第1話 晴れた日には盗賊を襲って
暖かな春の日差しが降り注ぎ、街道沿いには色とりどりの花が咲き乱れていた。
旅をするには絶好の季節ともいえ、冬には道行く人もまばらだった街道には乗合馬車が適度に距離をあけ、南北それぞれへと歩みを進めていく。
うららかな春の午後。とてもさわやかなその光景を眺めながら、彼の心は荒んでいた。
より正確には、なんだかやさぐれた気分になっていた。
彼の名前はフリッツ。当年十七歳。肩までの銀髪に銀色の瞳。背はすらりとしてやや高い。
一見すると痩せ型だが、薄い草木染めのシャツから覗く腕には、しっかりとした筋肉がついていた。
服装全体は簡素なものだが、そのために左手首から肘にかけて、ぐるりと螺旋を描いて巻きついている太い金色の腕輪がやけに浮いて見える。
フリッツは馬車の御者台の隣に座り、ちらり、と隣を見た。
そこには、フリッツとは対照的に小柄な男が座っていた。
一見すればフリッツと同年代にしか見えないが、フリッツより五つも年上の男の名はビット。
フリッツと同じ主人に仕える身であり、とりあえず一言で表現するならば、イエスマンであった。
綺麗に真ん中で分けている茶色い髪を風に遊ばせながら、ビットは無表情に手綱を操っている。
出会って一年が過ぎるが、元々ビットが無口な上に、フリッツも話上手とは言えない為に、二人だけで会話が弾んだことはほとんどない。
「しかし、いい天気ね」
自然、会話の主導権は彼らの主人のものとなる。
彼女は明るい声を上げ、後部の室内から顔を出した。
こちらは見た目通りの年齢、ビットと同じ二十二歳。
腰まであるウェーブのかかった金髪と青い瞳、そして今はまだ室内に隠れているが、抜群のスタイル。
まさに絶世の美女という表現がふさわしい。
ただし、とフリッツは心中で付け加えることを忘れない。
――黙って座っていれば。
フリッツとビットの主人である彼女は、名をアリシアという。アリシアはとある高名な商家の出身であり、自身も商人として身を立てるべく、世界各国を馬車で旅している。
先ほどまでアリシアがいた室内は、客室ではなく荷室であり、頑丈そうな見た目と相まって、この馬車が要人用のものではなく、商人が使うものであることがわかる。
その商人としての資質にふさわしく、アリシアは話好きで口も達者である。
「こう天気がいいと何か、いいことが起きそうな気がするわね」
その理屈はよくわからなかったが、ビットがそうですね、といつも通りに頷いたのでフリッツも特に反対せずに頷いた。
二人の反応に気をよくしたのか、アリシアは笑顔で続ける。
「たとえば大きな街道を外れて、近道をしようと焦る馬車を狙う山賊とかいそうじゃないかしら」
「そうですね」
「いや。待ってください。例えがおかしいでしょう」
さらりと無茶な前置詞をつけて言い放つアリシアに、ビットは脊髄反射のような速度で頷いたが、フリッツは突っ込んだ。
「その山賊を退治して謝礼とか、あわよくばため込んでいるお宝とかが手に入りそうな、そんないいことがありそうよね」
しかしアリシアは綺麗に無視を決めて、言いたいことを最後まで言い切った。
「無視ですかそうですか」
フリッツは頭を抱えてうめくものの、商人に必要な「厚顔」の技能を標準装備するアリシアにはまったく効果がなかった。
それどころか、ビットが何も言わずに馬首を間道の方へと向けていることに気づいて、フリッツは頭を抱えた。
「うわあああ! またこの展開!」
商人らしく、話上手で口も達者なアリシアは、商人らしからぬ、もめ事に首を突っ込んで、浮利を得ようとする気質をも合わせ持っていた。
そして、普段は人の意見を無視しがちである。
そのため、三人にとってはもはやお決まりのやりとりを――ある程度導入には違いがあるが――経て、馬車は一路危険な事故が起きやすい、間道へと突っ込んでいくのであった。
後にアリシアキャラバンとして名を為す三人組は、今はまだ、別の名で呼ばれている。
――すなわち、盗賊強盗と。
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