女勇者は90歳(※前世)

鹿島薫

第1話

 この木々の上には美しい青空が広がっているというのに。もうあの人と一緒に穏やかに、手を繋いで散歩しながらこの青空を見ることはできないのかしら。

 愛しいあの人。できることなら──また、逢いたいわ。



          ◇


 

「まだ着かないのですか?」

 首都を出発してからまだたったの二日だというのに。魔導師・レインの口から出てくるのはさっきからずっと文句ばかり。

 せっかくご両親から受け継いだ、美しく整った顔立ちだというのに、いつも眉間に皺を寄せているの。本当にもったいないんだから。

「……フゥ……」

 ……あら、いやだ。思わずため息が出てしまったわ。

「やっと半分、といったところかしらねぇ」

 気を取り直して答えると、私の隣から「ハァー」と私の三倍程はある声量で息が吐かれた。

 それはレインのため息ではなかった。

「アンタ、文句ばっかのクセになんで魔王討伐に名乗り出たんだ?」

 鈴を転がすような、澄んだ愛らしい声音で、けれどもずいぶんと荒っぽい口調で、ため息の主、シスターのララは言った。

「あなたと同じ理由ですよ。お金と名声を得たい。他に理由なんてないでしょう」

 レインが素っ気なく答えると、ララは眉間にしわを寄せ、まるで苦虫を噛み潰したような表情で「フン!」と鼻をならす。

「アンタと一緒にするな! 私は──チッ、アンタに話す必要もない!」

「私も興味はありませんから、結構です」

 あら、今日も仲が悪いこと。

 そろそろ止めに入ろうかしら。

「仲良くしよう。危険な場所を旅するのだから、互いに背中を預けられるほどの信頼関係を築くべきだよ」

 私が口を開くより先に、召還士・アレクが言う。

「──私も同意見だわ。ララもレインも良い子なんだから、素直にならなきゃダメよ」

「……ソラ、アンタの方がウチらより年下だよな……?」

「──ハァ、本当にあなたには調子が狂わされる……」



          ◇



 ──魔王討伐の要請が出たのは今から二週間前のこと。

 私が住むイシキという町の外れには“うずの森”と呼ばれる場所があるの。

 渦の森で人間が暮らせるはずがない、というのが今までの通説だったわ。

 “渦”と呼ばれる由縁ゆえん。それは、その名の通り、本当に渦に飲み込まれるから。

 今までこの森に足を踏み入れた者で、無事に帰ってきた者はいなかった。


 ──ある日町の若者数人が、この森に入ったの。決して面白半分ではないのよ。

 この森のせいで、北の町に出るには大きく迂回をしなければならない。

 その道のりは長く、険しいもので、途中で命を落としてしまう者もいたわ。

 そんな、小さな町の未来を憂いてのことよ。この森の攻略法さえ分かれば、人々の苦労は大きく軽減される、と考えて。

 彼らは愛する者への手紙を懐に忍ばせ、使い込まれた装備でこの森へと入った。

 ──けれど、彼らは戻ってはこなかった。

 彼らが森へと入る様子を森の入口から目撃した者が言った。

 突然、木の根元から渦が湧いて、彼らを飲み込んでしまったのだ、と。

 そして、彼らは帰って来ないというのに、彼らが身に付けていた所持品だけが森の入口で見つかったの。

 それは服の切れ端であったり、愛する相手への手紙であったり、この森へ入る決意を揺るがないものにする程、使い込まれた武器であったり。

 この件があって人々は二度とこの地に足を踏み入れてはならない、と決意したわ。


 そんな時だった。この未開の地の最奥に新たに城が構えられていることを発見したの。

 誰が建てたか分からないその城の主のことを、いつしか人々は“魔王の城”と呼びはじめた。得体の知れない、畏怖いふの感情がそのまま呼び名になったの。

 そして。魔王の城の存在が明らかになった同時期に町には災いが起きはじめた。

 突如として苦しみはじめ、倒れる人が続出したの。

 彼らは命に別状はないけれど、立つこともままならず、床にすことしかできなかった。

 皆、人々の病と魔王の城の存在を結び付けた。

 そして、再び渦の森に入る決意をし、あの禍々まがまがしい城を構えた、『魔王』の討伐依頼が出た、というわけよ。

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