第3章 ディエラ帝国への潜入調査
エルフと言う生き物
私は、人間と言う生き物が嫌いだった。
新聞を見ていると、出てくるのは人間が起こした事件ばかり。
日常の会話で聞こえた内容もいつも同じ。
「人間はエルフよりも寿命が短いから、短絡的な事件ばかり起こすものだ」
「エルフは人間よりも思考力が優れているから、人間はそれに嫉妬して怒りを見せるのだ」
そんな風に、私たちエルフを持ち上げ、その踏み台に人間を使うものばかりだった。
そんな生活を送っていた私は、いつしか人間を嫌うことが当たり前になっていたし、人間への優越感を持っていた。
そして40年前、戦争が起きた。
戦争の相手は、今の私の住む国だ。
その時、私たちは多くの敵兵士を手にかけてきた。
いつか、私も殺されることは分かっていた。
……しかし、『その時』はすぐに来た。
ディエラ帝国が私たちの住む砦を放棄し、私たちを切り捨てたからだ。
そして数週間後砦が陥落した。その時には立っていられる兵士はほぼおらず、みな傷病により倒れこんでいた。
当然私も、その一人だ。せめて苦しまずに死ねるなら幸いだ、とも思っていた。……だが、
「急いで、敵兵の救護に当たれ!」
と言う声が聞こえてきた。それが今の夫だった。
次に意識が目覚めた時、私はベッドの上だった。
人間たちは私への敵意を見せながらも、手を止めることなく看護を続けていた。
「なんで、敵兵である私たちを助けるの?」
それを聞くと、人間たちは色々な反応を示した。中には、
「お前たちを捕虜とした方が、和平交渉に有利だからだ」
「お前たちを法の場でさばいてもらうためだ」
そう敵意を込めた口調で言うものもいたが、その言葉の裏には違うものを感じた。
エルフの世界にはないが、どこか暖かい感情。
それが、最初に人間……いや、他種族そのものに興味を持ったきっかけだった。
数年後、私の国は破れ夫の国……今の王国と和平条約を結んだ。
私は傷病所で再会した夫と結婚し、夫の国で働くようになった。
勿論、両親はみな反対した。
人間と結婚しても、すぐに歳をとり、晩年は介護が必要になる。
そんな人生を棒にふるようなことをするんじゃない、と。
みなそう言っていたが、私は夫と結婚して後悔はなかった。
夫の寿命はずっと短いけれど、その短い分の密度で私を愛してくれた。
夫は私以外にも愛情を注いでいた。それが自分にとって損になるような相手でも、だ。
それに『ヒューマニズム』という名前があると知ったのは、結婚してからだった。
私は今でも、その価値観を理解できない。だが、夫のその価値観は、私は好きだった。
30年ほどともに過ごし、夫は少しずつ老いていった。
それでも、私にとっては出会った時のまま、素敵な夫でしかなかった。
私は要職に就くのをやめ、受付嬢として働きはじめた。
別に夫に頼まれたわけではない。……夫と少しでも長くいたいと思ったためだ。
……だが数年前、私は夫に病を患っていることを聞かされた。
私はその時、ようやく夫の「死」を意識した。その時のショックは忘れない。
「……どうした、ロナ? うなされていたぞ?」
「え? ううん、何でもない」
「それなら良いんじゃが……。ロナ、いつもありがとうな」
「気にしないで。私の方が寿命は長いんだから、短命の人間の介護くらい、覚悟してたわ」
「ああ、それもそうじゃが……。そばにいてくれることが、嬉しいんじゃよ」
「どういうこと?」
「ただ、一緒に居て話をして、ご飯を食べて、ゲームで遊んで……そう言う日常が、ありがたいことだって思ってな。……それだけじゃよ」
「そう。……それなら、私もありがと。そばに居て幸せなのは、私も同じよ?」
「そうか……。それなら、よかった」
そう言って、夫はまた眠り始めた。
夫の顔を見ていれば分かる。今も病による激痛と必死に戦っていることを。
そして、寿命がもう残り少ないことも。
だから私は、夫の命が少しでも伸びるなら、何でもする。そのためには、国を裏切ることは何とも思わないし、関係ない人が苦しんでも心は痛まない。
それがエルフと言う生き物なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます