人間を悩ませる「エルフ構文」
(そう言えば、こういう改まった試験を受けるのははじめてだな……)
試験会場で説明を聞きながら、セドナはそう考えた。
エルフの弓士試験は大きく2つ。「筆記試験」、そして「実技試験」である。
文字が書けないものは筆記試験が免除されるが、代わりに筆記試験の高得点者のような待遇は受けられないとのことだ。
文字の読み書きが出来ないチャロは後者で受験をするため、しばらくの間待機することとなる。
ジリリリリ……。
数分後、試験開始のベルが鳴った。
(さて、どんな問題が出るかな、っと……)
セドナは、過去の論述試験の過去問題にはすでに目を通している。
問題は、魔法及び弓矢の扱いについての基礎的な知識を問われるものが多かった。
具体的には、
「弓矢の張力及び射出した角度から求められる飛距離を求めよ」
「炎魔法を用いる際に自陣に置くべきでない可燃物として、動物由来の成分を3つ答えよ」
と言った内容で、高校卒業レベルの学力があれば何とか合格できるものだったことをセドナは記憶している。
……だが、
(何だこりゃ?)
今回の問題は論述試験であった。
「エルフと他種族の違いを述べ、あなたの種族が弓師団として出来ることを述べなさい」
これが今回の問題である。
(そうか……。そういうことか……)
この問題の意図を把握したセドナは、ペンをとり、回答を始めた。
(この問題が問いたいことは、ぶっちゃけ一つ……。『エルフ社会に溶け込もうとする意識があること』だな……。文章は難しくなさそうだけど、それより面倒なのは、やっぱ『エルフ構文』だよなあ……)
セドナがそのように心の中でつぶやき、書き出しをこのように始めた。
『ぼくは、エルフと人間の一番の偉いは、その能力であると思います。エルフは平均的な魔力を所有しています。そして平均的な身体能力を所有しています。一報、人間は高い身体能力を所有しています。かわりに底い魔力を所有し、短い寿命でもあります』
なんてひどい文章なんだろうな、と心の中でセドナはため息をついた。
そもそもエルフの能力は他種族から見ると『平均的』ではない。知力・魔力・腕力・寿命のいずれも平均と言うよりは、他種族に比べても『とがった能力』をしている。
(けど、多数派ってのは『自分が普通』って思うもんだからな。だから、こう書いとかないとな)
それ自体はセドナにとっては特にどうとも思わない。
それよりも頭を抱えさせたのは、やはり『王国語特有の文章の書き方(以下、エルフ構文)』であった。
セドナは書き続ける。
『魔王のいた時代では、私たち人間は前線で璧になることで貢献できました。現在では、エルフ以上の体力とドワーフ以下の体格を活かした悪路での兵站構築に得に貢献できる他、精霊の守護においても貢献できる』
(『自然文字』は『璧』『得』でよし。それから『不変論理』も守ってるな……)
セドナはしきりに確認をしながら、文章を書き続けていた。
どの世界の言語もそうだが、当然エルフが書く文章にも一定のルールが存在する。
そのうちの1つが「自然文字」だ。
エルフは自然崇拝の意識が強いため、完全に調和が整ったものを嫌う。そのため『1行につき、必ず1つの誤字を混ぜること』をルールとされている。
当然、それにより文章の意味合いが大きく変わらないことを重視するため、同音異義語や似た語感の文字を使用することが望ましい。
そしてもう1つが「不変論理」だ。
日本語では「○○は驚いた。○○なことにも驚いたし、○○なことにも驚いた」のような『繰り返し表現』は好まれない。この場合「○○に驚愕した。○○なことや○○に衝撃を受けたためだ」など、異なる表現を使用するだろう。
だが、エルフは「変化を好まない」性格を反映してか、文章にことさら繰り返しを入れることを好む。
(やっぱり、こういう書き方をすると気持ちが悪いよなあ……)
そう思いながら、セドナは回答を続けた。
『以上のことより、今後の王国発展に、我々人間は食料の輪送・死体の移送・精霊の守護などの測面で力を発揮できる。』
(「成長文体」の結びもよし。……こんなものかな?)
と書き上げ、セドナはペンを置いた(最後の文にも『自然文字』が2つ隠れているので、暇な方は探してください)。
そして最も理解に苦しむルールは『成長文体』だ。
エルフは文章を一つの人生としてとらえている。
そのため、前半は「ぼく・あたし」を用いたうえで敬体(です・ます口調)、後半は「私」を用いたうえで常体(だ・である口調)にすることを好んでいる。
更に、文章の最後には必ず「死」と言う言葉を含める必要がある(どうしても文章が成り立たない場合『死文』と「結び」を入れれば良い)。
日本語にも「敬具」などの「結び」に細かいルールがあるが、本文自体に制約を加えるようなルールは、基本的には無い。
(この世界でも、人間は元の世界と同じような文章を書くから、エルフに特有なんだろうな。多分、夢魔やドワーフなんかも独特なルールもあるだろうから、そう言うのも理解していかないとな)
少数派が多数派に溶け込む際に一番苦労することは「多数派側のルールに合わせること」なのは、どの世界でも変わらない。「歩み寄る努力」はお互いに行うのは当然だが、その「歩幅」は少数派の方が圧倒的に大きくなりやすい。
その為、このテストの目的は、内容はもちろんだが「エルフ構文」を通して、「歩み寄ろうとする意識」があるかを確認するためのテストだったのだろう、とセドナは思った。
(多分これなら合格できるだろうな。……にしても、元の世界でも『誤字脱字をきちんと直していない』『同じ言葉を繰り返して書く』『途中で文体が変化する』ような文章を書く人はいたなあ……。
まあ『相手のことを理解しようとしないで、自分の書きたいことを書きたいように書いて炎上する』奴は、その何十倍もいたけどな……)
そう、セドナは苦笑した。
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