【改訂版】輪廻転生って信じる? しかも異世界で ~blue side story~

ナナミヤ

第1章 追憶

第1話 追憶Ⅰ

 カノン、待っていて。今直ぐに行くから――


 ふわりと舞い降りた地平線まで広がる真っ白な花畑は今日も幻想的で心を揺さぶる。

 くるぶし丈の白い花たちを踏んでしまわないように、ゆっくりと歩を進めていく。

 花の香を含んだ爽やかな風は、花弁を、俺の金の髪をそよそよと靡かせる。

 進んだ先には透明な緑色の石で出来た小さな墓石が佇んでいる。

 カノン・デュ・エメラルド――俺の最愛の人が眠っているのだ。


「遅くなってごめん」


 そこへ辿り着くとそっとしゃがみ込み、微笑み掛けた。そのまま刻印された名を指でなぞる。

 段々朝が辛くなってきているように感じられる。今日は七日ぶりに魔導師の仲間たちで会議があるにも関わらず、起きたのは日がすっかり昇った後だった。

 カイルも起こしてくれれば良いものを。

 俺にとっては執事のような存在である使い魔のカイルに心の中で悪態を吐いてみる。

 あの惨劇からもう一か月が過ぎ去っていた。

 復讐出来るものならしてやりたい。しかし、それは出来ない。奴はこの地に封印されているのだから。

 奴は今でも不気味な笑みを湛えているのだろう。

 悔しくて堪らない。


「今日は会議があるんだ。少ししか居れなくてごめん」


 こんな所に一人ぼっちにされ、カノンもきっと心細いだろうに。

 カノンの頭を撫でるように、墓石へと手を伸ばした。触れた感触は固く、冷たい。それが又、俺の心を抉る。

 左目から哀愁の雫が一粒零れ落ちた。


「また来るから。ちょっとだけ……待ってて」


 囁き、再び微笑み掛けると、ゆっくりと腰を上げた。

 名残惜しいが、行くしかない。すっぽかせばヴィクトに何をされるか分からない。アイリスにも説教をされるだろう。

 吐息を吐き、くるりと踵を返した。その拍子にマントも翻る。

 間を置かずに会議の会場であるダイヤへとワープした。


 会議室の扉を開けると、憐みの表情を湛えたヴィクトとアイリスの姿があった。俺の姿を確認すると、二人揃って俯き加減になる。


「遅かったね」


「カノンの所に行ってたのか?」


「……うん」


 二人は俺がカノンの所に行くのを快く思っていない。

 ワープはすればする程に心臓への負担が大きくなる。俺が倒れはしないかと気が気ではないのだ。

 生きる希望を失った俺にとって、そんなものはどうでも良い。

 纏わりつくような視線をかわし、指定席へ腰を下ろすと小さな溜め息を吐いた。隣にカノンの姿は無い。


「リエル、あんま無理すんじゃねーぞ?」


「分かってるよ……」


 頼むから、そんな目で見ないで欲しい。余計に惨めな気持ちになってしまう。

 ヴィクトとアイリスを視界の隅に追いやり、窓の外へと目を向けた。


「んじゃ、始めるぞ。世界修復の事なんだけどよー」


「あたしたち三人で出来ると思う?」


「それをこれから話し合うんじゃねーか」


 今日もダイヤは晴れ渡っている。笑えなくなった俺の代わりに笑ってくれているかのように。

 太陽の前を一羽の鳥が横切っていった。


「――んで、この魔方陣を使う訳だ。昨日、城の図書室で見付けてきたんだ」


「それなら体力を使わなくても済むの?」


「多分な」


 自由を奪われた俺たちの代わりに、どうかこの空を飛びまわって欲しい。目を伏せ、自然に思いを馳せる。


「おいリエル、話聞いてるか?」


「……リエル?」


「うるさいな……」


 頼むから放っておいてくれ。そんな思いが口から出てしまっていた。

 拙いと思ったものの、もう遅い。正面へ振り向いた時にはヴィクトもアイリスも目を丸くしていたのだから。

 途端に罪悪感が襲ってくる。


「あっ……。ごめん……」


 ヴィクトとアイリスは困ったように顔を見合わせて溜め息を吐く。

 頭を掻き毟りたくなったが、片手を頭に当てたところで踏み止どまった。

 気まずさからか、二人の会話も途切れてしまった。

 カノンの命だけではない。黒の魔導師は俺たちから団結力さえも奪い去っていた。いや、俺が勝手に輪を乱しているだけだろうか。

 兎に角、こんな無意味な会議が早く終わってくれる事を願う。


「……アイリスは何か見付けたか?」


「ううん、資料が少なすぎて」


「そーか」


 二人の視線が此方を向いた気がした。それも一瞬の事で、気配は直ぐに去っていった。


「今日はここら辺にするか?」


「そうだね。ヒントはいくつか見付かったから」


「また一週間後に話し合おーぜ」


 どうやら、無事に会議が終わったらしい。一刻も早くカノンの所へ行きたい。それ一心で二人の顔も見ずに席を立った。


「おいリエル」


 そんな俺の腕をヴィクトが強引に掴む。向けられた瞳は真っ直ぐに俺を捉えている。


「何処に行くんだ?」


 又だ。また、俺の邪魔をしようとしている。良い加減にして欲しい。


「帰るだけだよ」


「信じて良いんだな?」


「……うん」


 こんなもの、ただの方便だ。

 ヴィクトの手を振り払うと、二人に背を向けた。


「もうカノンの所には行くなよ。また一週間後に、此処に集合だからな」


「分かったよ」


 ごめん、直ぐにサファイアへ帰る意志は持ち合わせていない。

 言葉を飲み込み、カノンの待つあの花畑へと直行した。

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