第1章 弓士団試験

受験場前の口喧嘩

「人間二人が受験するのね?……ふうん」


そういうと、こちらを品定めするように受け付けのエルフは見つめてきた。

現実世界では、おそらくモデルとして雑誌の表紙を飾っているであろう美貌。これはどのエルフにも共通の特徴である。

その傲慢な態度ですら、ドラマのワンシーンに感じさせるような魅力がエルフには存在する。

「……ちょっと、何セドナのこと見てるのさ?」


当然それが気に入らないのだろう、チャロはその鋭い目つきをさらに細め、その受付嬢を睨みつけた。

「え? 別に、人間なんて初めて見るから驚いただけよ?」

「言っとくけど、セドナはエルフのことなんか大っ嫌いなんだからね!」

そういうと、チャロはセドナの腕を引き寄せながら尋ねた。

「ふうん。あなたはエルフが嫌いなの?」

「あったりまえでしょ!数が多いからって、いつもいつも人間に偉そうにしてさ!力だって人間にはかなわないくせに!人間がエルフに優しいからって、セドナに色目使わないでよ!」

『人間がエルフに優しい』と言う発言に対して、少し違うな、とセドナは思った。


実際には人間は優しい種族と言うわけではなく、単に(人間目線では)優れた美貌を持つエルフを心底から憎むことが出来ないだけだ。


そのことも人間が個体数を大幅に減らした原因だろう、と思いながらもセドナは押し黙った。

「……フフフ。そんなにこのお兄さんを取られるのが心配なの?」

「……だとしたら、何?」

「大丈夫、エルフが人間なんかと付き合うことなんてあり得ないわよ」

「なんでそう言い切れるのさ?」

「恋愛を楽しめるのはせいぜい数十年。しかも、それが終わったら介護でしょ?そんな種族と付き合うなんて、まっぴらよ」

さも平然のように答えながら、受付嬢は笑みを崩さない。

「そんなことも分からないなんて、やっぱり人間って、頭が悪い種族なのね」

「そういうところがエルフの嫌いなところなんだよ!」

「まあまあ、チャロ。俺たちは喧嘩しに来たわけじゃないだろ?」

「けど……!」

「それに、これから一緒に働くことになるかもしれないし、な?」

「……うん。……ごめん、セドナ」

困った顔をしているセドナを見て、ようやくチャロは冷静さを取り戻したようだった。

「まったく。……けど、セドナって言ったわよね?あなたなら見た目も悪くないし、ピッタリなのは確かね」

「兵士に向いてるってことですか?」

セドナが尋ねると、受付嬢は少しためらいを見せながらも、質問を続ける。

「ううん、何でもないわ。ところで、申し込み用紙は書ける?書けないんなら私が書いてあ・げ・る」

その容姿から一見誘惑するような口調に誤解されるだろうが、その本音は読み書きが出来ない人間への侮蔑であることは明らかだ。

そのことは、チャロにも容易に感じ取れた。だが、先ほどの件で懲りたのか、憮然とした表情ではあるが、何も言い返さなかった。

少しほっとしたセドナは、羊皮紙を受け取ろうと手を伸ばした。

「いえ、こちらで記載できます。申し込み用紙を頂いてよろしいですか?」

「へえ……。人間にも文字が書ける個体がいるのね。意外だわ。じゃあこれね」

受付嬢から乱雑に羊皮紙を投げ渡され、セドナは申込用紙に二名分の受験内容を記載する。

(なによ、あの女!……いい、セドナ?ああ言うのは相手にしちゃだめよ?)

文字が書けないチャロはサインの部分だけ適当に殴り書きながら、セドナに耳打ちした。

(一番突っかかっていたのはチャロの方だろう?)

(けどさ……!セドナだってあの女の事すごい興味持ってみてたよね?)

(俺はそんなつもりはないけど……。そう思わせたのならごめんな、チャロ)

(……うん……)

恐らく、このような場に出ることが初めて興奮しているのだろう。

そう判断したセドナは、チャロが落ち着くのを待って、受付嬢に申し込み用紙を手渡した。


「……よし、これでかけました」

「ふうん……。へえ……?人間ごときにしては、きれいな字ね。見直したわ」

どれだけ評価低かったんだよ、と思いながらもセドナは言葉を飲み込んだ。

「年齢は……え?チャロちゃんが14歳……これ、本当?」

「そりゃそうでしょ。いくら人間でも数くらいは数えられるよ」

頬を膨らませながら答えるチャロに、受付嬢は、同情を含んだ表情を向けてきた。

「あなたたち、まだ赤ちゃんじゃない……?やっぱり、試験を受けるのは辞めたら?」

「何さ、失礼だな!私たちはもう十分戦えるんだけど?それに、受験資格に年齢はないよね?」

「そ、そうね……。……はい、それじゃあ受け付けは済んだから、あっちで時間まで待っててね?」

そういうと、受付嬢は奥の部屋を指さした。

「ありがとうございます」

セドナだけがそう答え、二人の姿が見えなくなった時に、


「なんで、私の『忠告』が聞けないのよ……」


受付嬢は誰にも聞こえない声で、そう一言だけつぶやいた。

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