第29話 邂逅(前編)Ⅲ

「じゃあ、奴を止める手立てはある?」


 先程の力強い目は何処へやら。彼らは顔を見合わせ、しょんぼりと俯いてしまった。


「この世界が破壊されていく様を、黙って見てろって事なのか?」


 ヴィクトは頭を抱え、声にならない声を発する。アイリスの瞳からは涙が零れ落ちる。

 自分たちの力では、どうする事も出来ないのだろうか。この世界では王たち以外で、唯一、私たちだけが魔法を使えるのに。こんな時に力を発揮出来ないなんて、間違っている。

 唇を噛み、スカートを握り締める。


「あっ、あの方なら……」


 声を上げたのはロイだった。

 もしや、何かを閃いたのだろうか。


「皆様に魔法を与えて下さったあの方なら、絶対に何か知っている筈です」


「『絶対に』って言い切れる理由は何だ?」


「それは……皆様には言えませんが……」


 何故かロイは口籠る。


「この際、藁にでも縋ろう。兎に角、今はあの塔に」


「私もそれが良いと思う」


 今は話し合っている時間さえ惜しい。リエルと頷き合い、ヴィクトとアイリスを見遣る。


「仕方ねぇ。アイリス、行ってみよーぜ」


「分かった」


 アイリスは涙を拭い、ヴィクトは我先にと立ち上がった。何も言わず、この場から姿を消す。

 アイリスもこちらをチラリと見たけれど、嫌な物でも見るかのような瞳を向けられただけだった。

 こんな時にまで――

 溜め息を吐く気にもなれず、無言で椅子から立ち上がる。

 逃げるようにやってきたのは、五年前に魔法を授けられた謎の場所だ。木々は鬱蒼と生えている――筈だった。見る限りでも、七本程が根元から倒れている。被害は、密かに存在しているこんな所にまで及んでいるらしい。

 目の前に立ちはだかる、巨木のような塔に世界を託し、確実に足を踏み出した。入口を潜れば、初めて此処に来た時のように魔方陣が輝いている。


「お願い、教えて」


 呟き、魔方陣の文字を踏んだ。

 そうして来たのは、緑色のカーネーションが咲き誇る花畑だった。何も知らないように風がそよ吹き、花弁が舞う。

 今回も、誰の姿も無い。


「急いでるの、靄みたいなのを止める方法は何かあるの?」


 ただ空を見上げ、虚に叫ぶ。


「お願いだから、答えて……!」


「それなら、お前たちが倒せば良い」


「えっ? どうやって?」


「こうやってだ」


 言われた瞬間、脳裏に映像が思い浮かぶ。赤、青、黄、緑――四色の羽根は重なり合うと、白色の羽根に変化した。それは光の矢となって靄の身体を突き抜ける。


「私たちに出来るの?」


「出来るから教えている。お前には緑の羽根を授けるから、その時が来たらなら、『影』を倒したいと念じなさい」


「『影』?」


「人の形をした、世界の闇の怨霊だ」


 恐らく、靄の事を言っているのだろう。なんとなく理解し、何度か頷いてみる。

 ふと、緑色の淡い光を感じ、顔を上げた。空の上で何かが光っている。それは徐々に落ちて来ているようだ。

 その正体は、緑色の羽根だった。掌に収まる大きさで、私の顔の前で停止する。

 そして、一瞬にして、閃光が放たれた。瞼を瞑っているうちに、羽根は目の前から掻き消えた。


「えっ? 今の羽根は?」


「言っただろう。その時が来たら念じなさいと」


「じゃあ、もう……」


「その気になれば、影は倒せる」


 という事は、世界はこれ以上破壊されずに済むのだろう。

 急いで皆の元に戻らなくては。


「ありがとう!」


 礼だけ言うと、ダイヤの会議室を思い浮かべる。次の瞬間には使い魔たちが待つ元の場所へと帰って来ていた。

 ヴィクトだけが戻って来ている。私が帰って来たのを見ると、彼は前のめりになる。


「羽根はもらったか?」


「もらったかどうかは分からないけど、念じれば良いみたい」


「そーか、あとはアイリスとリエルだな」


 そう言っている傍から、アイリスが戻って来た。その表情は明るい。


「やったか?」


「うん、赤の羽根はもらってきたよ」


 リエルも姿を現す。


「倒し方を教えてもらってきた。皆は?」


「あぁ、勿論だ」


 駄目だ、涙が出てきそうだ。まだ脅威は取り払われていないのに、達成感を覚えてしまった。


「安心すんな。オレらの行動で、世界が変わっちまうんだ。エメラルドの北部、だったよな?」


「はい、そうです」


「アリア、魔方陣は出せるか?」


 エメラルドの地を完全に熟知しているのはアリアだけだ。早速、アリアは転移の準備を始める。

 魔法の力を持っているとは言え、一度でも行った事がある場所でなくては瞬時に移動出来ない。こんな時になればなる程、不便さを感じてしまう。


「良いか? すぐにでも攻撃出来るように、心の準備だけはしとけ」


「分かってる」


 あっという間にアリアは八個の魔方陣を描き上げ、私たちに目で合図を送った。


「行くぞ!」


 ヴィクトを筆頭に、八人で魔方陣を踏んだ。その先には影が居る筈だ。

 その場所は、ただ草原が広がるばかりで、人っこ一人居ない。形跡はあったのだ。辺りを見回してリエルが駆けていった先に、両手を広げた程の円状に草が踏まれ、枯れていたのだ。


「奴は何処に!?」


「嘘だ」


 後方でカイルのか細い呟きが聞こえた。


「奴は今、サファイアに居ます」


「クソォっ!」


 失念していた。影も魔法を使える。ワープが出来る。悔しくて、膝から崩れ落ちる。

 このままでは影に追い付けない。希望が掻き消えた瞬間だった。

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