人口比率が『エルフ80%、人間1%』の世界に、 チート能力もなしで転移した俺が「勇者」と呼ばれるまで

フーラー

プロローグ エルフが書いた絵本は、人間には不愉快

人間は長命なエルフを愛せるが、エルフはすぐ老いる人間を愛せない

『くそっ!撤退だ!』

『あいつ……エルフの癖になんて力だ……!』

そういうと、人間は捕まえていた竜族の女の子を置いて、逃げていきました。

『けがはない?』

『あ……ありがとう……。けど、その……なんで私を助けてくれたの?』

『それは、その……』

『まさか……』

『やっぱりはっきり言うよ。君のことが好きだからだよ……』

『ほんとう?けど、その……私は竜族だから迫害されてるし……。それに寿命もあなたとは……』

『そんなこと、俺は気にしない!』

そう言って、青年は竜の子を抱きしめました。

『君がなんだっていい!君は、俺のたった一人の恋人なんだから……!だから、結婚してくれ!

『……うん』

少女はそういうと、そっと青年にキスをしました。


僅かに光るランプの傍で絵本をパタンと閉じ、ボロボロのソファに座った青年『セドナ』は軽く息をついた。

「……めでたしめでたし……。どうだった、チャロ?」

セドナの膝の上にちょこん、と座っていた少女『チャロ』はやや不服そうに答える。

「うーん……。よくある青年の成長物語……。最後のキスシーンは素敵だったよ。ただ……」

「ただ?」

「いつも思うんだけど、人間っていっつも悪者だよね?」

「まあ、エルフが書いた物語だから、そうなるよな」

「それに、私たち人間はこんなに不細工でもないし、頭が悪くもないよ。特に最後のシーン……」

セドナの手から絵本をもぎ取り、ぱらぱらとシーンを手繰る。

そして、大立ち回りを演じる場所で手を止め、セドナの方を向いた。

(…………)

14歳の少女にしてはやや幼い顔立ちと、それに似つかわしくない鋭い三白眼を見て、セドナは少し戸惑いの表情を見せる。

「明らかに人間の性格が悪そうに書いてるよね?目つきが悪いし、不健康そうだし……」

「ああ……」

「それに、エルフが弓矢を得意なことぐらい常識だよ?なのに、アジトに矢除けの一つも置いていないし」

「まあ、絵本なんだから分かりやすい書き方をしたんだろうけどな」

「後、一番気に入らないのは……」

一呼吸置き、チャロは口をとがらせる。


「エルフって多種族との恋愛ものをよく書くのに、エルフの書いた『人間との恋愛もの』が一つも無いことだよ」


「え?」

その質問は想定外だったのか、セドナは少し戸惑ったような表情を見せる。

「これって、エルフより人間の方が短命だからだよね?……なんか、異種族恋愛ってそのあたりが不公平だよ。……キミの居た世界ではどうだったの? キミの居た世界って人間しかいないんだよね?」

本を閉じ、セドナを背もたれにするように体重を預け、チャロは尋ねた。

「うーん……俺の居た世界か……」

少し昔を思い出すように、セドナは上を見上げた。




セドナは、半年ほど前にトラックに撥ねられ、その時にこの世界に転移してきたものだ。

突然見知らぬ草むらに飛ばされた時には何が何だか分からない状態だったが、幸いだったのは市街地が近くにあったことだった。


その街で何とかありついた日雇い労働の帰りにチャロと知り合い、それ以降一緒にスラム街で日雇いの仕事をしながら、ひっそりと暮らしている。

当然、セドナが異世界から来たと知っているのはチャロだけだが。


「たしかに……。俺たちの世界でも異種族間の恋愛ものはたくさんあったけど……。寿命差について触れないものばかりだったし、あったとしても『自分より長命な種族との恋愛』ばっかりだったな」

「やっぱり……」

はあ、とチャロはため息をつく。


「結局、自分が得する平等しか認めないのは、人間もエルフも一緒なんだね。けどキミの世界なら、こんなに人間は肩身が狭くならなそうで羨ましいなあ……」


「うーん……。俺たちの世界にもいろんな不平等はあるからな。それに人間が多いから同種族間での争いも多いし……」

そこまで言うと、チャロのお腹がグー……となった。ランプの光ではっきりとは認識できないが、チャロの耳が赤くなっているのはセドナにも理解できた。

「……聞こえた?」

「え、お腹が鳴る音のことか?別に聞こえてないけど……」

「バカ。聞こえてんじゃん……」

恥ずかしそうにするチャロ。セドナは少しバツが悪そうに頭をかいた。

「悪いな……。最近パンの値上がりがひどくて、今日は3個しか買えなくって……」

「ううん。それより、キミの方は大丈夫なの?パン、3つとも私にくれたでしょ?」

「あ、ああ……。俺は別に平気だよ。チャロの見てないところで、食べてるから」

「それなら、良いんだけど……」

「それに、こんな貧乏生活も今日までだよ、きっと」

そういうと、セドナは少し身を乗り出して机の上にある羊皮紙を取ろうとする。

「……っ」

バランスを崩し落ちようとするチャロは、セドナの首に手を回し、

「チャロ、そろそろ降りない?」

「……ヤダ。離れたくない」

「……そうか……」

最初のうちこそ警戒心を見せていたチャロだが、最近ではすっかりセドナに懐いており、離れようとしない。

チャロの両親は病気ですでに他界しており、そもそも人間と言う種族そのものがこの世界では希少であり、同族に出会える機会も少ない。

加えて、この世界では人間は「短命なので、すぐに老いて働けなくなる」という建前で、日雇い以外の職に就くことが難しい。

彼女も、自分が転移するまではずっと独りで生きてきたからこそ、自分と離れたがらないのだろう。

そう考えたセドナはそっとチャロの頭を撫でた。

「…………」

何も言わないが『もっと撫でて』と言いたげな態度を見せるチャロ。

だが、セドナはいったん手を止めて羊皮紙を改めて開く。


「王女直属の弓士団を募集するなんてラッキーだよな。……サキュバス・インキュバス・ドワーフ・人間でも応募可能らしいけど、そう言うのって初めてなんだろ?」


人間の名前が最後にあるのが、この世界の人口比を物語っているようだ、とセドナは読みながら思った。

「うん。いつも弓士団の募集はエルフだけが対象だったから……」

「俺たちの力、見せつけてやろうな、チャロ?」

「もちろん。きっとみんな、驚くよ?」

少しだけ笑みを見せたチャロを見て、セドナは羊皮紙をカバンにしまった。

「けど、すごいな、キミは。なんで文字を読めるの?」

この国の識字率は80%程度だが、その数字の殆どはエルフによって稼がれているものだ。

当然チャロも満足な教育を受けていないため、文字の読み書きは出来ない。

絵本を毎晩セドナに読んでもらうようにせがむのも、それが原因の一つだ。

褒められたことに少し照れながら、セドナは答えた。

「え?……ああ、俺の国の文字に似ていたからな。もし東洋の『Kanji』みたいな文化があったら、さすがにマスターできなかっただろうけど」

「『Kanji』って絵をもとにした文字だよね?キミの居た世界には面白い言葉があるんだね」


勿論、王国語は元の世界とは異なるものだったが、王国語には冠詞や序数のような複雑な言語体系が存在せず、また使用する文字の種類が30に満たなかった。

加えて、言語の並び順が主語・動詞・目的語といった形であり英語に類似していたことから、この世界に転移後、数か月で王国語を頭の中にインプットすることが出来た。

「だよな。まあ、それは置いとくとして……絶対にこの試験に受かろうな!」

「うん。……もしキミが落ちても、私がキミを養うから、安心して?」

チャロはにやり、と笑みを浮かべた。まるで、セドナが落ちることを望むように。

「……縁起でもないこと言うなよ……。とにかく、明日は早いからもう寝ような?」

「……うん。じゃ、お願い」

そういうと、チャロはセドナの腕に足を乗せ、首に回していた手の力を強めた。

「はいはい……。それじゃ、お休み、チャロ。」

セドナはチャロをお姫様抱っこで持ち上げ、寝室に運んだ。

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