登用試験の正体

試験が終わった時、すでに空は暗くなっていた。

「ふう、やっと終わったな、チャロ」

「そうだね。臨時収入も入ったし……今日は久しぶりに肉を食べない?」

「ああ、おいしい料理を作るよ」

エルフ以外の種族で試験に出たものは、僅かだが賃金を得られるシステムになっていた。

数枚の※紙幣を大事そうに抱えながら、チャロはセドナの手を握り、二人で会場を後にした。


※歴史の長いこの国では、その信用も相まって兌換紙幣制(金貨や銀貨などと引き換えが可能な紙幣のこと。かつては日本でも使用されていた)を採用している。


受験者が誰もいなくなったところで、部屋の奥から一人の少女(実際には高年齢だが)がひょっこりと顔を出した。

エルフの性格上質素な服装ではあるが、その素材は再上質のものであることがすぐに分かる。また、その胸元には王侯貴族であることを示すリボンがあった。

「どうだったかしら、ロナ。今日の試験は……?」

「あ、ルチル姫。はい、滞りなく終わりました……」

ロナは、会場の後片付けをしながら、そう答えた。

「あんなはした金であそこまで喜ぶとは。全く、人間は貧しい種族ですわね……」

「はあ……。しかしなぜ、他種族にだけ、賃金を?」

「ああ、あ奴らは貧乏で哀れな存在だからよ。長年にわたる飢饉で食うに困ってるとも聞く。じゃから、施しをしてやったまでです」

ルチル姫はそういうと、にやりと笑った。

むろん、これが本心でないことはロナには分かっていた。仮に本心であっても不快なものではあることに代わりは無いのだが。

「はい……」

「なにか言いたいのですか、ロナ?」

長年にわたって続く食料不足が原因で、住民の不満は国内でも高まっていた。

その為、意図的に人間ら他種族をひいきすることによって、エルフの不満を王室から人間にそらす。

それが魂胆なのは明らかであった。


……だが、民衆の不満をそらす方法として、これ以上に有効な方法の一つをルチル姫は知っていた。そして、そのために人間を利用しようとしていることは、ロナも知っていた。


「いえ、何も……」

だが、ロナはそれを口にすることは無かった。

「で、他種族に見込みのあるものはいませんでしたか?」

「はい、まず一人目は、インキュバスの『リオ』です」

インキュバス、と聞いてルチル姫は不快な表情を見せた。

「あら、インキュバスですの?あ奴らは、私にやたら色目を使うから好きではないのですけどね……」

「ですが、夢魔で文字をかけるものは、ほかにおりません。筆記試験の内容は惨憺たるものでしたが、その部分の評価は高いでしょう。実技でも負けはしましたが、それは夢魔の性格に起因するもの。潜在能力には高いものを感じました……」

「なるほど、ほかにはどんなものがいましたか?」

「そうですね……い、いえ、特には……」

「そんなわけないでしょう? ちょっと結果表を見せなさい」

そう言うと、ルチル姫はロナから試験表を強引に奪い取った。


「試験官から聞いたけど、人間では『チャロ』と呼ばれる少女も、実技では素晴らしい評価を見せていたようね。確か、先ほど出ていった、あの品のない小娘ね?」

少し悪意を込めたような口調で、ルチル姫は尋ねた。

「はい、そうです。セドナ、と呼ばれる青年といつも行動を共にしております。恐らくは、二人は恋人同士かと……」

「なるほど、試験結果はどうしたの?」

ロナは一瞬ためらうような表情を見せた後、自身の見解を述べた。

「身のこなし、そして瞬時の判断力……。どれをとっても、一級品と言えるでしょう。年齢こそ14歳と若いですが、身体能力そのものもわれら一般のエルフを上回っております」

「そう……。一応聞くけど、その小娘は「天才」ではなかったのかしら?」

ルチル姫は一瞬不安そうに尋ねるが、ロナは落ち着いた様子で首を振った。

「いえ、身体能力こそ優れるものの、魔力は人間の平均と比べても著しく低く……。試合中に魔力切れを起こし、敗退しました。証言もございますが」

「ふむ……。ロナ、あなた何かしたのではないです?」

「なぜ、そう思うのです?」

「あなたほどの魔法の使い手なら、誰にも気づかれずに、魔法解除を行えるでしょう?」

「そんなことをする理由は、私にはありません」

ロナは、顔色一つ変えずに答えた。

「そう……。まあ、そう言うことにしておきましょう。後……その……」

「チャロと一緒に居た、あの人間の青年『セドナ』についてですか?」

「え、ええ。そうです。その……」

「確かに、彼の容姿は優れていますね。まるで人間とは思えないほど、整った顔をしておりますが……。恐らく、チャロと言う娘は彼を離すことはないでしょう」


それを聞き、ルチル姫は顔を真っ赤にしてあわてた様子で尋ねてきた。

「べ、別にそんなことは言っていませんわ!で、あの男はどうですの?」

「はい、彼もチャロほどではないですが、高い身体能力を有しております。また、筆記試験の配点は……満点です。……初めて試験結果を見た時に、彼をエルフではないかと疑ったほどです」

「そう……。ちょっと見せてもらえます?」

「分かりました」

そういうと、ロナはセドナの書いた答案を見せた。

人間から見れば滅茶苦茶な文体だが、『エルフ構文』はただの1行たりとも誤りはなかった。

また、文章そのものも『エルフのルールに人間側が工夫し、合わせる形での共存』を軸に書かれており、価値観の押し付けを示す素振りもなかった。

これについては、ルチル姫も文句のつけようもなかった。

「むう……。これは見事……。全く惜しい存在ね……。けど『スケープゴート』には、彼ほど望ましい人材はいないですわね……。若く、容姿が美しく『人間』であることが条件……。それも、女性でも子どもでもない方が望ましい、とくれば……彼しかいないわね……」

ルチル姫は、もの惜しそうにつぶやいた。

そもそも、人間の受験者自体が少なく、数少ない受験者もロナの態度に腹を立て、受験を辞退したものが多い。

ロナは、エルフ以外の種族に、意図的に攻撃的な態度で接していたのだ。

「……本当にやるおつもりですか?」

「仕方がないことでしょう……?この飢饉で国民の怒りも溜まる中、私たちに残された道は他にはないのですから……」

「しかし……!」

「これが、一時しのぎなのは分かっています……。せめて、チャロとやらには、十分な弁済をしましょう……」

「はい……」

そういうと、ロナは押し黙った。


「セドナ……。あなたが竜族……いや、せめて同族であったなら……。私はあなたとともに道を歩めたというのに……」

ルチル姫は、その自身の発言に自答するようにかぶせる。

「しかし所詮、人間はわれらより早く老いる身……。ともに歩むというのは、人間側には都合が良いかもしれませんが、エルフにとっては不平等極まりない関係ですわね……」

「……そうですね……。ですが……」

「どうした?」

「いえ……」

後片付けが終わったロナは、荷物をまとめた。

「私は定時ですので、これで」

「そう?……ねえ、ロナ。やっぱり、あなたほどの魔力があるものが、こんな仕事をしているのはもったいないですわ。……いつでも、私の側近として働くポストを用意して差し上げますわよ?」

「定時で帰れる仕事以外に興味はありませんので。せめて、後10年は今の職場に居たいと思います」

「そ、そうですか……。では、ごきげんよう」

その決意が固いことを見て、ルチル姫は何も言えなくなった。

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