ガイドとして
「ストレス値が25まで減っているな」
「ほ、本当かですか?」
「ああ、これなら再就職してもいいだろうな」
三日後。
場所は本部五十一階、医務フロア。
第三カウンセリング室で華之寺に見てもらった結果、ストレス値が標準値に落ち着いた。
温泉での療養がずいぶんよかったんだなあとニヨニヨされる。
「セックスはしたのか?」
「し、してないです!」
「まあ、華城のやつデカすぎてゴムのサイズがないって海外から取り寄せてたからなぁ。それでもセックスは恋人がするものだからとか童貞らしいこだわりで断りまくっていたし。つまりあれか、華城がアンタをガイドとして受け入れたってことは――晴れて恋人か?」
「…………。はい」
しばらく悩んだ結果、素直に吐いた。
華之寺に隠しておくと冬兎のカウンセリングや、晴虎の治療に影響が出そうだったので。
素直に認めた結果「そうかそうか。花ノ宮も心残りが一つ減ってよかったな」と頷く。
「えっと……心残り……」
「今この世界にいる
医療チームのリーダーである華之寺にだから話したのだろう。
和雪の首に巻かれた青薔薇のリボンを見て、華之寺は「ホンット死んでからも規格外っつーか、心配性っつーか」と指先を近づけるがプイとされる。
スピリットアニマルは基本的に主以外に懐くことはない。
――僕の大事な晴虎くんを、どうぞよろしくお願いしますね、冬兎くん。
手帳の中から消えた名刺。
花ノ宮明人の残留思念のようなものだったのだろうか。
晴虎の身を案じて、心配で、残したものなのか。
和雪を抱いて、心の中で「はい」と返事をする。
大事に、大事にする。
冬兎の初恋の人。
「セックスケアについても相談してくれれば色々力になる。と、その前に入社希望ってことだが、ガイドは実働部隊と医療チームどちらで働くのを希望しているんだ? まあ、パートナーがいる以上、華城とも話し合って希望を出すべきだと思うけど。その辺もう話したのか?」
「えっと、晴虎くんには『内勤で』ってお願いされているんですけど、僕はその……晴虎くんと一秒でも離れたくないので、実働でもいいんだけどなぁ……なーんて……お、思っていたり……」
「なかなか果敢だな。実働行くのならジム通って最低限の運動能力身につけねーとダメだし、護身術とか救急研修とか応急手当ての研修とか薬学とか運転免許証みたいに必要な資格とか、まあ色々やること多いぜ?」
「え?」
それを言われて目を丸くする冬兎。
すると「当たり前だろうが」と怒られる。
「命のやり取りしてんだから、自分の身は自分で守らなきゃならんのだからやること山のようにあるに決まってんだろ。必要資格も運転免許証の他に武器所有免許と第一種銃免許か第二種銃免許か、そこから選ばなきゃならんし逃げ回る妖や怪物を追い回す体力、万一の時に妖や怪物から逃げる持久力、仲間が来るまでその場をやり過ごす冷静さ……まーあげたらキリがねぇほどには覚えることが山のようだよ」
「ぅ……!」
「大したことなさそうに見えるけど、烏丸も辰巳もゴリッゴリの運動部出身だぜ? アンタそんなタイプに見えねーけど」
「……ゴリゴリの隠キャです」
「だろうな」
だろうなって言われてしまった。
わかりやすく肩を落とす冬兎。
「実働部隊ってそんなに大変だっだんですね……!」
「そんなにいっぱい覚えながら、パートナーの面倒も見なきゃならねぇからなぁ。視野角も広くないとダメだろう。あとはそうだな……パートナーのセンチネル、パーシャル、ガイドが他のガイドのケアやガイディングを受けるのを、ある程度許容する度量も必要だな、お互いに」
「っ」
晴虎はそれが嫌で、今まで烏丸のケアを拒んでた。
槙の恋人と、粘液接触――キスをするのも嫌、と。
センチネルに生まれた以上、選り好みなどできないはずなのに。
「華城は恵まれているよ。能力開花する前から、『異端のガイド』が常に隣にいたんだから。だからまー、アイツはモロに童貞。セックスケアするならその辺を重点的に勉強するといい。一応冊子、これな」
「こんなのあるんですね……」
ガイド用のケアに関する指南冊子を数冊手渡される。
皮膚接触編、粘液接触編、粘膜接触編。
粘膜接触編だけ厚みが違う。
「――精神侵入?」
「ガイディングのことだな。ケアを常日頃やってれば、遭遇することはないんだが――辰巳が今回相馬利沙にガイディングしたと報告を聞いている」
「あ……」
辰巳が利沙の額に額を押しつけてやっていたアレだ。
確かにとても危険だと言われていたのを思い出す。
「暴走状態――ゾーンアウトしている時に直接精神を繋げてシールドを修繕し調整を行うが、ガイドの精神を対象と繋げるため失敗すればガイドも死ぬ。辰巳にも危険だから素人はやるな、と言ってだろう?」
「はい。精神が引っ張られて死んでしまうこともあるんですね……」
「マッチング数値が高ければ成功率は上がるが、低いとシールドの修繕に時間がかかって双方に後遺症が残ることもある。それなりに経験を積んでおけばガイド側からマッチング数値のだいたいの数値を予測できるから、まあ素人はやんなって話だな。辰巳は経験豊富だから、多少マッチング数値が低くてもシールドの修繕は器用にやるんだが」
「あの……楓くんは」
彼はガイド。
しかも精神を病んで声が出なくなっている。
華之寺が「ああ、筆談でまあ、なんとか」とのこと。
「他にも兎のスピリットアニマル持つガイドが二人ほどいるから、その二人に世話を頼んでいる。ガイドのケアはセンチネルどものケアよりも時間がかかるからなー。……夜凪が内勤であの子の担当してくれてもいいんだぜ?」
「あ」
そうか、本部の医療スタッフになれば――楓の世話をできるのだ。
「あの、でも……内勤、医療スタッフになったら……その、晴虎くん以外のセンチネルやパーシャルとも……」
「そうだな、やってもらうことになる。あとはガイディングの習得。マッチング数値の測定のやり方とカウンセリング……いや、先にストレス値の計測のやり方かな。まあ、内勤は内勤で覚えること多いぜ」
「それは……あの、まあ……仕事ですし?」
「そうだな」
どんな仕事も、覚えることはたくさんある。
ただ仕事内容を聞く限り、自分には内勤の方が向いているように思った。
(でも、やっぱり晴虎さんの側にいたいなぁ)
華之寺に「華城と相談しろよ」と最後にもう一度言われて、「はい」と頷いてからカウンセリング室を出る。
その時、エレベーターホールが騒がしいのに気がついた。
「なんでしょう?」
「おい、どうかしたか?」
「あ! 華之寺先生! ジョエルさんがゾーンに……!」
「ンだとぉ?」
エレベーターホールの真ん中で、晴虎が金髪碧眼の巨漢を肩に抱えてしゃがみ込んでいた。
駆け寄ると眉を寄せた酷い顔色のジョエルがしゃがみ込んでいる。
彼は食堂で会った、[花ノ宮]双璧の一人。
「ジョエルとマッチング数値の高いガイドを集めろ。華城、お前は大丈夫か?」
「うん。冬兎さんがケアしてくれてるから」
「夜凪、ジョエルとのマッチングはまだだよな? 一応お前もケアに参加してくれるか?」
「は、はい!」
数人のガイドが集まって、ジョエルの手や首筋、頬や額に触れ、円になって囲みケアを行う。
ジョエルもまた、花ノ宮明人にケアを依存していたセンチネル。
花ノ宮明人亡きあと、相性のいいガイドがおらずケアに苦労していたと聞いている。
「――――っ」
「わっ!」
けれど、いきなり冬兎の手が掴まれた。
ギョッとする。
驚いたのは冬兎だけでなく晴虎も、周囲のガイドもだ。
「アキヒト様の気配がする……! あなたは……!」
「あ……」
肩の兎――和雪の首には青薔薇のあしらわれたリボン。
それは花ノ宮明人の能力の一部が宿っている。
彼が“晴虎のために”と残したもの。
恐る恐る晴虎の方を見ると、複雑そうな表情だがコクリと頷かれた。
「あの、ええと……明人さんに少しだけお力をお借りできているので……いつ消えるかわからないですが――」
「アキヒト様の……」
「はい。ここにいますよ」
跪いて頭を下げるジョエルの髪に指を入れる。
腕を回し、首に触れながらケアを行う。
晴虎以外のセンチネルへの、初めてのケア。
「困ったジョエルですね」
「明人さん……!」
「アキヒト様!」
荊に覆われた冷たい石畳の城のテラス。
これは彼の心象風景だろうか?
晴虎の精神の中とはまったくの別物。
そこに半透明な明人と、荊に覆われたジョエル。
明人が手をかざすと荊が引いていく。
「夜凪くんは晴虎のものだから、君は自分の伴侶を探しなさいと――僕が生きている頃から言っていたでしょう?」
「……どうしてそのようなことおっしゃるのですか……!? 私の忠意はあなただけのものなのです!」
「知っていますよ、僕の騎士。我が眷族。でも、だからこそ僕の愛した世界を守る守護騎士として己が伴侶を探しなさい」
「そんな相手……どこでどう出会えというのです……!?」
「はあ」
深く溜息を吐く明人。
ジョエルの頬に触れると、彼のシールドが瞬く間に直ってしまった。
「夜凪くん、ジョエルの相手が見つかるまで、君がこの子のケアをしてあげてくれますか?」
「は、はい! それは、構わな――」
構わないと言いかけて、止まる。
それは晴虎以外の男にキスやセックスをすると認めるような言い方。
晴虎は父の浮気をとても嫌悪していた。
彼と精神で通じ合ったからこそ、その強い嫌悪を理解できる。
「あの、でも、その、ひ、皮膚接触だけなら……はい」
と、言うと明人が指先を口元に当てがい少し考え込む。
それから顔を上げて――
「僕の付属鏡が、僕の部屋に一枚残っていたはずです。それを使うといいでしょう」
「ふ? ふぞくきょう……とは?」
「僕の精神具現化武具は『
やはり規格外な人だなぁ、と再確認した。
「と、いう感じで僕は死んでますけど僕の付属鏡の一部は鏡やガラス、夜凪くんに渡した裏がミラー素材の名刺などに一体化させているものがあります。ちなみに夜凪くんの名刺に付属鏡を入れたのは『できるかなぁ?』とやってみたらできちゃったやつで、成功例第一号という超レアものですよ。大切に持っていたあなたの勝利ですね」
「わ、わあ! そんなすごいものをいただけたなんて……!」
「す、素晴らしい……! 夜凪さんは天才ですね!?」
「付属鏡を一体化させてしまうと二度と取り出せないので、生前はあまりやりたくなかったのですが――僕の死後も残っているのはそのためですね。集めれば僕の能力の一部を取り込むことができるので、見つけたら夜凪くんのような優秀なガイドに渡すといいでしょう。と言っても、僕のような残留思念を引き出せるのは、夜凪くんだけでしょうね。君は僕と考え方が近い。主にファザコンなところが」
「ファザコン……だったんですか?」
「家族はみんな好きですけど、お父さんっ子だったんですよね、僕。父に売られた喧嘩はお金を出しても僕が買いますよ」
満面の笑み。
冬兎には到底理解できないような感じなのだが、似ているのか、と考えるのをやめそうになる。
「目の前に困っている人がいたら助けたくなる。殺したいほど憎くても、どうしても殺せない。殺そうと思ってもきっと君は殺せない。殺したくても殺せないから、代わりに殺してくれる晴虎くんに惹かれるんでしょうね。羨ましいですよね、殺したい人を殺せる才能。ほとんどの人間が持っているのに、どうして僕たちには備わっていないんでしょうね?」
「……あ……え、え――あ……」
首を傾げられて、なんとも答えが出ない。
どう答えればいいのかわからない。
彼の目に宿るもの。
深淵。
深くて、深すぎて、恐ろしい。
その目と真正面から向き合ったら――
(僕は)
見たくない自分を見ることになる。
それを理解して尻込みしてしまう。
その領域は、選ばれた人間が踏み込める領域だ。
冬兎のような平々凡々の人間が立ち入れない場所。
彼の、ほんの一部が混じっただけで理解させられる。
――花ノ宮明人はまさしく“異端”だ。
「……冗談ですよ?」
ふふ、と悪戯っぽく笑う。
なにも冗談ではない。
「僕の力が必要なら、付属鏡を探してご覧なさい。君の和雪くんなら付属鏡を取り込めるようですから」
「あ……は、はい」
「アキヒト様」
「君は僕から早く卒業して前を向きなさい。僕はもう死んでいるんですから」
残酷で、優しく諭していく。
冬兎の中に消えていく明人に、目を見開いた。
「「はっ!」」
「おー、戻ってきた」
「すげ……」
「大型新人じゃーん! 一人で
顔を上げる。
目の前に闘牛のスピリットアニマル。
鼻からフンスーという排気。
ジョエルのスピリットアニマルだ。
「あ、晴虎く……」
「ん」
手を差し出される。
その手を取り、立ち上がった。
立ち上がって、勢いのまま胸に抱かれると体が溶けるように安堵する。
ほっ、と息を吐く。
「冬兎さんは俺のガイドだから……冬兎さんが粘液接触ケアする時は俺がいる時にしてほしいです」
「は、晴虎くん以外に粘液接触ケアはしないです!」
「え? でも……」
「し、したくないです。その、まだそんなに……ガイドとして割り切ってないというか……なんというか……」
「そ、そうなんですか……」
わかりやすく安心した表情。
見上げると少しだけ嬉しそうに微笑んでいる。
前髪でわかりづらいけれど――
「あーあ、せっかく入ったガイドはもう華城くんの唾つきかぁ。でもパーフェクトマッチのガイドじゃあしゃーねーな」
「この仕事何年も続けてるけどパーフェクトマッチとか初めて見たしな~」
「ボンド契約はしたの?」
「いえ、あの……冬兎さんはまだガイドになったばかりで不慣れだと思うので……」
「他のセンチネルやパーシャルの手垢がついてない今だからいいんじゃねーの?」
なんて、周りのガイドに言われて喉を鳴らす姿。
希薄な晴虎の、ささやかな独占欲を見て胸が高鳴る。
「それは……えっと、一生のことなので……二人で話して決めていくことだと思う、から……」
ね、と首を傾げられてキュン、と苦しくなった。
大切に、大切に思い遣ってもらっている。
「ジョエルは? 大丈夫?」
「ええ、もうすっかり。全快とはいってませんけど」
「うん」
振り返ると、確かにジョエルのスピリットアニマルも腰程度の大きさ。
晴虎の虎も、全盛期の半分程度の大きさだという。
二人を全快に戻すには、やはり粘膜接触――セックスによるケアだけ。
ジョエルはともかく、晴虎とは恋人でもいるのだから。
(勉強、頑張ろう)
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