんないないんだろ?あの店員みたいな人の方が少数派なんだよ」
そう言いながらセドナはチャロの頭を優しくなでる。
「……あ、あのさ、セドナ?」
「あ、悪い、恥ずかしいか?」
「う、ううん。もっとしてほし……じゃなくって、あのお客さん、気にならない?」
顔を真っ赤にしながら、チャロははす向かいに座っている女性のエルフに目線を向ける。
「え?」
「あの人のつけてるアクセサリー……。見覚えない?」
「あ!」
思わずセドナは声を上げた。
周囲の視線がこちらに向くのに気が付いたため、セドナはポケットから財布を取り出した。
「ああ、よかった、財布はあったか……」
そう、財布を無くしたふりをすると、周囲がこちらに関心を失っていった。
セドナは再度チャロに顔を寄せ、ささやく。
「確かに。……あのエルフのアクセサリーって、ルチル姫に渡そうとしたときの捧げもの……だよな」
「確か、馬車の中で焼失したんじゃなかったっけ?」
「……確かにそうだと思ったけど……」
「セドナ、最後に宝飾品を見たのって、どのとき?」
「えっと……。サキュバスが荷物を馬車に積み込んだ時……だな」
「あの女を救出したときには確認しなかったの?」
あの女とは当然ロナのことだが、もうセドナは、そこを突っ込もうとはしない。
「あ……!」
セドナは、はっとしたように表情を変えた。
宝飾品の入った箱は確認していたが、その中身までは確認していなかった。
それ以前に、燃え跡から宝飾品の残骸が発見されなかったのもおかしい。
いくら火に弱い宝飾品ばかりだったとはいえ、その留め具や金属部分まで跡形もなく焼失していたのは不自然だった。
「いや、そんな余裕はなかったよ。……けど、偶然同じデザインだって可能性もあるよな?」
「……そうだね。……とにかく、あのアクセサリーの出所を探そう」
「うん。この辺に繁華街があるから、そこに行ってみようか」
「……いや、仮にあれが本当に俺たちの積み荷にあったものと同じだとしたら、盗品だろ?闇市とか、探すところはあるんじゃ……」
セドナの当然の質問にチャロはうろたえた。
「……別にいいでしょ!セドナと繁華街を歩きた……じゃなくて……あの人が闇市で買い物するように見える?」
苦し紛れにそう言うが、チャロの言い分にも説得力がある。
エルフの女性はいかにも「貴婦人」と言った身なりをしており、アングラな店で買い物をするとはとても思えない。
「そうだな。それに、チャロもまだ腹減ってるもんな。食べ歩きがてら、繁華街に行こうか?」
「うん!……行こう、セドナ!」
そう言うと二人は立ち上がり、店を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます